かお)” の例文
松島屋——現今の片岡我童かたおかがどうの父で人気のあった美貌びぼう立役たちやく——を一緒にしたようなおかおだとひそかにいいあっていたのを聞覚えている。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
文「なアに雪女郎は深山しんざん雪中せっちゅうで、まれに女のかおをあらわすは雪の精なるよしだが、あれは天神様へお百度でも上げているのだろう」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一方国際的には、支那事変が漸く本格的なかおあらわして来て、今更研究どころではないという風潮がそろそろ国内にみなぎり出した時期である。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それにもつれて、笛や太鼓の前拍子まえびょうしがながれ、舞台まいゆかには今、神楽司かぐらつかさ人長ひとおさが、神代人かみよびと仮面めんつけて——頬やあごの塗りのげているそのかお
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わらわかとすれば年老いてそのかおにあらず、法師かと思えばまた髪はそらざまにあがりて白髪はくはつ多し。よろずのちり藻屑もくずのつきたれども打ち払わず。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さすッたりしたいという風で、始終娘のかおをにこにことさも楽しそうに見ていたが,娘も今は十八の立派な娘ゆえ、さすがにそうもなりかねたか
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
くだんの狆を御覧じて課長殿が「此奴こいつ妙なかおをしているじゃアないか、ウー」ト御意遊ばすと、昇も「左様で御座います、チト妙な貌をしております」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
不可解の色が、お高のかおをあどけなく見せている。そのせっかくの美しさが、よく惣七に見えないのが、惜しかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かくの如く着用するのかおを自らは其全体を見る事能わざるも、傍人の有様を見て、其昔宇治橋上に立ちてたたかいたる一來法師いちらいほうしもかくあらんかと思われたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
看花玩月がんげつノ外また門ヲ出デズ。かおセテ長シ。首髪種々タルモナホ能クけいヲ結ブ。一見シテ旧幕府ノ逸民タルヲ知ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「賤民の増長傲慢ごうまん、これで充分との節度を知らぬ、いやしき性よ、ああ、あのかお、ふためと見られぬ雨蛙。」一瞬
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
其れから彼はもちでもやると容易よういに食わず、じっと主人の顔を見て、其れ切りですか、まだありますかと云うかおをした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
向うの椅子に、ずらりと並んでいる人相の悪い連中が、美男型の中野ソックリのかおになろうとしているのだ。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
江戸の遊女や芸者が「婀娜あだ」といってたっとんだのも薄化粧のことである。「あらひ粉にて磨きあげたるかおへ、仙女香をすりこみし薄化粧は、ことさらに奥ゆかし」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
勝次郎は、中肉、寧ろノッポの方で、眼付きはきついが、鼻の高い、浅黒いかおの、女好きのする顔だった。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
水腫みずばれのように熱し、ふくれて見える妻のそういうかおが、空の耀きでちらッと見えた。心配そうというよりも、どこかへ突き刺さったままさ迷うような視線である。
崩れかかった重病者の股間に首を突っ込んで絆創膏ばんそうこうを貼っているような時でも、決していやなかおを見せない彼は、いやな貌になるのを忘れているらしいのであった。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
爾来法隆寺非再建論は、その後余輩の極めて辛辣な駁論があったにかかわらず、殆どそれとは没交渉のかおを以て、相変らず芸術史家の間に伝唱信奉せられたのである。
法隆寺再建非再建論の回顧 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
私は徴用になって配達をやめてしまってから、しばらく振りで妹に逢ったことがあるが、病いはこの子をもむしばんでいた。花のかおゆがめられていた。痛々しい気がした。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
半白の小柄な猿のようなかおをしたおやじである。わざわざ事務机には向わず、みんなのいる方へ向って火鉢の向う側へ蹲み、両手をふふん……と言いながら組み合せた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
僕は一人きりいつまでも広目天こうもくてんの像のまえを立ち去らずに、そのまゆねをよせて何物かを凝視しているかおを見上げていた。なにしろ、いい貌だ、温かでいてはげしい。……
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
今まで薄暗いところで見た娘のかおのくぼみやゆがみはすっかりらされ、いつもの爛漫らんまんとした大柄の娘の眼が涙をいたあとだけに、尚更なおさらえとしてしおらしい。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すなわち酒屋で紙筆を借り、そのかおを図し、立ちん坊連に示すと誰某と判り、その者の家に尋ねて行李を得たそうだ(『郷土研究』一巻九号、拙文「今昔物語の研究」)
その先生の清楚せいそな姿はまだ私の目さきにはっきりと描かれた。用件があって、先生の処へ行くと、彼女はかすかに混乱しているようなかおで、乱暴な字を書いて私に渡した。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
巳之吉はき飛ばして逃げようとしたが、体も動かなければ声も出なかった。女はその時はじめて巳之吉のかおに気がいたようにした。巳之吉は田舎に珍しい姣童びなんであった。
雪女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
見張の男の死貌しにがおはまことにおだやかであったけれども、人間のあらゆる秘密を解き得て死んで行った者のかおではなかった。平凡な、もはや兵隊でない市井人しせいじんの死貌であった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼のおにをもあざむくばかりのかおが、ニコニコ笑うのをみると、ぼくは股の上の彼の感触かんしょくから、へんに肉感的センシュアルなくすぐッたさを覚え、みんなにならって、やはり三番の沢村さんのひざ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
出目やそっ歯や、ひろくもない額に年より早い横じわの見える門田与太郎の顔は、それは見ただけで、人の上に立ち、人をひきいてはきはき処理出来るかおとは受け取れなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そのかおはもはや人間ではなく、真黒な原始の混沌こんとんに根を生やした一個の物のように思われる。叔孫は骨の髄まで凍る思いがした。己を殺そうとする一人の男に対する恐怖ではない。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
けづめで「美しきかおかく」其角のそれにしても、「木瓜の陰に貌たぐひすむ」蕪村のそれにしても、胸裏に浮べやすいにかかわらず、雉子の声になると、すぐに連想に訴えにくいのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
舟は矢よりも早くゆき過ぎようとした。若い婦人も舟の窓の中から金の方を見た。そのかおかたちもますます庚娘に似ているので驚きあやしんだ。そこで名をいって呼ばずにいそがしそうに
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
三味しゃみくおすぎ、たま、と云う二人の美しい女がいて、三味を弾き鳴らす女の前に、真紅の網を張りめぐらせて、その網の目から二人の女のかおをねらっては銭を投げる遊びがあったと云うのを
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
女は手拭を絞って、湯に濡れた顔や体の皮膚を拭い終わると、うしろを振り向いて賢彌に、にこやかな視線を送った。ほんのりと紅いかお、澄んだ眼、微笑の中心に座す筋の通った鼻、黒く長い髪。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
己があらけないかおだちに故意わざと人を軽ろしめ世にみはてた色を装おうとしていたものとみえて、絶えずたださえいさな、薄白く、鼠ばみた眼を細めたり、眉をしわめたり、口角を引き下げたり
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「それからボイにおいトチメンボーを二人前ににんまえ持って来いというと、ボイがメンチボーですかと聞き直しましたが、先生はますます真面目まじめかおでメンチボーじゃないトチメンボーだと訂正されました」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あ。お帰り」姑はなにかけているようなかおだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
みしらぬかおがこっちをている
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
馬子となり旅商人たびあきんどとなり、仲間者となり大道芸人だいどうげいにんとなりなどして、あらゆる苦心のもとに、身なりかおかたちまで変えている人たちであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かすかに云ッて、可笑しな身振りをして、両手をかおてて笑い出した。文三は愕然がくぜんとしてお勢を凝視みつめていたが、見る間に顔色を変えてしまッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ふり向きもせず突ッこくるように通り抜けたが,勘左衛門はびっくりして口をいて、自分のうしろを見送ッていたかと思うと、今でもそのかおが見えるようで。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
悦びに堪えぬかおをして、私が六年さきにヤアパンニアに使するよう本師より言いつけられ、承って万里の風浪をしのぎ来て、ついに国都へついた、しかるに
地球図 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今も尾田は林の梢を見上げて枝の具合を眺めたのだったが、すぐかおをしかめて黙々と歩き出した。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
おれの家へ来るというも因縁であると、何気なく花里の顔を御覧になると、これにも左の眼のふちに黒痣があって男女なんにょ差別こそありますが、かおだちからせい恰好がよく似ている
双生児ふたごというのは、少しは滑稽味もあるけれど、しかしソックリ同じかおかたち体つきの少女が、ずらりと十人も並ばれて見ると、中野は何かしら圧迫感を覚えるばかりだった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それらの山々は焼跡の人間達を見おろし、一体どうしたのだ? と云わんばかりのかおつきです。しかし、焼跡には気の早い人間がもう粗末ながらバラックを建てはじめていました。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
あなたはおどろいたように顔をあげて、ぼくをみた、真面目まじめになった、あなたの顔が、月光に、青白く輝いていた。それは、童女のかおと、成熟した女の貌との混淆こんこうによる奇妙きみょう魅力みりょくでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
これは代々不具な賤民をかおの醜きより猿と名づけたと見える。
姑のかおは強い感動を抑えていた。行一は
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それでもまだ腹のいえないかおである。
妖氛録 (新字新仮名) / 中島敦(著)
劉備は、木蓮の花に黄金きん耳環みみわを通したような、少女のかおを眼にえがいて、隣の息子を、なんとなくうらやましく思った。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)