もろ)” の例文
しかしそのも出来る事なら、生みの親に会わせてやりたいと云うのが、豪傑ごうけつじみていてもじょうもろい日錚和尚の腹だったのでしょう。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もろいと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つをけて他に求むべき道はござらねど権力腕力はつたない極度
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
激しい力を加えれば、すねのどこかで骨が折れるかもしれない。右足の骨は病気におかされて、朽木のようにもろくなっているのである。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金造め、わっと叫んで表まで逃げ出したが、急所のひと突きでもろくも往生という始末、まったく自業自得と云うのほかはありません。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「しかし人間は健康にしろ病気にしろ、どっちにしてももろいものですね。いつどんな事でどんな死にようをしないとも限らないから」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
錦の旗の前にもろかっただけでない。——洛中の食糧不足に足利勢の兵色がとみに痩せ飢えていたことがその敗因であったと言いうる。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平生元気のいい丈夫な老人ほどそういう場合にはかえっもろくぽっくり逝くものだとひそひそ話をしているのを耳にしたことがあった。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もろい、移り易いようなもの、例えば幸福なんていう幻影イリュウジョンとらわれているような……そうではないのかしら? しかし結婚してしまえば
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
二晩や三晩で参る筈は無い屈強さと見ていたのが、寒さにこごえたか、針金の緊縛で心臓でも痛めたか、もろくも最期を遂げてしまった。
取り残したいもの葉に雨は終日降頻ふりしきって、八百屋やおやの店には松茸まつたけが並べられた。垣の虫の声は露に衰えて、庭のきりの葉ももろくも落ちた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
究理の利剣もその刃もろくも地にこぼれ、科学の斧も其力をふるふに由なく、たゞ詩と信仰のみ最大の権威を以て天啓の如く世界を司配す。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
緑色の怪物は、急に激しく身をもがいて君の手をすり抜け、もろい、取外し自在のからだが、可憐かれんももを一本、君の手の中に残して行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「大の男が、女の子に焦れただけで、さうもろく死ぬものだらうか。お前は情事いろごとにかけちや本阿彌ほんあみだと言つてるが、どんなものだ」
とゞめの一刀を刺貫さしとほもろい奴だと重四郎は彼の荷物にもつ斷落きりおとしてうちより四五百兩の金子を奪ひ取つゝ其儘そのまゝ此所を悠然いう/\と立去りやが旅支度たびじたく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし、如何どうして女と云ふものはこんなにもろいかと云ふことを知ることは人生の上で大きな損をしたことだと彼は考へてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
もろ土屑つちくずがボロボロ前掛けの上にこわれて、ひざの上にあふれた銅貨は、かなりズシリと重みがあった。どれを見ても銅貨のようだ。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
宮はやにはに蹶起はねおきて、立たんと為れば脚のいたみもろくも倒れて効無かひなきを、やうや這寄はひよりて貫一の脚に縋付すがりつき、声と涙とを争ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その女らしいもろさで裏づけされたつよさは、女のひとのよさよりもわるさを助長しているのがこれまでのありようであった。
「さあそこで、こんな堅い林檎ですが、これが如何にもろいかお目にかけましょう。ここにハンマーがあります。これで強くなぐってみましょう」
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もろくもそれ自身の重みを支へ切れなくなつて、やがてぽきりと自分からへし折れ、大きな重い枝はそれの小枝を地面へ打つけて落ちかかつた。
彼の心地に宿った露草の花のようないじらしい恋人もあったのだけれども、このうわさもろくも破れて、実を得結ばずに失せた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
戀にはもろき我れ人の心、など御邊一人の罪にてあるべき。言うて還らぬ事は言はざらんにはかず、何事も過ぎし昔は恨みもなく喜びもなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それは皆、めくらむばかりの力で「闇夜」の中を運ばれてゆくもろい小舟の上に、相並んで結びつけられてる悲惨の仲間であった。
それからは目に見えて力もなくもろく押し流されてしまふやうに見えた。坂を下る車の調子で力が尽きて行くやうに見えた。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
夏季に生ずる茸はもとより初秋にかけて生ずるものは、質もややもろくすぐに腐敗し易いのに反し、晩秋の茸は霜を戴いて猶食し得るものが多い。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
そうすれば、今の私のヒロイックな、人道的な行為と理性とは、一度にもろく切って落されるだろう、私は恐れた。恥じた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
源氏は今さらのように人間の生命のもろさが思われた。尼君が気がかりでならなかったらしい小女王はどうしているだろう。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
叩くと丈夫の生木さえその一撃でもろくも二つに千切れて飛んであたかも鋭いまさかりなんどで立ち割ったようになるのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幾度か水火の中に出入して、場数巧者の探偵吏、三日月と名に負う倉瀬泰助なれば、何とてもろくも得三の短銃ピストルたおるべき。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何ほど風の強ければとて頼みきったる上人様までが、この十兵衛の一心かけて建てたものをもろくも破壊こわるるかのように思し召されたか口惜しい
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして私の欲するのは靈——意志と精力を持つた、徳と清純さを持つた——あなたなのだ。そのもろい肉體ばかりではない。
冬至に近づいてゆく十一月のもろい陽ざしは、しかし、彼が床を出て一時間とは経たない窓の外で、どの日もどの日も消えかかってゆくのであった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
これに反して李子夫人の場合は、時代の流れにつれて朽ちかけてゐた伝統が、もろくも血統にその席を譲つたのであつた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の色にはけがれがあり、焔の色には苦熱があり、ルビーの色は硬くてもろい。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
火葬にした時、焼け方が早かったね。骨がぼろぼろになった。戦後何かの雑誌で、たとえばヒロポン中毒者の骨はもろくて、直ぐに砕けるという話を
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
郷里きやうりからたものにいてかれ勘次かんじ次第しだい順境じゆんきやうおもむきつゝあることをつた。かれこゝろ動搖どうえうしてもろつたこゝろひどあはれつぽくなさけなくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
やつぱり、僕等の頭は、まだもろくつて、大きな真理にぶつかると、もうそれだけで、一時、混乱する傾向があります。
秘密の代償 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
何よりそれらのものは日本固有の性質を示すからであります。これに比べますとみやこの人たちが今用いている大概のものは、弱さやもろさが目立ちます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
又、こんな形でやって来られるとは思いもよらなかった。誰か後にいる! 然し「Yのフォード」はこうももろいものか。労働者って不思議なものだ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
あがけばつまづき、躓いては踠き、揚句あげくに首も廻らぬ破目はめに押付けられて、一夜あるよ頭拔づぬけて大きな血袋ちぶくろ麻繩あさなわにブラ下げて、もろくもひやツこい體となツて了ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ことに、もろい、変化をうけ易い、何か異常な企図を決行しようとする際のような心理状態では、その衝撃には恐らくひとたまりもないことでしょう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一方その形もあるいは塁壁るいへきのように堅固な、または木柵もくさくのようなもろさを思わせるなど種種様様の味と感じを与える。
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
ふと涸沢岳のあのもろい岩壁から岩がひとつちる音がした。カチーン……カチーン……と岩壁に二、三度打ちあたる音が、夜の沈黙のなかにひびいた。
どうも日本人という奴は、正義にもろくて軽佻だよ。君、支那人のように嘘つくことが正義になれば、もう此奴こいつはいつまでたったって、滅びやしないよ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
昨夜ゆうべまゝ盛高もりだかな形をして居た火は夢を見て居た塚の中の骨の様にもろく崩れて刹那せつなに皆薄白うすじろい灰に成つて仕舞しまつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
人間の営みは、二百年、三百年の仕来りといえども時が来れば余りにもろくくずれるものであった。商埠地しょうふちのオダル港に出て彼は廃藩のうわさを聞いた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
機会をねらっていたが、大元竜ヶ馬場方面ももろく敗退した為、大元と大聖院との間の竜ヶ馬場と称する山上へ登り
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれど私のもろい心と、そしてことにはあなたの受けとりやすい、熱心な心に触れて、私は訴える心地に久しぶりになりました。そうです。久しぶりです。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
他の二つは是に比べるとともに遥かに簡便なもの、すなわちってもろくしてこれをき砕くのと、今一つは水に浸して柔らげて押しつぶすものとであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
枝折戸の手触りが朽木のようにもろくて、建物の古いことを問わず語りに示していた。植込みを通して見える庭一体に青苔が池ののように敷き詰っていた。