ひるがえ)” の例文
旧字:
岩壁の一外国船に黒地に白を四角に抜いた出帆旗がひるがえっていた。一眼でそれが諾威ノルウェーPN会社の貨物船フレイタアであることを為吉は見て取った。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ひるがえって考えてみると、もしも私がリリー・レーマンに教わっていたら、私の「お蝶夫人」はファラーの「お蝶夫人」に似てしまって
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
その為に敢然正筆を使うと、——彼は横を向くが早いか、真紅に銀糸のぬいをした、美しい袖をひるがえして、見事に床の上へ手洟てばなをかんだ。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とたんに、紙帳の裾がひるがえり、内部うちからすくうように斬り上げた刀が、廊下にころがったままで燃えている、燭台の燈に一瞬間輝いた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
仏とアンとの傍に立っていた私服警官は、二人をにらみつけておいて、そのまま身をひるがえすと、防空壕の入口の方へ駈け上っていった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やり過して地びたをって後へ廻った鉄公の手がお鶴の裾にかかったかと思うと紅がひるがえって高く捲れた着物から真白なはぎが見えた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
すなわち神の面目を捕捉することができる。ヤコブ・ベーメのいったごとくに「ひるがえされたる目」をもてただちに神を見るのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「奥様、このお女中さんはいくたび聞いても、前言をひるがえしません。失礼ですが、奥様の方のお間違いじゃ、ございませんでしょうか?」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
道々の青葉若葉の家村には五月の鯉幟こいのぼりがへんぽんとひるがえっていましたが、館林に来た頃は躑躅もぽつ/\咲きかけたという噂を聞きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
毛受勝助も、いちどは身をひるがえして、尾撃の敵をむかえていたが、ふたたび主人の駒の後を追い、勝家のうしろから、なお叫んでいた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜、二畳の炬燵こたつに入って、架上かじょうの一冊をいたら、「多情多恨たじょうたこん」であった。器械的きかいてきページひるがえして居ると、ついつり込まれて読み入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
だが、徳蔵とくぞうさんの熱心ねっしんは、その一言ひとことひるがえされるものではありません。戦死せんししたともとのちかいをげたので、ついに部隊長ぶたいちょうゆるしたのでした。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
ひるがえって我々の意志の傾向を見るに、無法則のようではあるが、自ら必然の法則に支配せられているのである(個人的意識の統一である)。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
駱駝らくだのような感じの喜三郎老人は、思いのほか敏捷びんしょうに立ち上がると、平次と八五郎が留める間もなく、身をひるがえしてざんぶと川の中へ——。
フラフをひるがえし、祝憲法発布、帝国万歳など書きたる中に、紅白の吹き流しを北風になびかせたるはことにきはだちていさましくぞ見えたる。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ひるがえって思うのに、もし此の人が口で云う通りのことを考えているのであったら、———みずからの性的不満などは意に介せず
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひるがえって人間というものを考えてみると、生活に苦しまねばならぬもの、ついには死なねばならぬもの、これほど悲惨なものはない訳である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
英文学に異彩をはなつと称せらるるかの有名なるミルトンの『失楽園パラダイスロスト』の主人公は、神を相手に謀叛むほんはたひるがえした悪魔の雄将サタンである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
わずかに眼にるからぬか、取るにも足らぬ虫のために愛想あいそをつかしたと見える。手をひるがえせば雨、手をくつがえせば雲とはこの事だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
巴紋ともえもんの旗は高くひるがえらず、春は来るとも李華はとこしえにそのつぼみを封じるようである。固有の文化は日に日に遠く、生れ故郷から消え去ってゆく。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
俊寛も、胸が熱くるしくなって、目頭めがしらが妙にむずがゆくなってくるのを感じた。見ると、船のへさきには、一流の赤旗がへんぽんとひるがえっている。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その枝にむすんである、色とりどりの短冊たんざくがなまぬるい軟風に、ひらひらとひるがえって、街ぜんたいがにぎやかに浮きたってみえる。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すさまじくいなないて前足を両方中空なかぞらひるがえしたから、小さな親仁おやじは仰向けにひっくりかえった、ずどんどう、月夜に砂煙がぱっと立つ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「一丁上り!」そう言うと、パッと開いた左手を機械人形のように下にギクリとひるがえし、その上に右手をやって団子をこねるようなまねをして
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
われ大正当今の世における新しき婦人の為す所を見てひるがえつてわが老婢しんの生涯を思へば、おのづから畏敬の念を禁じ得ざるもあに偶然ならんや。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それを昨夜はゆっくりひもとくことが出来た。感得という言葉はこういう場合に使われるのであろう。彼はそう思って丁寧にその書をひるがえして行った。
ひるがえって日本の現状を観ると、今尚お暗雲低迷、一方に古経典こきょうてんの講義でもすることが、信仰上の最大急務と思い込んで居るものがあるかと見れば
どうもお豊さんが意をひるがえそうとは信ぜられないので、「どうぞ無理にお勧めにならぬように」と言い残して起って出た。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると、間遠い魚の影が、ひらりと尾ひれひるがえして、べらかな鏡の上には、泡一筋だけが残り、それが花瓣のようなしとやかさで崩れゆくのだった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
勝利を八幡に祈って勢揃をし、どんと打込む大太鼓、エイエイエイと武者押しは一鼓六足の足並なり、真先立ってひるがえる旗は刀八とうはち毘沙門の御旗なり。
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
やがて衝立ついたての向うに、とんとんという足音が聞えて来ると、女中はついと身をひるがえして何処どこかへ行ってしまい、代りにさっきの優しい主人があらわれた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
その水煙に透かし彫られている天人がまた言語に絶して美しい。真逆様まっさかさまに身をひるがえした半裸の女体の、微妙なふくよかな肉づけ、美しい柔らかなうねり方。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
礼拝の人々は絶えないほどになって行った。緑の林の中に、赤、白、青、黄、紫の五色の旗がひるがえり、祠の屋根に黄金色こがねいろ擬宝珠ぎほうじゅが夕陽をうけて光り出した。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
文選も植字も印刷もあるじがみな一人でやった。日曜日などにはその弟が汚れた筒袖つつそでを着て、手刷り台の前に立って、れた紙をひるがえしているのをつねに見かけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ひるがえって味方はと見ればせっかく揃えたクリュウがまた欠けるという始末。しかし窪田は落胆はしなかった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
白川郷へ、白川郷へというお雪ちゃんの空想がさせる大胆な冒険は、もう心のうちでひるがえす由もありません。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半月旗のひるがえるところ、土耳古トルコ帝の一顰一笑いっぴんいっしょうに畏怖した欧羅巴ヨーロッパ諸国の前に、彼もまた滅亡の悲運を見るに至った。何故にしかりしや。これが興味ある問題なのである。
文明史の教訓 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
万歳がそでひるがえして舞う。折から翩々へんぺんと散るたびら雪を蝶と見て、万歳の上にとまれといったのであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
それを見た彼は、私の手がまだ彼の高い肩に達しない前に、そして、私の動作に一向気づきもしないで、あわただしく身をひるがえして、その電車の方へ走って行った。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
祥子は、必死になって相手をふり放そうとつばめのように身をひるがえしながら、英夫の救いをもとめたが、だんだん追いつめられ、階段の下で自由をうしないかけていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「それは盛んだな」と私はまた、一人が飛び、ひるがえったむこうの投水台とうすいだいの強いかがやきをうち見やった。警戒標の旗の先だけが、その下の河心かしんに赤い点をうっている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
糸で引っ張ってあるような薄い耳が、満足げにひるがえる。しかし、小さな眼は、相変らずどんよりしている。
「………」足許でくぬぎの朽葉の風にひるがえっているのが辰男の目についていた。いやにわびしい気持になった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
次第によっては男の心をひるがえすことが出来るかも知れない。ここからは、国の名も同じ地つづきであった。そこに安堵あんどして暮しているものはみんな安楽に見えて来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
畑の中の一本の大きな花桐には、測量の為であろう紅白の旗が竿の先にひるがえっていた。路並の茅葺屋根には、棟に鳶尾いちはつか菁莪らしいものが青々と茂って花が咲いていた。
秩父のおもいで (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
小黒帽ボイナをかぶってCAPAをひるがえしてるDONホルヘ——私——の上に太陽が焼け、下には赤い敷石が焼けて、私の感覚も、「すぺいん」を吸収して今にも引火しそうだ。
宮子は身をひるがえすように、ひらりと盆栽の棕櫚しゅろを廻っていくと、甲谷はまた山口の方へ向き返った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし勉強はする。幸いにして僕達は再び問題に触れることがなかった。四年五年とも仲よく過した。というのは僕が決心をひるがえして余り馬力をかけなかったからだろう。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一度ひるがえりて宇宙の大道に従い、手足を労し額に汗せば、天は彼をも見捨てざるなり、貧は運命にあらざれば我ら手をつかねて決してこれにあまんずべきにあらず、働けよ、働けよ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
立ち止まって視よウエイト・アンド・シイ」です。すべからく目をひるがえしてみることです。思いかえすこと、見直すことです。心を転ずることです。「転心の一句」こそ、行詰まりの打開策です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)