ほっそ)” の例文
……ふと心附いて、ひきのごとくしゃがんで、手もて取って引く、女の黒髪が一筋、糸底を巻いて、耳から額へほっそりと、頬にさえかかっている。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お倉は摺れ違いざま、平次の耳にささやきました。ほっそりした身体が、後ろ手に縛られると一倍しおれて、消えも入りそうなのが、何とも言えない痛々しさです。
橋をわたって、裏のくらの方へゆく、主人の筒袖つつそでを着た物腰のほっそりした姿が、硝子戸ごしにちらと見られた。お島は今朝から、まだ一度もこの主人の顔を見なかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は探偵に注意しようと思って、そっと彼の方を見ると、彼は相変らず頭をうしろの板に押つけていたが、眼をほっそり開けて、老人の方をねらっていた。彼も気がついているのだ!
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
うなじからかけて、肩の辺まで、月の光に照らされた。ほっそりとした頸の形が、弱々しく美しい。乱れた髪の毛が渦を巻き、左の肩へ垂れているのが、微風になぶられて顫えている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
髪多く余る光を椽にこぼすこなたの影に、有るか無きかのほっそりした顔のなかを、濃く引き残したる眉の尾のみがたしかである。眉の下なる切長の黒い眼は何を語るか分らない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒く長い三日月眉。ほっそりと締まった顎。小さい珊瑚さんご色の唇。両耳にブラ下げた巨大な真珠……それが頬をポッと染めながら大きな瞬きをした。何となく悲しく憂鬱な、又は恥かし気な白い歯の光りだ。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あの、夕顔の竹の木戸に、長い袂も触れないで、ほっそりと出たでしょう。……松の樹の下を通る時は、遠い路を行くようでした。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腹中の声が終えると同時に老人の口から十七ぐらいの一人の娘が出て来ましたがほっそりとした色の白い髪毛の黒い美貌の娘で、四郎を見るとニッコリ笑い、其側へ行って坐わりました。
天草四郎の妖術 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
額に加えた五本の指は、節長にほっそりして、爪の形さえ女のように華奢きゃしゃに出来ている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
観念しきった様子で、眉も動かさずにそのほっそりした肩をそびやかすばかりでした。
と思うと、袖を斜めに、ちょっと隠れたさまに、一帆の方へ蛇目傘ながらほっそりしたせなを見せて、そこの絵草紙屋の店をながめた。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眉の跡青々と妙に淋しくほっそりしておりますが、水際立った元禄姿で、敷居の上に桜貝のような素足の爪を並べて立つと、腰から上へ真珠色のかすみが棚びいて、雲の上から美妙な声が聞えるといった心持
空色地に雪間の花を染模様の帯のお太鼓と、梅が香も床しいほっそりした襟脚の中へ、やたらに顔を押込んで、ぐたりとなった。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腰衣こしごろもの素足で立って、すっと、経堂を出て、朴歯ほおば高足駄たかあしだで、巻袖まきそでで、寒くほっそりと草をく。清らかな僧であった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……友染の夜具に、裾は消えるようにほっそりしても——寝乱れよ、おじさん、家業で芸妓衆げいしゃしゅのなんかれていても、女中だって堅い素人なんでしょう。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と柳の眉の、おもて正しく、見迎えてちょっと立直る。片手もほっそり、色傘を重そうにいて、片手に白塩瀬しろしおぜ翁格子おきなごうし、薄紫の裏の着いた、銀貨入を持っていた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
められるように胸をおさえた、肩がほっそりとして重そうなので、俊吉が傘を取る、と忘れたように黙って放す。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……撫肩なでがたに重荷に背負って加賀笠を片手に、うなだれて行くほっそり白い頸脚えりあしも、歴然ありあり目に見えて、可傷いた々々しい。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒繻子くろじゅすの襟のかかったしまの小袖に、ちっとすき切れのあるばかり、空色の絹のおなじ襟のかかった筒袖こいぐちを、帯も見えないくらい引合せて、ほっそりと着ていました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほっそりした姿で、薄い色のつまを引上げ、腰紐を直し、伊達巻をしめながら、襟を掻合かきあわせ掻合わせするのが、茂りの彼方かなたに枝透いて、すだれ越に薬玉くすだまが消えんとする。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほっそりした頬にえくぼを見せる、笑顔のそれさえ、おっとりして品がい。この姉さんは、渾名あだなを令夫人と云う……十六七、二十はたちの頃までは、同じ心で、令嬢と云った。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両膝をほっそりと内端うちわかがめながら、忘れたらしく投げてたすそを、すっと掻込かいこんで、草へ横坐りになると、今までの様子とは、がらりと変って、活々いきいきした、すずしい調子で
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
撫子 このほっそりした、(一輪をゆびさす)絹糸のような白いのは、これは、何と云う名の菊なんですえ。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と手をいて、壁に着いたなりでほっそりしたおとがいを横にするまで下からのぞいた、が、そこからは窮屈で水は見えず、忽然こつぜんとしてへさきばかりあらわれたのが、いっそ風情であった。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呼吸いきを詰めて見透すと、白い、ほっそりした、女の手ばかりが水の中から舳にすがっているのであります。「さながら白き布かと見えて、雪のごとし」と、写本には書いてある。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
娘がね、仕切に手をくと、向直って、抜いた花簪はなかんざしを載せている、涙に濡れた、ほっそり畳んだ手拭てぬぐいを置いた、友染の前垂れの膝を浮かして、ちょっと考えるようにしたっけ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寂しい、美しい女が、花の雲から下りたように、すっとかげって、おなじ堀を垂々だらだらりに、町へ続く長い坂を、胸をやわらかに袖を合せ、肩をほっそりとすそを浮かせて、宙にただようばかり。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実は、コトコトとその駒下駄の音を立てて店前みせさきへ近づくのに、ほっそさばいた褄から、山茶花さざんかの模様のちらちらと咲くのが、早く茶の間口から若い女房の目には映ったのであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うすものは風よりも軽い……姉の明石が、竹をすべると、さらりと落ちたが、畳まれもしないで、あおった襟をしめ加減に、ほっそりとなって、脇あけもれながら、フッと宙を浮いて行く。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この羽織が、黒塗の華頭窓にかかっていて、その窓際の机に向って、お米はほっそりと坐っていた。冬の日は釣瓶つるべおとしというより、こずえ熟柿じゅくしつぶてに打って、もう暮れて、客殿の広い畳が皆暗い。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともう、相合傘の支度らしい、片袖を胸に当てる、柄よりも姿がほっそりする。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここらは甲斐絹裏かいきうらを正札附、ずらりと並べて、正面左右の棚には袖裏そでうらほっそり赤く見えるのから、浅葱あさぎ附紐つけひもの着いたのまで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷まげに結った、顔の四角な、肩のふとった
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「色が白くて、髪が黒い処へ、ほっそりしてるから、よく似合うねえ。年紀としよりは派手なんだけれど、娘らしく色気が有って、まことに可い。葛木さん、ちょいと、あすこへ惚れたんじゃないこと。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、親まさりの別嬪べっぴん冴返さえかえって冬空にうららかである。それでも、どこかひけめのある身の、しまのおめしも、一層なよやかに、羽織の肩もほっそりとして、抱込かかえこんでやりたいほど、いとしらしい風俗ふうである。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云って莞爾にっこりした。が、撥を挙げてえくぼを隠すと、向うむきに格子を離れ、ほっそりした襟の白さ、撫肩なでがたなまめかしさ。浴衣の千鳥が宙に浮いて、ふっと消える、とカチリと鳴る……何処かに撥を置いた音。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はい、両手を下げて、白いその両方のてのひらを合わせて、がっくりとなった嘉吉の首を、四五本目のやぼねあたりで、上へささげて持たっせえた。おもみがかかったか、姿を絞って、肩がほっそりしましたげなよ。」
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帯の色も、その立姿の、肩と裾を横に、胸高に、ほっそりとくぎって濃い。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無慙むざんや、行燈の前に、仰向あおむけに、一個ひとつつむりを、一個ひとつ白脛しらはぎを取って、宙に釣ると、わがねの緩んだ扱帯しごきが抜けて、紅裏もみうらが肩をすべった……雪女はほっそりとあからさまになったと思うと、すらりと落した
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と肩をほっそり……ひさしはづれに空を仰いで、山のの月とかんばせを合せた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
荷のあるたぐいはあらかじめこの一条ひとすじの横町は使わぬことになってるけれども、人一人、別けて肩幅のほっそりした女、車の歯を抜けても入られそうに見えるけれども、たくましい鼠色の馬のつらが、小鼻を動かし
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、外套が外へ出た、あとを、しめざまにほっそりと見送る処を、外套が振返って、頬ずりをしようとすると、あれ人が見る、島田をって、おくれ毛とともに背いたけれども、弱々となって顔を寄せた。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「コヤコヤ、いつかも蝶吉がお花札はなを引いた時のように警察の帳面につけておく。住所、姓名をちゃんと申せ、偽るとためにならぬぞ。コヤ、」と一生懸命にわらいを忍んで、ほっそりした頬を膨らしながら
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じっみまもる、とここの蝋燭が真直まっすぐに、ほっそりと灯がすわった。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片手をほっそりと懐にした姿。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)