まばた)” の例文
少しも恐れた気色がなく、まばたきもしないで彼の眼中を見すえているのだ。敷布の上にひろげた手は泰然として震えだも帯びていない。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
空には星がまばたきをしてゐる。平な雪の表面が際限もなく拡がつてゐる。そして地平線には、暗い森がそばだち、遠い山の頂が突出してゐる。
草木さうもくおよ地上ちじやうしもまばたきしながらよこにさうしてなゝめけるとほ西にし山々やま/\ゆき一頻ひとしきりひかつた。すべてをつうじて褐色かつしよくひかりつゝまれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
まず『本草綱目』に『礼記』に兎を明眎めいしといったはその目まばたかずに瞭然たればなりとあるは事実だが兎に脾臓なしとあるは実際どうだか。
寝ぼけた奥から、小さい星がしきりにまばたきをする。句になると思って、また登る。かくして、余はとうとう、上まで登り詰めた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
虎之助は涙の溢れる眼で、まばたきもせずに老人の面を見上げた。師を得た、真の師と仰ぐべき人を得た、自分の行く道は決った。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
父はえる腹をこらえ手を握ってさとすのである。おとよはまばたきもせずひざの手を見つめたまま黙っている。父はもうたまりかねた。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
健吉も、小枝の膝に腰かけておとなしくまばたきしている。段々進んで「ポツダム宣言を受諾せざるを得ず」という意味の文句がかすかに聞えた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少年はそういって、眼をパチパチまばたいた。青竜王はパイプから盛んに紫煙しえんを吸いつけていたが、やがて少年の方に向き直り
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はっきりしない色の小さな眼は、顔のずっと奥の方でまばたきをしている。鼻は、まるまる肥えて盛り上った赤い顔を包む肉魂の中に埋まっている。
二人の男はひと眼見たばかりで、そのたかぶった心がわかるほど、烈しいまばたきをくり返していて、基経は用意して来た言葉も容易にいい出せなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼の魂はまばたきせざる眼をもって見詰めながら闇の唯中を彷徨ほうこうする。時に彼の眼が闇の中に光の幻覚を生ずることがあっても彼の魂は欺かれはしない。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
秋子はまばたきをした。そして大きく眼をみはった。彼は彼女の顔から遠ざかってなおも彼女の顔を見詰めた。彼女の眼の表情は汽笛の余韻を辿たどっていた。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
まちなかにはなんにもないとさ。それでも、ひとかない山寺やまでらだの、みねだうだのの、がくがね、あられがぱら/\ととき、ぱちくりまばたきをするんだつて……
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私のまばたきした間に、奴は五十恰好かっこうの眼鏡をかけた黒服の中老人になり大机の前の椅子によりかかったまま、悠然と口にはまだ火をつけぬ煙草をくわえて
妻木君も驚いたらしいまばたきを三ツ四ツした。そのまま未亡人は二分か三分の間ヒソヒソとむせび泣いたが、やがてハンカチの下から乱れた眉とまつげを見せた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
厄介千万な低能め——とあきれ返っていた主膳の眼が、その白い太った肉附の一部を見せられると、にわかにその三つの眼が、あわただしくまばたきをしました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まばたきもせずに探偵は私の面を見守っていたが、決して私が探偵の言を疑っているのではなく、信じてはいるが、しかもなお信じられない事実にブツかって
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
空に星がまばたき始める頃、まるで日が暮れ切るのを待ってでもいた様に、気違い葬儀車は、牛込うしごめ矢来やらいに近い、非常に淋しい屋敷町やしきまちの真中で、ピッタリと停車した。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右の眼はまばたきするが、左の方は決して動かない。魚の眼見たように何時も明いている。乃公も真似をして、片方かたっぽうの目だけで瞬きして見たが、どうも巧く行かない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
すると最前からまばたきしていた石燈籠いしどうろうの火も心ありにはたと消えるを幸い、二人の男女は庭の垣根に身を摺寄すりよせて互の顔さえ見分けぬほどなやみの夜をかえって心安しと
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤坊が泣きやんで大きな眼を引つらしたまままばたきもしなくなると、仁右衛門はおぞましくも拝むような眼で笠井を見守った。小屋の中は人いきれで蒸すように暑かった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それに視線を奪われまいと、彼女はしきりにまばたきをしながら堀の底を透かして見ようとする。
晩春 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それらの灯のあるものはともったと思うとパチ/\/\とせわしなくまばたきをしてふっと消える。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すぐ目の前で悟浄があわてて立上がり、礼拝らいはいをするのを、見るでもなく見ぬでもなく、ただ二、三度まばたきをした。しばらく無言の対坐たいざを続けたのち悟浄は恐る恐る口をきいた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今にも前方まえたおれそうだ。見開かれた眼は床を見詰め、まばたき一つしようともしない。どうやら瞬きを忘れたらしい。両手を胸の上で握り合わせ、それを夢中で締めつけている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まばたきをすると、子供の姿は消え、園の中はもう薄暗くて、見通しがきかないのであった。
夢の図 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「なあに、さうでねえと。まばたきしるかしねえうちに向ふへ行きつくもんだつてこんだ。」
野の哄笑 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
矢張眼瞼まぶたの中に引っかかる物があって、まばたきすると眼球が痛く、その度毎に涙が出る。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さきに熱したと同じ速度を以て次第に冷くなって、明かけの抽斗ひきだしへ手を懸けたまゝ俯向て何やら考え出したが、その間の体の動かないことは、まばたきとてもしないかと思われるほどであった。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
私が小声にこう言うと、煙客翁は頭を振りながら、妙なまばたきを一つしました。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夕暮れの薄ら明かりに浮かびあがっているアリョーシャの、蒼白あおじろひたいまばたきをしない黒い眼を持った顔は、不意にベリヤーエフに、ロマンスの最初の頃のオリガ・イワーノヴナを思い出させた。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そして彼がメヅサの首を、さっと差上げるとまばたきをする暇もなく、悪いポリデクティーズ王と、いけない顧問官達と、獰猛な全人民とは、単に王とその人民との群像でしかなくなっていました。
まばたきをしてさえもそのこゑえる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
まばたきもしないで見守っていた禰宜様宮田の、その眼の下には、今、辛うじて命をとりとめた若者のみずみずしい眼が、喜びのささやきのうちに見開かれた。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
が、貴女には既に心を許して、秘蔵の酒を飲ませた。海のはて、陸のおわり、思ってかれない処はない。故郷ふるさとごときはただ一飛ひととびまばたきをするかれる。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は両手で帽子のひさしをシッカリと握り締めた。自分の眼を疑って、二三度パチパチとまばたきをした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家臣に対するとき、その眼でまばたきせず相手を見つめ、ひと言ごとに「いいか」「いいか」と云う癖がある、ちょっとみるとだだっ子が因業爺になったという印象であった。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おわかりになりましたでしょう? 私はマルセ・モネス事務所のルカ・ロザリオです。いつぞやの晩お眼にかかりましたね」と青年の眼が二、三回まばたいて笑みをたたえた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
乃公はうしようかと思った。乃公が少し身体を動かすと、獅子は唸る。此方こっちっとしていれば、先方むこうでも黙って乃公の顔を見ている。時々まばたきをする。今に屹度食付くだろう。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
米友が呆然ぼうぜんとして円い眼をまばたきをして、初めて暮色の暗澹あんたんたるにおどろきました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お秀の口からほとばしるように出た不審の一句、それも疑惑の星となって、彼女の頭の中ににぶまばたきを見せた。しかしそれらはもう遠い距離に退しりぞいた。少くともさほどにならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今も丁度彼女はそういう眼付をしていた。それがかすかに揺いで、ふと二つ三つまばたきをしたかと思うまに、彼女はいきなり両の手でハンカチを顔に押し当てて、そばめてる肩を震わした。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼女はまばたきもせず新一の顔を見つめて、静かに階段を降りて来るのであった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして入口の蔭から、第三十九号室の有様を、まばたきもせず、注視ちゅうししていた。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老女は不審ふしんそうにまばたきをした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その空へ、すらすらとかりがねのように浮く、緋縮緬の女の眉よ! 瞳もすわって、まばたきもしないで、恍惚うっとりと同じ処を凝視みつめているのを、宗吉はまたちらりと見た。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、なおも、相手を罵倒すべく、カッと眼をき出したが……そのままパチパチとまばたきをして、唾液をグッと呑み込んだ。呆れ返ったように自分の眼の前を見た。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして最後に我々を驚かせたのはこの老人も少年も、我々の吸っている煙草がよほど珍しかったかして、眼を円くしながら、まばたきもせず、我々の口許をみつめているのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ところが彼はまばたきをしながら天井の節穴を数えている。ははあ……そうか。みんなはじきにのみこんだ、彼らはぎ州のやりかたを知っている、そこで椅子がやかましく集まってきた。
留さんとその女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)