清々すがすが)” の例文
霧とも云えないほど薄すらとしたものが、植込の下影に逃げ迷っていて、清々すがすがしく打晴れた空には、薔薇色の光が一面に流れていた。
人の国 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
けれど清々すがすがしい少年の姿は、私にとっていつも完全にコペンハアゲンを説明し代表し、コペンハアゲンそれ自身でさえあり得るのだ。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
今までの怖ろしかった心が、だんだんに消えて行って、水の肌にみ込む気持が何とも言えぬ清々すがすがしさになってゆくのでありました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
玄徳はおどろいて、ひそかにその人をうかがうに、年は五十余りとおぼしく、松姿鶴骨しょうしかっこつ、見るからに清々すがすがしい高士のふうを備えている。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巴里中の店は鎧扉をしめ、芝居も映画も休業し、大道は清々すがすがしい菊の香を流しながら墓地へいそぐ喪服のひとの姿しか見られなくなる。
黄泉から (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
御堂おどうさっと松風よりも杉のひのきの香の清々すがすがしい森々しんしんとした樹立こだちの中に、青龍の背をさながらの石段の上に玉面の獅子頭の如く築かれて
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
部屋部屋の青畳の清々すがすがしさ、家具調度の見事さ、こんな場末に、これほどの生活のあったのが、八五郎の眼にも不思議に映ります。
一斉に爆発すればそのあとは夕立のあとのように清々すがすがしいが、積み重なって行く鬱屈は永い苦痛のうちに陥れ、人間を腐らしてしまう。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
都会の人の息と風塵に染んだ花とは違っておりまして、ほんの山桜の清々すがすがしい美しさは、眼にも心にもしむばかりの感じでした。
女の話・花の話 (新字新仮名) / 上村松園(著)
空には上弦の初夏の月が、おぼろに霞んだ光をこぼし、川面を渡る深夜の風は並木の桜の若葉にそよいで清々すがすがしい香いを吹き散らす。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
で、仕舞には清々すがすがしい冬の空気までそれを聞いて笑い出したほど、広い田野が一面に嬉しげな音楽で満たされた位であった。
其が何と、此世の悪心も何もかも、忘れ果てて清々すがすがしい心になりながら、唯そればかりの一念が、残って居る、と申します。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
奈良の建物は白木と云っても年代が古く、うす汚れしていて、暗く陰鬱いんうつな感じがしたが、ここは壁や柱の隅々すみずみまでが真新しく、清々すがすがしかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
結婚をするといっぺんにいやになりそうな男だけれども、恋愛をしていると、何かしげきされて清々すがすがしいのだと云うことだ。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
茄子のむらさき、生姜の薄くれない、皆それぞれに美しい色彩に富んでいるが、青く白く、見るから清々すがすがしいのは瓜の色におよぶものはない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
定基は其婦人の窮を救うために、種々の自分の財物ざいもつを与え取らせた後不思議に清々すがすがしい好い心持になった。そして遂に愈々いよいよ吾が家を棄てて出た。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
穏やかにしめやかな雨がおとずれて来ると花も若葉も急に蘇生したように光彩を増して、人間の頭の中までも一時に洗われたように清々すがすがしくなる。
五月の唯物観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
色よく黄ばんだ晩稲おくてに露をおんで、シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々すがすがしく、胸のすくような眺めである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ススキという意味はスクスクと立っているキ(草)だからそういわれると書物に書いてあるが、またあるいはススは畳語でそれは清々すがすがしい事である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
トーストのバターの味と、味噌の味が混り合って、何とも言えなく清々すがすがしい、日本の朝の感じを出して呉れるから。
駄パンその他 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
自分の肩から上を気圏のようにぐっていたぶとの幾十陣団じんだんやに窒息するかと苦しんだことも、夢の谷へ下りては、夢のように消えて、水音は清々すがすがしい。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
で、窓を開けると、乳色の清々すがすがしい月の光が差し込んできて、その刹那、彼の眼をハッシと射返したものがあった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ウフフという退屈男の清々すがすがしい笑いがはぜて、のどかに夜があけました。そうしてこの小気味のいい男の小気味のいい物語は、これから始まるのです。
午前五時、廊下の窓に清々すがすがしい朝の光がさしはじめると、宗像博士は安楽椅子からヌッと立上って、大きな伸びをした。とうとう何事もなかったらしい。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
清々すがすがしい朝の光りの中に、あるいまぶしく、又はクッキリと照し出されて、大学教授の居室らしい、厳粛な静寂しじまを作っている光景を眺めまわしているうちに
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
朝露に色を増した青い物の荷車が、清々すがすがしい香とともに江戸の市場へと後からあとから千住せんじゅ街道につづいていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
寝ている部屋を通して、その碧い空から、清々すがすがしい力ある九月の風が吹いて来た。無碍むげな、それ故、ひとしお魂にしみる哀感で、伸子は思わず眼をつぶった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
美人草の花輪をつくって頭にのせると、日の光が縦横にさし込んで、燃えるように真紅になり、彼女の薔薇色ばらいろ清々すがすがしい顔に炎の冠をかぶせるのであった。
彼らの各自おのおのは各自に特有なあたた清々すがすがしさを、いつもの通り互いの上に、また僕の上に、心持よく加えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それなりに気のつよいところもある、そして何から何まで自分の良心で割り切つて、いつも清々すがすがしい気持でゐられるやうな人の顔にだけ浮ぶ——あの表情なのです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この美しい庭や清々すがすがしい家屋とは! 東京の町の中にもこれほどの美しい住居すまいは、滅多にありますまい。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
臆病者も頗英雄になった気もちだ。夏の快味は裸の快味だ。裸の快味は懺悔ざんげの快味だ。さらけ出したからだ土用干どようぼし霊魂れいこん煤掃すすはき、あとの清々すがすがしさは何とも云えぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
炎天にさらされている墓石に水を打ち、その花を二つに分けて左右の花たてに差すと、墓のおもてが何となく清々すがすがしくなったようで、私はしばらく花と石に視入みいった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
夜が清々すがすがと明放れた頃には、智恵子はモウ一人で便所にも通へぬ程に衰弱した。便所は戸外そとにある。お利代が医師いしや駆付かけつけた後、智恵子はこらへかねて一人で行つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして箪笥たんすの上に飾ってある父の写真を取って床に帰った。父がまだ達者だったころのもので、細面の清々すがすがしい顔がやや横向きになって遠い所をじっと見詰めていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この清々すがすがしい初夏の夕ぐれこそは、じつに古今の犯罪史に比類を見ない、一つの小説的悲劇が、これから高速度に進展しようとする、そのほんのいとぐちにすぎなかったとは
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
清々すがすがしい、しかし澄んだ色っぽさのある新子の全体を、ハッキリと思い浮べながら、そういった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なるほど阿闍利さまのそういうお暮しはまことに都合よくちゃんと決めて行われていますゆえ、見たからにわたくしどもと違った清々すがすがしさがうかがわれるのでございます。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
例えば雨上りの清々すがすがしい大気の中には陰イオンが多く、また活動小屋の中などで空気が汚れて頭が重くなるというような現象も、その空気中にある炭酸瓦斯ガスなどの作用ではなく
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
怒鳴どなったあとで大いに後悔こうかいはしたものの、不思議に怒鳴ったあとの清々すがすがしさはなかった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人の舌には果物のみが持つ清々すがすがしい味が残っていた。何の不満足もない瞬間だった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
窓より見晴らす初夏の空あおあおと浅黄繻子あさぎじゅすなんどのように光りつ。見る目清々すがすがしき緑葉あおばのそこここに、卵白色たまごいろの栗の花ふさふさと満樹いっぱいに咲きて、えがけるごとく空のみどりに映りたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
近頃ちかごろはやりもののひとつになった黄縞格子きじまごうし薄物うすものに、菊菱きくびし模様もようのある緋呉羅ひごらおびめて、くびからむねへ、紅絹べにぎぬ守袋まもりぶくろひもをのぞかせたおせんは、あらがみいあげた島田髷しまだまげ清々すがすがしく
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
長い間、日に乾いた草が、新しい短い草に変って、清々すがすがしい色を見せていた。牛は、あの厚ぼったいくちびるでそれをつまむことができない。それで、小屋に入れて置かなければならなかった。
そうしてスガのところにおいでになつて仰せられるには、「わたしは此處ここに來て心もちが清々すがすがしい」と仰せになつて、其處そこに宮殿をお造りになりました。それで其處をば今でもスガというのです。
池はぎょくもて張りたらんやうに白く湿める水のに、静に魚のぬる聞こえて、瀲灔ちらちらと石燈籠の火の解くるも清々すがすがし。塀を隔てて江戸川べりの花の林樾こずえ一刷ひとはけに淡く、向河岸行く辻占売の声ほのかなり
巣鴨菊 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
氏の腹の中からいろんな汚物をぬぐい去って行く清々すがすがしさに陶酔した。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
すげ笠のかげで、彼の白髪はいぶし銀のように清々すがすがしく光っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
肥前長崎ひぜんながさきから、東の方へゆく街道の上だつた。よく晴れた秋の正午ひる近くで、畑のそちこちには、蕎麦そばの白い花が清々すがすがしく見え、ときどき空を横切りながら、細い澄んだ声を落してゆくのはひわであつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
この寝室は全く広くて贅沢な、それで清々すがすがしいいいへやである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)