あや)” の例文
それがかへつて未だ曾て耳にしたためしのない美しい樂音を響かせて、その音調のあやは春の野に立つ遊絲かげろふの微かな影を心の空にゆるがすのである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
無地にかえって無限のあやを見るのである。無地にはただ何もないというのではない。ここに無地ものに対する私の物偈ぶつげ三句を添える
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
八十パーセントというのはもちろん言葉のあやであろうが、農業を支配する最大の要素が天候であることには疑問の余地が無い。
農業物理学夜話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
地は隈無く箒目の波を描きて、まだらはなびらの白く散れる上に林樾こずえを洩るゝ日影濃く淡くあやをなしたる、ほとんど友禅模様の巧みを尽して
巣鴨菊 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
鹿島の孫娘のあや子が、冬亭のところへ作句の手ほどきを受けにくるようになったのは、日華事変のはじめごろだったろうか。
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あやは人の目を奪う。巧は人の目をかすめる。質は人の目を明かにする。そうでしょうかを聞いた時、甲野さんは何となくありがたい心持がした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして、彼は薫炉の上で波紋を描く煙のあやを見詰めながら、今や巫祝かんなぎの言葉を伝えようとした時、突然、長羅は彼の傍へ飛鳥のように馳けて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この会合にさらにもっともらしいあやをつけるために、私は八人か十人ばかりの連中が集まるように仕組み、それから骨牌かるたがいかにも偶然に持ち出されたように見え
人生には悽惨せいさんの気が浸透している。春花、秋月、山あり、水あり、あか、紫と綺羅きらやかに複雑に目もあやに飾り立てているけれど、するところ沈痛悲哀の調べが附纏つきまとうて離れぬ。
而して身外の水も亦、味を解きて人に伝ふるの大作用をなす。譬へば青黄赤黒の色も畢竟水の力を得てしろを染むるが如し。水無ければ、絢爛の美、錦繍のあやつひに成らざるなり。
(新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
太夫の手にもとどまらで、空にあや織る練磨れんまの手術、今じゃ今じゃと、木戸番は濁声だみごえ高くよばわりつつ、外面おもての幕を引きげたるとき、演芸中の太夫はふとかたに眼をりたりしに
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こゝにはかたあやもみえず、岸も路もなめらかにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七—九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
目にはあやなしで、唯枕もとに荒るる鼠の音が聞こえるばかりであるが、その闇中にも自ら目に描き出さるるものは昼間生けて置いた、あの美くしい椿の花である、とそういうのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
白縮はうち見たる所はおりやすきやうなれば、たゞ人はあやあるものほどにはおもはざれども、手練しゆれんはよく見ゆるもの也。村々の婦女ふぢよたちがちゞみに丹精たんせいつくす事なか/\小さつにはつくしがたし。
かの逆巻さかまく波に分け入りし宮が、息絶えて浮び出でたりし其処そこの景色に、似たりともはなはだ似たる岸の布置たたずまひしげり状況ありさま乃至ないしたたふる水のあやも、透徹すきとほる底の岩面いはづらも、広さの程も、位置も、おもむき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
老婦人が去った後、ひさごかきでかこってふたをかぶせて置くと、虫は俄かに変じて犬となった。犬の毛皮には五色ごしきあやがあるので、これを宮中に養うこととし、瓠と盤とにちなんで盤瓠ばんこと名づけていた。
かけまくもあやかしこき、いはまくも穴に尊き、広幡ひろはた八幡やはた御神みかみ、此浦の行幸いでましの宮に、八百日日やおかびはありといへども、八月はつきの今日を足日たるひと、行幸して遊びいませば、神主かみぬしは御前に立ちて、幣帛みてぐらを捧げつかふれ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「質がよくてもあやがなければ一個の野人に過ぎないし、あやは十分でも、質がわるければ、気のきいた事務家以上にはなれない。文と質とがしっかり一つの人格の中に溶けあった人を君子というのだ。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
物のあやしじにしへばかいさぐる我が指頭ゆびさきに眼はのるごとし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わが若鷲は琴柱尾ことぢをや胸にあやなすしぎ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
背広のあやの音楽に首をうづめて
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
うららかな水かげろうのあや
水の上 (新字新仮名) / 安西冬衛(著)
魚竜ひそをどりて水あやをなす
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
零露れいろあやはしげくして
樹氷 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
あやある袖も黒髮と
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
彼はこの女が若々しい自分の血に高い熱を与える刺戟性しげきせいあやをどこにも見せていないのを不思議に思った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また「耀変ようへん」なるものを尊んだが、これまた「無地紋」とでもいおうか。無地のままで、無限のあやなのである。「楽焼」の如きはこの美しさを意識的に追った茶器である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしこれは、言葉のあやになるかもしれないが、本当には悪いと知らないから犯す行為ともいえる。幼児を殺しても、自分には何の利益にもならない。生かしておいても、別に損はしない。
無知 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
強いて附会こじつければ、癩者かたいの膝頭とでも言うべき体裁だが、銅の色してつらつらに光りかがやく団々だんだんたる肉塊の表に、筋と血の管のあやがほどよく寄集まり、眼鼻をそなえた人のつら宛然さながらに見せている。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
唐突だしぬけふすまを開け、貴婦人、令嬢、列席の大一座、燈火の光、衣服のあや、光彩燦爛さんらんたる中へ、着流きながし白縮緬しろちりめんのへこおびという無雑作なる扮装いでたちにて、目まじろきもせで悠然ゆらりと通る、白髪天窓しらがあたまの老紳士
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女の憂目の見初みはじめなりしと、思ふにつけても悲さに恨めしささへ添ふ心地、御なつかしさも取り交ぜてあやも分かたずなりし涙の抑へ難かりしは此故なり、と細〻こま/\と語れば西行も数度あまたゝび眼を押しぬぐひしが
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
あやもなし、曲もなし、唯あらはなり
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ほのかなるうれひあやにしみじみと
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それを込み入ったあやでも隠しているように、一生懸命に自分の燃やした陽炎かげろうを散らつかせながら、あとおっかけて歩いたのが、さもさも馬鹿馬鹿しくなって来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きはみなし、あやもなし
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
衣のあやのきらめきは
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
古るい人に先だたれ、新らしい人に後れれば、今日きょう明日あすと、その日にはかる命は、あやあやうい。……
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
物皆さあれあやもなく
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
日のあや
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
子供と違って大人たいじんは、なまじい一つの物を十筋とすじ二十筋のあやからできたように見窮みきわめる力があるから、生活の基礎となるべき純潔な感情をほしいままに吸収する場合がきわめて少ない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
波のあや、文はたわみて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
今這入った女の動静をそっと塀の外からうかがうというよりも、むしろ須永とこの女がどんなあやに二人の浪漫ロマンを織っているのだろうと想像するつもりであったが、やはり聞耳ききみみは立てていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
影のさが、鳥のあや
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)