庭前にわさき)” の例文
それから写真を二枚って貰った。一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前にわさきしもの上に立っている普通の態度であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はいよいよ不思議に思いながら見るともなしに庭前にわさきの方へ眼をやった。大きな入道姿の者が眼をぎらぎらと光らして衝立っていた。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
折しも弥生やよいの桜時、庭前にわさき桜花おうかは一円に咲揃い、そよ/\春風の吹くたびに、一二輪ずつチラリ/\とちっる処は得も云われざる風情。
あとをも見ずしていっさんに走り出ずれば、心急こころせくまま手水口の縁に横たわるむくろのひややかなるあしつまずきて、ずでんどうと庭前にわさきまろちぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうそうわたくし現世げんせ見納みおさめに若月わかつき庭前にわさきかせたとき、その手綱たづなっていたのも、矢張やはりこの老人ろうじんなのでございました。
雪風ゆきかぜに熱い頬を吹かせながら、お葉はいい心地こころもち庭前にわさきを眺めていると、松の樹の下に何だか白い物の蹲踞しゃがんでいるのを不図ふと見付けた。どうやら人のようである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
能登守はそれとうなずいている時に、暫らく静かにしていた屋根の上の足音がまた、ミシリミシリと聞えはじめました。つづいてどう庭前にわさきへ落ちる物の音がしました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ねえさんは、すわって、仕事しごとをしながら、ときどきおもしたように、たる庭前にわさきました。くろずんだざくろのに、はなが、点々てんてんのともるようにいていました。
ある夏の日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
じじと鳴く庭前にわさきの、虫の声さえ手に取るように聞えて来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
沙利じゃりを敷いた路は思うように歩けなかった。左側の街路とおりに沿うた方を低い土手にして庭前にわさき芝生しばふにしてある洋館の横手の方で犬の声がした。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
更に迂回うかいして柴折戸しおりどのあるかたき、言葉より先に笑懸けて、「暖き飯一ぜん与えたまえ、」とおおいなる鼻を庭前にわさきへ差出しぬ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、何だか沈着おちついても居られないので、市郎は洋服身軽に扮装いでたって、かく庭前にわさき降立おりたった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そうじゃ、近いうちおのおの方はじめ有志のお方に、躑躅ヶ崎の拙者屋敷へお集まりを願おう、その庭前にわさきにおいて右の犬をためさせて御覧に入れたい、これも一つの学問じゃ」
悪い奴が多いから、庭前にわさきの忍び廻りは遠山權六で、雨が降っても風が吹いても、嵐でも巡廻みまわるのでございます。天気のい時にも草鞋わらじ穿いて、お馬場口や藪の中を歩きます。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
宗近君は返事をやめて、欄干らんかん隙間すきまから庭前にわさきの植込を頬杖ほおづえに見下している。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
落城後らくじょうごわたくしがあちこち流浪るろうをしたときにも、若月わかつきはいつもわたくし附添つきそって、散々さんざん苦労くろうをしてくれました。で、わたくし臨終りんじゅうちかづきましたときには、わたくし若月わかつき庭前にわさきんでもらって、この訣別わかれげました。
ねえさんは、庭前にわさきのつつじのえだに、はちのつけました。
ある夏の日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
「……奇怪至極でござる、庭前にわさきで急に婦人の声がするものだから、すぐ庭へ出て見ても、人の影も形もござらぬ……」
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庭前にわさきには、枝ぶりのいい、おおきな松の樹が一本、で、ちっとも、もの欲しそうにこしらえた処がありません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新一はそのまま庭前にわさきのほうへ歩いて往った。破れた竹垣の傍には穂のあぎた芒が朝風にがさがさと葉を鳴らしていた。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
取りまわした山々のすそかけて、海と思うあたりまで、ひとつずつ蛙が鳴きますばかり、時々この二階から吹くように、峰をおろす風が、庭前にわさきの松のこずえに、さっと鳴って渡るのです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭前にわさきっていた尻尾の切れていた蛇は、かえでの木へ登りかけた。平吉を呼びに往っていた定七は縁側えんがわへ引返して来て、広栄とともに蛇に注意していた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこをあちこち、のぞいたり、たり、立留たちどまったり、考えたり、庭前にわさき、垣根、格子の中。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庄造は不審に思ってと窓の障子に手をかけたが、何人たれか人だったら気はずかしい思いをするだろうと思ったので、其のまま庭前にわさきへ廻って窓の外を見た。
狸と俳人 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とおのが手足を、ばたばたと遣りながら、お目通めどおり庭前にわさきられたのさ。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、庭前にわさきの樹木へ数十疋の猿が来て啼きだした。それを見ると袁氏は非常に哀しいような顔をしはじめた。
碧玉の環飾 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ト玄関から、庭前にわさきかけて、わやわやざわざわ、物音、人声。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一昨日おとといの晩、某家の庭前にわさきに板女が立っていたので、そこの主人が刀をって追っかけたが、そのまま見えなくなった、きっと傍のはめ板へ引附いていたろう」
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庭のさきは築地になって用心を厳しくしているので、少年達が入って来られる隙はない。それに夜になって人の家の庭前にわさきなどへ来て角力なんか執るものではない。
庭の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして玄関から庭前にわさきへ飛びおりた。勝行と北代の二人は、次郎兵衛を追って往って庭前で斬り結んだ。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、じぶんの行為がばかばかしくなって来た。で、引返そうとしていると庭前にわさきの方に人の跫音がした。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
肥った女はちょうど讓の前の方へ来てバケツを置き、庭前にわさきの方へ向いて犬かなんかを呼ぶように口笛を吹いた。庭の方には天鳶絨びろうどのような草が青あおと生えていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二時やつ過ぎの門口かどぐちに一本ある柿の木を染めていた。一人の老人が庭前にわさきむしろの上で縄をうていた。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
為作は庭前にわさきの日陰に莚を敷いて其処で仕事をしていた。源吉は為作の傍にいたりいなかったりした。
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
海から昇った真紅まっか朝陽あさひが長者の家の棟棟むねむねを照らしておりました。背後手うしろでに縛られた壮い男は、見張の男に引摺ひきずられて母屋おもや庭前にわさきへはいって来て、土の上に腰をおろしました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
窈娘はその飲物を取って庭前にわさきに遊んでいる犬の前へ捨てた。犬は喜んでそれをべろべろと嘗めはじめたが、皆まで嘗めないうちに唸声を立ててひっくりかえって死んでしまった。
虎媛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
夕方まで庭前にわさきかえでの青葉を吹きなびけていた西風がぴったりないで静かな晩であった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝になって水の男の云ったことばをおもいだしたが、気の広い勘作はすぐ忘れてしまって漁に往き、午飯ひるめしに帰って飯をすまし、庭前にわさきの柿の立木たちきしてある投網とあみの破れ目をつくろうていると
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
久武内蔵助の邸では、五つか六つになった末の男の子が、庭へ出て、乳母やじょちゅうはやされて遊んでいた。小供は乳母の傍からちょこちょこと離れて、庭前にわさきの松の木の根元のほうへ往った。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鹿を初め獲物の兎や雉などは、庭前にわさきの黄色くなりかけた芝草の上に置かれた。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
書生はドアを開けて出ようとしてふり返った。主翁も引きずられるようにいて往った。主翁は庭前にわさきを歩いていた。庭には池の水が暗い中にねずみ色に光っていた。池のへりを廻ると離屋はなれ縁側えんがわになった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ちょうど秋の夜で、中秋の月が綺麗であるから、李汾は庭前にわさきを歩いた後に、琴を弾いていると、外の方で琴に感心しているような人の声がした。李汾は夜更けにこんな処へ何人だれが来たろうと思って
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
篠原の主人は思い通り蛇が打てたので、大に喜んでやはり猟師仲間の親類の男を呼んで来て、それに手伝ってもらって皮を剥ぎ、それを持って帰って庭前にわさきの立樹と立樹の間に長い竹を渡してかけた。
蛇怨 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何かの拍子にふと庭の方を見ると、藁屑の散らばっている庭前にわさきに一羽の雀がいて、それが地の上に転んだり羽を動かして起きあがったり、何か体へ虫でもついていてそれを落しているようにしていた。
雀の宮物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庭前にわさき小児こどもの対手になって遊んでいた長者は、之を見ると
長者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)