ともえ)” の例文
ともえ町の御浪人で大橋伝中様、宇田川町の呉服屋で相模屋清兵衛さん、芝口二丁目の棟梁で、喜之助親方——それだけでござります」
しかもだ、それほどのともえ板額ごときおちつきのある侍の勇夫人が、目の前で夫の殺されるのを指くわえて見ているはずもねえじゃねえか。
雪がそのままの待女郎まちじょろうになって、手を取って導くようで、まんじともえ中空なかぞらを渡る橋は、さながらに玉の桟橋かけはしかと思われました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幼稚園へ行く七つになる男の子が、ともえもんのついた陣太鼓じんだいこのようなものを持って来て、宵子よいこさん叩かして上げるからおいでと連れて行った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たゞ、彼をあんなに恥しめた瑠璃子るりこの顔が、彼の頭の中で、大きくなったり、小さくなったり、幾つにも分れて、ともえのように渦巻いたりした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
黒ずんだ血潮の色の幻の中に、病女の顔や、死んだ娘の顔や、十年昔のお房の顔が、呪の息を吹くやもりの姿と一緒にともえのようにぐるぐるめぐる。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
世にも恐ろしいともえを描いて、つかみ合い、ぶっつかり合い、飛び上がり、打ち倒れ、ころげまわり、狂い躍るのであった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その十手が高く中空を舞って飛び上るのを見ると共に、人と人とが地上でふたたびともえに引組んで転がるのを認めました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
河井酔茗かわいすいめい氏の『山田美妙評伝』によると、美妙斎は東京神田柳町に生れ、十歳の時には芝の烏森からすもり校から、ともえ小学校に移り、神童の称があったという。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
かみしめたその左の腕から血がぽたぽたとしたたっていた。そのしたたりが腕から離れて宙に飛ぶごとに、虹色にじいろにきらきらとともえを描いて飛びおどった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
黒い髪をむすんでうしろに垂れて、浅黄あさぎ無地に大小のともえを染め出した麻の筒袖に、土器かわらけ色の短い切袴きりばかまをはいていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まるでともえのように、敵味方は、ぐるぐると、うちつ、うたれつ、上になり下になり、追いつ、追われつ、死闘をくりかえした。だが、勝負はつかない。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お父様の髑髏どくろで作ったところの、髑髏の盃を取り出して、木曽川の深所ふかみともえふちに、沈んでいるお父様の死骸なきがらへつなぎ合わせて、お上げしなければならない
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とまた、三頭ともともえのように、彼の前後に輪を描いて、尾を空ざまに上げながら、砂のにおいをかぐように、あごを前足へすりつけて、びょうびょうとほえ立てる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
真っ黒な焼け跡には、いまし全伊賀勢を相手に、丹下左膳の狂刃が、ともえの舞いを演じているのである。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
霧と霧と打当って大きくともえを巻くもの、霧に霧が呑み込まれるもの、霧と霧が、間の霧を引伸して掴み崩してしまうもの、しかし白濁全体としては真珠色の光を含み
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
死にかけた犬にものみやだにがついているように、飢えたる彼らの周囲にも、飢えた小売り商人が大福もちともえ焼きなどを、これもほとんど時なしに売っているのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
樋口家は木曾義仲の四天王樋口次郎兼光かねみつの子孫である。次郎兼光の妹は女豪傑ともえだ。もっとも、樋口の嫡流は今も信州伊奈の樋口村にあって、馬庭樋口はその分家である。
あのなんとか云ったっけともえの紋じゃアねえ、三星とか何とか云ういんが押して有る古金かねを八百両何家どこかで家尻を切って盗んだ泥坊が廻り廻って来てそれでまア、の親孝行な…
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たまたままんじつなぎとかともえとかの幾何学的模様があるけれどそれらは皆支那から来たのである。近頃鍬形蕙斎くわがたけいさいの略画を見るにその幾何学的の直線を利用した者がいくらもある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
義仲は信濃を出る時からずっと都まで、ともえ山吹やまぶきという二人の美女をつれていた。山吹は病のため都に留まった。巴は色白く、黒髪豊かに長く、容貌もまことにすぐれた美女であった。
春の日も午近くなれば、大分青んで来た芝生に新楓しんふうの影しげく、遊びくたびれてふたともえに寝て居る小さな母子おやこの犬の黒光くろびかりするはだの上に、さくら花片はなびらが二つ三つほろ/\とこぼれる。風が吹く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今の文学の種類には、純文学と、芸術文学と、純粋小説と大衆文学と、通俗小説と、およそ五つの概念がともえとなって乱れているが、最も高級な文学は、純文学でもなければ、芸術文学でもない。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
……というのは、わたしは晩ねむられないときに、毎時いつもブランコの上で、さか立ちをしたりともえのように舞ったり、不意に身がるに飛び下りたりするくせを持っていて、そのうちに睡れるのだ。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
また、従来の永楽銭の紋のほかに、藤の花をともえにした紋を定紋じょうもんに加えた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もとの道では捉まると思ったので、片倉の近くにともえ川という川があるんですが、その川にそって下って、霞ヶ浦という処へ出て、そこは湖なんですが、船で江戸崎という処へ渡って、それから」
三様の人生への願いがともえとなって渦巻き、わき立った。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ともえになって争っているような激しい足音がして
(新編常陸国志。茨城県鹿島郡ともえ村大和田)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三人は客間の小卓を挟んで、ともえ形に坐ると、一方のドアが開いて今度は、一人の若い紳士が、大きな花束を持って入って来ました。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
竜之助から脅迫きょうはくされて与八が出て行くと、まもなく万年橋の上から提灯ちょうちんが一つ、ともえのように舞って谷底に落ちてゆく。
「や。」という番頭の声に連れて、足もすそともえに入乱るるかのごとく、廊下を彼方あなたへ、隔ってまた跫音あしおと、次第に跫音。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無気味な咆哮ほうこうと意味をなさぬわめき声が入れまじり、三つのからだがともえに乱れて、床板の上をころげまわった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
木曽川の岩頭ともえふちで、花村甚五衛門のやいばにかかって危く非業ひごうに死のうとした時、不思議に命を助けられた、岩窟がんくつの中の老異人、それを思い出しているのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小雨の降る薄暮の街に灯がともり始め、白い水面を一群のかもめがともえを描いて飛び交わしている。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もちろん目がえて、ねむれなかった。解き難い謎が、ともえまんじになって道夫の頭の中を回転する。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼の頭には不安の旋風つむじが吹き込んだ。三つのものがともえの如く瞬時の休みなく回転した。その結果として、彼の周囲がことごとく回転しだした。彼は船に乗った人と一般であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それまではこの夜の雪をさながらにまんじともえ、去就ともに端倪たんげいすべからざる渦乱であった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女が、いくら眠ろうとあせっても、意識はえ返って、先刻の恐ろしい情景が、頭の中で幾度も幾度も、繰り返された。青年のすごいほど、緊張した顔が、彼女の頭の中を、ともえのようにけ廻った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
常陸ひたち鹿島郡ともえ村大字当間
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
きよらかな観音様の御像と、可愛らしい香折の顔と、二つともえになって、果てしもなく綾麿の眼の前を駈けめぐるのです。
そこで、クルクルと二つのものがともえに廻ったかと見ると、その一つはたちまち遥か彼方かなたの街頭にもんどり打って転び出したが、起き上ることができない。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たゞ南谿なんけいしるしたる姉妹きやうだい木像もくざうのみ、そとはま砂漠さばくなかにも緑水オアシスのあたり花菖蒲はなあやめいろのしたゝるをおぼゆることともえ山吹やまぶきそれにもまされり。おさなころよりいま亦然またしかり。
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なんとも形容のできない悲痛な咆哮が天井にこだましたかと思うと、組み合った二人のからだは、降りしきる雪紙の中を、ともえに回転しながら、舞台の上に墜落ついらくした。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
手に持った朝鮮の団扇うちわ身体からだの半分ほどある。団扇には赤と青と黄でともえうるしいた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かの第六天篠塚稲荷の地洞じどうに左膳とともに一夜を明かしたのち左膳はそのまま、お藤の盗って来た坤竜を引っつかんで、まんじともえ降雪ゆきのなかを飛び出して行ったきり、ふたたび
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「四谷左門町、播磨守はりまのかみ様の裏手、黒板塀にともえの印、……そこをおたずねなさりませ」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ともえになってもえさかるほのおの中に、必死に悲鳴をあげますが、七人の親類たちはじめ、店じゅうの番頭小僧、あまりのおそろしさにちかづく者もなく、ただ
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ひとしきり烈しく吹きかけた風が、帆柱を弓のように、たわわに曲げて、船はくつがえらんばかり左へ傾斜しながら、ともえのように廻りはじめました。この声に応じて
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくるとともえ附着くッついて、開いて、くるりと輪に踊る。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)