婀娜あだ)” の例文
姿すがた婀娜あだでもおめかけではないから、團扇うちは小間使こまづかひ指圖さしづするやうな行儀ぎやうぎでない。「すこかぜぎること」と、自分じぶんでらふそくにれる。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其の頃婀娜あだは深川、勇みは神田と端歌はうたの文句にも唄いまして、婀娜は深川と云うのは、其の頃深川は繁昌で芸妓げいぎが沢山居りました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その人体は夜目にもくろい上等のタキシードを身に纒い、贅沢なる漆塗エナメルの靴を穿き、胸の釦穴には色も婀娜あだなる一輪の花さえ揷している。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
髷も女優卷でなく、わざとつい通りの束髮で、薄化粧の淡洒あつさりした意氣造。形容しなに合はせて、煙草入も、好みで持つた氣組の婀娜あだ
見物の女のうちで、いでたちの異様な点から、様子の婀娜あだっぽい点から、乃至ないし器量の点からも、私ほど人の眼に着いた者はないらしかった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
黄蜀葵とろろあふひ土耳古皇帝とるこくわうてい鍾愛しようあいの花、麻色あさいろに曇つた眼、肌理きめこまかな婀娜あだもの——おまへの胸から好いにほひがする、潔白の氣は露ほどもないにほひがする。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
口々にそう言う人垣を押しわけて四十恰好の婀娜あだっぽい女房が入って来た。眉の痕の青い櫛巻髪に黒繻子の腹合わせ帯。
実は意気婀娜あだなど形容詞のつくべき女諸処に家居いえいして、輪番かわるがわる行く山木を待ちける由は妻もおぼろげならずさとりしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「考えてみなせえ。女旱天ひでりの世間じゃあるめえし……。この、帳場から眺めていると、沢山来る婀娜あだっぽい花の中から、今に、いいのが見つかるよ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
板橋駅の、とある旅籠屋の一室に、夢に見たと同じような行燈の下に縫物をしているのは、どこやらに婀娜あだなところのある女房風の女でありました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
細面の顔に三日月形の眉毛がいかにも婀娜あだっぽく、一重瞼ひとえまぶたの情をふくんだ目附は、彼に錦絵にしきえの枕草紙をすぐ思い出させ、赤瀬春吉は既にこのほどから
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
歯切れの良い調子、莞爾にっこりすると、漆黒の歯がチラリと覗いて、啖呵たんかの切れそうな唇が、滅法婀娜あだめいて見えます。
茶の勝った節糸ふしいとあわせは存外地味じみな代りに、長く明けたそでうしろから紅絹もみの裏が婀娜あだな色を一筋ひとすじなまめかす。帯に代赭たいしゃ古代模様こだいもようが見える。織物の名は分らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのなかで半七の眼についたのは三十二三の中年増ちゅうどしまで、藍鼠あいねずみ頭巾ずきんに顔をつつんでいるが、浅黒い顔に薄化粧をして、ひと口にいえば婀娜あだっぽい女であった。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
酒の廻りしためおもて紅色くれないさしたるが、一体みにくからぬ上年齢としばえ葉桜はざくらにおい無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻さきより上りて婀娜あだッぽいいい年増としまなり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すでに五百余歳を経ている女怪じょかいだったが、はだのしなやかさは少しも処女と異なるところがなく、婀娜あだたるその姿態は鉄石てっせきの心をもとろかすといわれていた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
江戸の遊女や芸者が「婀娜あだ」といってたっとんだのも薄化粧のことである。「あらひ粉にて磨きあげたるかおへ、仙女香をすりこみし薄化粧は、ことさらに奥ゆかし」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ちょっと見かけたきれいな顔に夢中になったり、客間で一度話をしただけで少しも注意を向けてくれなかった婀娜あだっぽい小娘に、すっかり心を奪われたりした。
その時分に婀娜あだな妓の可愛らしい朱唇から宛転たる鶯の声のようにほとばしり出て、遊野郎や、風流客を悩殺せしめた数ある謡の中には次のようなものがあった。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
多くの酔客通人を乗せて隅田川へ漕ぎいでた屋根舟に、万緑叢中紅一点、婀娜あだな柳橋の美妓があった。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
内部からはいと答える四十女らしい者の婀娜あだめいた声が聞えて来、夫迄消えていた軒灯にぽっと灯が這入りまして、私達の立って居る所が薄茫乎うすぼんやりと明るくなりました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
何かが抵抗すべからざる力で若い彼の心臓を湧き立たせ、真昼の端正な「伎芸天」迄が妖艶、婀娜あだな姿に変じて燃える眼で彼を内から外へいざなりたてるのであつた。
いつの間にそこへ来ていたものか、山深い木曽の土地などでは、とうてい見ることの出来ないような、洗い上げた婀娜あだな二十五、六の女が、銚子を持って坐っていた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのきよき致命的な輝きのうちに集まっており、婀娜あだな女の十分に仕組んだ秋波よりもなお強い魔力を有していて、かおりと毒とに満ちたほの暗いいわゆる恋と呼ばるる花を
殊に際立って眼が婀娜あだっぽい! ハハアこいつだな、頸飾りを調べに偽フィリップ殿下のお供をして行った女は! そして公爵未亡人から、殿下の寵姫おもいものと思われている女は! とうなずく。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私は今でも真紅なまんじゅしゃげを手に持って、川の見える崖道を、華やかに笑いながら、ハンカチを手にして少し婀娜あだっぽく、その花にまけず美しく見えた豊子姉の姿が忘れられない。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
婀娜あだたる容姿は陽春三月の桜花をして艶を失はしめ、腕のすごさは厳冬半夜のお月様をしておもておほはしめたり、新橋両畔の美形雲の如き間に立ちて、独り嬌名けうめいもつぱらにせる新春野屋の花吉が
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「切り下げ髪に被布の年増、ちよつと見れば、大名か旗本の後家のやうで、よく見れば町家の出らしい婀娜あだなところがあつて、年は二十八九でありませうか」(五五頁)という女なのですが
中里介山の『大菩薩峠』 (新字新仮名) / 三田村鳶魚(著)
女史が『明倫歌集』の講義をするのは惜し過ぎるやうな婀娜あだつぽい口許で
妙に婀娜あだつぽく心がときめいて来るのである。
雑魚寝 (新字新仮名) / 吉井勇(著)
主税は窓から立直る時、向うの隅に、婀娜あだな櫛巻の後姿を見た。ドンと硝子戸がらすどをおろしたトタンに、斜めに振返ったのはお蔦である。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
春になれば、並木の緋桜が婀娜あだっぽい花を咲かす五十間道路のとっつきから仲之町の方へ五六軒、麻の暖簾のれんも風雅な引手茶屋、紙張かばり行燈には、薄墨で
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
きれいで、すっきりして、優雅で、小羊のような横顔、房々ふさふさと縮れた金髪、婀娜あだっぽいやさしい眼、ルイニ流の微笑をもっていた。二人はよくいっしょに散歩した。
その奉書紙ほうしょがみのような白い頬に三分の酔いを発しているのが、典型的な、やゝ固過かたすぎる面立おもだちに、云うに云われない婀娜あだっぽさを添えているのであるが、それにしても
何かが抵抗すべからざる力で若い彼の心臓をわき立たせ、真昼の端正な「伎芸天」までが妖艶ようえん婀娜あだな姿に変じて燃える目で彼を内から外へ誘い駆りたてるのであった。
生え際の匂い、霞む眉、澄み渡る瞳、鼻筋が柔かに通って、唇の婀娜あだめかしさは滴るばかり、第一、顔の色艶が活々として、人形とは思えない不思議な魅力があるのです。
すると、婀娜あだなすがたの女が、向う側から往来を越えて来て、用ありげに、又八へ笑いかけた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋場の渡しのほとりなるとある水荘の門に山木兵造やまきひょうぞう別邸とあるを見ずば、なにがし待合まちあいかと思わるべき家作やづくりの、しかも音締ねじめのおとしめやかに婀娜あだめきたる島田の障子しょうじに映るか
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
団扇うちわでパタパタ蚊を追いながら、浮世小路の何丁目で常磐津ときわずの師匠が出来たとか柳風呂やなぎぶろの娘は婀娜あだだとか噂話に余念のないさなか、そのトントントンが聞こえて来たのである。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
買って売って其のあいだに利益を見るのであるから、承知して売り値をくと、幾らでもいいから持って行ってくれと云う。その売りぬしは三十二三の婀娜あだっぽい女であった。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と奥から出ましたお村は袋物屋の女房には婀娜あだ過ぎるが、達摩返しに金のかんざし、南部のあい子持縞こもちじま唐繻子とうじゅす翁格子おきなごうしを腹合せにした帯をしめ、小さな茶盆の上へ上方焼かみがたやきの茶碗を二つ載せ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
小僧たちの雷のようなわめきに迎えられて、この店へ入って来たのは切下げ髪に被布ひふ年増としま、ちょっと見れば大名か旗本の後家ごけのようで、よく見れば町家ちょうかの出らしい婀娜あだなところがあって
自然と焔硝えんしょうの煙になれては白粉おしろいかおり思いいださず喇叭らっぱの響に夢を破れば吾妹子わぎもこが寝くたれ髪の婀娜あだめくも眼前めさきにちらつくいとまなく、恋も命も共に忘れて敗軍の無念にははげみ、凱歌かちどきの鋭気には乗じ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
別れてから十年の上にもなるので、その頃とは非常に変って居りましたが、どことなく昔のままの婀娜あだっぽさが抜けず、若々しく見えました、ああ、自分が先刻便所で見たのはこの女だったのかと
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「野暮はまれて粋となる」というのはこのいいにほかならない。婀娜あだっぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯しんしな熱い涙のほのかな痕跡こんせきを見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握はあくし得たのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
今では福太郎から天にも地にも懸け換えのないタッタ一人の女神様のように思われている女であった……だからその母親か姉さんのようになつかしい……又はスバラシイ妖精ばけものではないかと思われるくらい婀娜あだっぽいお作の白々と襟化粧えりげしょう
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かすかしわぶきしてお孝が出た。輪曲わがねて突込んだ婀娜あだな伊達巻の端ばかり、袖をすべって着流しの腰も見えないほどしなやかなものである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
脊中に阿鶴はと見れば浮世絵の式に蹴出した真っ赤な下着の間から婀娜あだっぽく白い脛を突き出し、月に向ったその顔は眼元を皺ませてさながら笑っている風。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女の婀娜あだっぽい素振り、鏡の前でのものうげな横目、罪のない意地悪な悪戯いたずら、などを彼は楽しんだ。
婀娜あだくぼをたたえて、至って無関心に聞いていたが、心のうちでは深い嫉妬をもったらしく、やがて何かの時に、それを痴話喧嘩にもちだして、何でも縁切り状を書けと迫り
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)