団扇うちわ)” の例文
旧字:團扇
去年岡山の町端まちはずれに避難していた頃、同行のS氏は朝夕炊事の際片手に仏蘭西文典をひらき、片手の団扇うちわで七輪の火をあおぎながら
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
竹簾たけすだれ、竹皮細工、色染竹文庫、くしおうぎ団扇うちわ竹籠たけかごなどの数々。中でも簾は上等の品になると絹を見るようで、技は昔と変りがない。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
信長は、団扇うちわをつかっていた。もう夜は新秋の冷気さえ感じるのであったが、木立のふかい城内には、まだやぶ蚊が多いのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両親は左団扇うちわのホクホクだったのである。その妹娘の勝川花菊が、アンポンタンが長茄子と見た勝川のおばさんの前身だったのだ。
と大声あげて、団扇うちわ太鼓をたたきながら、唱名しょうみょうしているのを、ひょいひょい寝覚ねおぼえのままに聞くほど、おそくまで念じていることがあった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
ヴィクトリアパークの前のレストランでラムネを飲んでいたら、給仕の土人が貝多羅ばいたらの葉で作った大きな団扇うちわでそばからあおいだ。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
書にみたる春の日、文作りなづみし秋の夜半、ながめながめてつくづくと愛想尽きたる今、忽ち団扇うちわと共に汝を捨てんの心せつなり。
土達磨を毀つ辞 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
まず表になる方を比較的ゆっくり丁寧に焼き、裏はいささか強く焼き上げる。焼くときは団扇うちわを用いて脂をよけることが肝心である。
若鮎の塩焼き (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その前にこれも中腰になったお鳥、縁側の光から、源吉の姿をかばうように、団扇うちわを動かして、無意識に蚊を追い払って居ります。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
下塗を乾かすために団扇うちわあおいだりしたものですが、今はそんな暢気のんきな事をやっていられないから、はじめから濃いやつを塗る。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かど、背戸の清きながれ、軒に高き二本柳ふたもとやなぎ、——その青柳あおやぎの葉の繁茂しげり——ここにたたずみ、あの背戸に団扇うちわを持った、その姿が思われます。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下女がちやんと控えてゐる。已を得ず同県同郡同村同姓はな二十三年と出鱈目でたらめを書いて渡した。さうして頻りに団扇うちわを使つてゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
風がなくて余り寒くない日、小さい団扇うちわ位の雪片がひらひらと降って来る景色はよほどのどかで楽しい眺めであろうと思われる。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
去年こしらえた中形ちゅうがた浴衣ゆかたを着てこっち向きに坐り、団扇うちわを持った手をひざの上に置いてその前に寝ている小供の顔を見るようにしていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その代り彼は、突然団扇うちわのような手で拍手をしたり、舞台の少女と一緒に唱歌を歌ったり、それからまた溜息をついたりしたものである。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
信一郎は、女王の前に出た騎士のように慇懃いんぎんだった。が、夫人は卓上に置いてあった支那しな製の団扇うちわを取って、あおぐともなく動かしながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
軒下の竹台に釘抜のように曲った両脚を投げ出した目明し藤吉、蚊遣かやりの煙を団扇うちわで追いながら、先刻さっきから、それとなく聴耳を立てている。
また風を起こすためには団扇うちわは扁平でなければならぬが、扁平である以上はこれを一種の薄板としてはえをたたくために用いることができる。
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
焼けない前の小竹の奥座敷を思出しながら今の部屋を見ると、江戸好みの涼しそうな団扇うちわ一本お三輪の眼には見当らなかった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
隅の方で時折大きく団扇うちわつかう音がする。専務車掌がよろめきながら、荷物を並べた狭い通路を歩きくそうに通って行った。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
カラカラとえた神楽太鼓かぐらだいこの音が、この時、竜之助のはらわたみて、団扇うちわを取り上げた手がブルブルとしびれるように感じます。
船虫が蚊帳の外のゆかでざわざわさわぐ。野鼠のねずみでも柱を伝って匍い上って来たのだろうか。小初は団扇うちわで二つ三つ床をたたいて追う。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は女中たちがやかましく催促するのを待って、さも困ったと云う顔つきで立ち上ると、何処からか一本の団扇うちわを持って来た。
ソレカラ江戸市中七夕たなばたの飾りには、笹に短冊を付けて西瓜すいかきれとかうり張子はりことか団扇うちわとか云うものを吊すのが江戸の風である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その団扇うちわみたいな手で歪むほど打ちのめすと、尻尾を踏んづけられた狼のような唸り声をたてて、蹴倒した木椅子を両脚で突き飛ばしながら
放浪の宿 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
初秋に出る掛物は常に近松ちかまつの自画自讃ときまっていた。それは鼠色の紙面へ淡墨うすずみを以て団扇うちわを持てる女の夕涼みの略図に俳句が添えてあった。
少しも風がはいらないので、暑さもひどいし息苦しく、おみやは団扇うちわを取って、兄と自分を代る代るあおぎながら、話した。
高き所へ裸体となりて手に団扇うちわを握り、これをつかいながら、『ああラクダ(楽だ)、ああラクダ』といいつつ横臥おうがしていた
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そんなわけであったから、わが、団扇うちわのような万寿丸は、豚のようなからだを汗だくで、その全速力九ノットを出していた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そう言えば、この男は、どうやら、暑い、寒いを知らないようである。夏、どんなに暑くても、団扇うちわたぐいを用いない。めんどうくさいからである。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その人達の目をさまさせないように椅子のきしみにも気をかねて、落つかない窮屈な気持でサヨは団扇うちわをつかっていた。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
の蔭から六十近いおやじが顔を出して一寸余を見たが、直ぐ団扇うちわでばたばたやりはじめた。後の方には車が二台居る。車夫の一人はいびきをかいて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「起きとりゃ蚊が攻めるし、寢るより仕方がないわいの。」と母は蚊帳の中で団扇うちわをバタつかせて大きな欠伸あくびをした。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
明和めいわ戌年いぬどしあきがつ、そよきわたるゆうべのかぜに、しずかにれる尾花おばな波路なみじむすめから、団扇うちわにわにひらりとちた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
... しめて来たまえ(大)夫や実に難有ありがた畢生ひっせい鴻恩こうおんだ」谷間田は卓子ていぶるの上の団扇うちわを取り徐々しず/\と煽ぎながら少し声を低くして
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
女も団扇うちわを敷いて腰をおろす。さっきのダチュラの樹が眼下にあり、湾がそこからひろがっていた。彼は紙コップに酒を充たし、女の方に差出した。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「アライところで一本」なぞいう御定連ごじょうれんは無いと云った方が早いくらい。しかもうなぎは千葉から来るのだと、団扇うちわ片手の若い衆が妙な顔をして答えた。
お俊は折り折り団扇うちわで蚊を追っていましたが『オオひどい蚊だ』と急に起ち上がりまして、蚊帳のそばに来て、『あなたもう寝たの?』と聞きました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうなると差し詰めお前達夫婦は、左団扇うちわの楽隠居、百姓なんか止めっちまってさっさと江戸へ出て来なさるがいい。何とそんなものではあるまいかな
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火をようしたり、大寒に団扇うちわふるったりするせ我慢の幸福ばかりである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
団扇うちわさし、小屏風こびょうぶ、机というようなものを、自分の好みに任せてあてがわれた部屋のとすっかり取りかえて、すみからすみまできれいに掃除そうじをさせた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そとの空を映して青く透った水の中には、五六本の水草の間を、薄い絹張りの小団扇うちわのような美しい、非常にうすい平べったい魚が二匹静かに泳いでいた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
少し離れて、お雪も朱塗りの枕をして、団扇うちわを顔に当てながらぐったり死んだようになっていた。部屋のなかには涼しい風が通って近所はしんとしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
縁台でゆったりと団扇うちわをつかっているこのひとたちは、暗い洞の奥で死にかけている青年と、なんの関係もないのだと思うと、なにか、はかない気がする。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「さあ、こんなはどうやな」と言って団扇うちわを二三本寄せて持って来た。砂糖屋などが配って行った団扇である。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
柳屋の店先に立った私を迎えたのは、店棚みせだなの陰に白い団扇うちわを手にして坐っていた清ちゃんの姉さん一人だった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
さすがに錠前くだくもあらざりき、正太は先へあがりて風入りのよき場処ところを見たてて、此処へ来ぬかと団扇うちわの気あつかひ、十三の子供にはませ過ぎてをかし。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
が、それっきり、持っていた団扇うちわでゆるゆるとくびのあたりをあおぐだけで、いつまでも口をきこうとしない。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
一軒の店さきに牛肉の大きな一片があり、女が一人横に坐って、蠅を追うために団扇うちわでそれをあおいでいた。
枕元に、洗面器と水とが置いてあるのは、いたものらしい。身体に静かな風が当るので、妙に思って見ると、光丸が団扇うちわを持って、あおいでいるのだった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)