一夜ひとよ)” の例文
「ええ、いい加減にやりましょう。——この一夜ひとよと女が云う。一夜? と男がきく。一と限るはつれなし、幾夜いくよを重ねてこそと云う」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仙人でなければ、一夜ひとよの内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『夜の九時に青森に着いて、直ぐ船に乗ツたが、翌朝よくあさでなけれや立たんといふ。僕は一人甲板に寝て、厭な一夜ひとよを明かしたよ。』
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其の記念の方がれだけ深く忘れられなかつたか、其の事實だけを承認して貰へばよいのだ。一夜ひとよ二夜ふたよ、三日目のには別れてしまつた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
お島はその一夜ひとよは、むかし自分の拭掃除ふきそうじなどをした浜屋の二階の一室に泊って、あくは、町のはずれにある菩提所ぼだいしょへ墓まいりに行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女「あゝあ………はい手前てまいでございます……お師匠さん貰人もらいにんが来ましたよ、一夜ひとよ明ければすぐに来るんだから驚くね何うも」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのまま置きて一夜ひとよを過すに、あくる日はまた姉上の新たに結びたまわでは、昨日きのうなるは大方せて見えずなりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十二日とらの刻に、二人は品川の宿を出て、浅草の遍立寺へんりゅうじに往って、草鞋わらじのままで三右衛門の墓に参った。それから住持に面会して、一夜ひとよ旅の疲を休めた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
時はふるき暦の五月さつきにさへあれば、おのが時たゞいまと心いさみて、それよりのな/\目もあはず、いかで聞きもらさじとまちわたるに、はかなくて一夜ひとよは過ぎぬ。
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
六年ほどの間に一度ばかりは向うで錨を下ろしたまゝで一夜ひとよを明して漁をしたことがございました。それはこの辺で珍らしい凪ぎに出逢つたからでございます。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
かくて、お葉はこの一夜ひとよの中を、うゑた人のやうに疲れと絶望とに力なく瞳をとぢては、又いつか重いまぶたを上げて空を仰ぎ、死の恐怖に堪へられなかったのである。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
二人ふたりのものは、たがいにかおをにらみあってものもいわずに、一夜ひとよ、そのうちまえちあかしました。
金の魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かど千鳥ちどりしばきよきよ一夜ひとよづまひとに知らゆな 〔巻十六・三八七三〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
身内の者が死ねば、その血筋の者はその日一日いちじつ一夜ひとよの間、宮中へ出られないのがこの国の掟だ。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
この苦患くげんを救いたもうもの、君をおいて、あらじを、あな、つれなき君かな。なんとて、わたるが妻にはなり給える。かりのおんなさけたりとも、一夜ひとよ、まくらをわし給えや。
都にも爲殘しのこしたる用事多きに、明日あすはいかにしても此處をたん。只一夜ひとよの宿りを……とのみ。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
一夜ひとよさに、竹の先の笊目籠が生首に変った。ふうむ、なにかえ桔梗屋さん、他人の意趣返しを
万葉歌の中にはスミレが出ているから、歌人かじんはこれに関心を持っていたことがわかる。すなわちその歌は、「春のにすみれみにとあれぞ、をなつかしみ一夜ひとよ宿にける」
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
児供に安心させようとするばかりではない、自分も内心には、気象台の報告とて必ずしも信ずるに足らない、よし大雨が一日一夜ひとよ降ったにせよ、逃出さねばならぬ様な事はるまいと
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
この一夜ひとよはとりもなおさず、わたしが支那芝居に告別をした一夜で、もう一度そんなことに遇おうとも思わず、たまたま芝居小屋の前を過ぎても、わたしどもとはまるきり関係がなく
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
おそろしかった一夜ひとよけて、翌朝よくあさになりました。しかし、なかなか、六部ろくぶいぬかえってませんでした。むすめのふたおや心配しんぱいして、むら人々ひとびと相談そうだんして、様子ようすに山へがっていきました。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
温泉で一夜ひとよ巡礼の足を休め、更に九州へと旅を続けることと致しましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
もし純粋に前者であるならば、我々は「つひに一夜ひとよさも家の下で寝たことのない」、そうして産後幾日も経ずして「雪の蒲団に添乳そえぢする」この旅の女に、こだわりなく同感することができるであろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
はるに すみれみにとわれぞ、をなつかしみ、一夜ひとよにける
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
歌に名はあひはざりきさいへ一夜ひとよゑにしのほかの一夜とおぼすな
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
子にくるむふすまそだたき一夜ひとよいねずたづきなかりけむか人の親母は
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
その一夜ひとよに見たことは実際多過ぎるくらいだったんだ。
悲哀かなしみ激昂げっこうとにて一夜ひとよを明かせり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おもふに、一夜ひとよまとゐの中にはあれ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
あのやうにゆつたりと今宵こよひ一夜ひとよ
曇つた秋 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
ゆくはるあきにもたる一夜ひとよかな
荷風翁の発句 (旧字旧仮名) / 伊庭心猿(著)
この一夜ひとよたましひをまもるらしい
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
こよひ一夜ひとよはみどりごに
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
一夜ひとよは宵より庭をめぐり
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
いかで一夜ひとよ宿やど乞ふと
かさぬ宿 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
一夜ひとよどまりは桜の花よ
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
いぶかし 一夜ひとよさの中
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いざ今宵一夜ひとよ
無題 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
昨夜ゆうべまでは、けものの影にもいません。もう一夜ひとよ、今夜だけ、また不思議に満願のといいますと、人に見られると聞きました。見られたら、どうしましょう。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時これを惜んで一夜ひとよを泣き明したのは、昔抽斎の父允成ただしげの茶碗の余瀝よれきねぶったという老尼妙了みょうりょうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
錯雑こみいりましてお聴悪きゝにくい事でございましょう左様御承知を願います、さてお筆は数寄屋河岸の柳番屋の蔭へ一夜ひとよ置き位に出て袖乞を致しまするも唯養父を助けたい一心で
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一夜ひとよ、伯母やお苑さんと随分夜更くるまで語り合つて、枕に就いたのは遠近をちこちに一番鶏の声を聞く頃であつたが、翌くる朝はうしたものか、例になく早く目が覚めた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
逢わねば元の君と我にたぐり寄すべき恋の綱の寸分だも縮まるえにしはない。のみならず、魔は節穴ふしあなすきにも射す。逢わぬ半日に日が落ちぬとも限らぬ、こも一夜ひとよに月はる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はるすみれみにとわれをなつかしみ一夜ひとよ宿にける 〔巻八・一四二四〕 山部赤人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そのつぎのもつぎの夜もおぼつかなくて、何時いつしか暁月夜あかつきづくよの頃にもなれば、などかくばかり物はおもはする、いとつれなくもあるかなと憎くむ/\なほまつに弱らで一夜ひとよまちあかしゝに
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
夏の一夜ひとよをある女と、小舟に明した曉方あけがたに、自分の方を振返つては頻に微笑む女の樣子の美しさ氣高さ、さては目覺める自然の美に打たれ、愛の心をも解して呉れたのかと思へば、何たる滑稽ぞ
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
村役場の一夜ひとよはさびしかった。小使のへやにかれは寝ることになった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
子にくるむふすまそだたき一夜ひとよいねずたづきなかりけむか人の親母は
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
宵から降出した大雨は、一夜ひとよ降通ふりとほした。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
一夜ひとよまぼろし峰をめぐれり。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)