黴菌ばいきん)” の例文
いや、お待ちなさい、あなたの安全と云う意味はこうだったでしょう、———自動車の中にだってやはりいくらか感冒の黴菌ばいきんがいる。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
光一の負傷は浅かったが、なにかの黴菌ばいきんにふれて顔が一面にはれあがった。かれの母は毎日見舞いの人々にこういって涙をこぼした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「寝ている中に黴菌ばいきんをなすりつけられて盲目になった芸者もある。君江のような女は最後にはきっとそういう目にうだろう……。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また動物を飼養して牛乳よりする黴菌ばいきん試験を行い、人の牛乳分析を冀望するものあれば即座にこれを行い以て一点の疑惑なからしむ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ところでこのような多くの伝染病は眼に見えないほどの小さな黴菌ばいきんからおこるのだということは、今では一般に知られていますし
ルイ・パストゥール (新字新仮名) / 石原純(著)
吾妻はばし川地のおもてながめ居りしが、忽如たちまちあをりて声ひそめつ「——ぢや、又た肺病の黴菌ばいきんでもまさうといふんですか——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私の身体にも、全身に黴菌ばいきんが、付着しているだろうと思われます。この手紙はお読みになる前に、どうか厳重に消毒して下さい。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
これも近頃聞いた話であるが、稲の生長を助けるアゾトバクテルという黴菌ばいきんがある。また同じような作用をする原生動物プロトゾアがある。
なに、女だつて、君なんぞのかつて近寄つた事のない種類の女だよ。それをね、長崎へ黴菌ばいきんの試験に出張するから当分駄目だつて断わつちまつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その不潔の風呂敷の黴菌ばいきんを、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「おととい、急に奥歯がひどく痛むって、お医者さまへ行きましたの。抜いたんです。そこから黴菌ばいきんが入ったんです」
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
流行りゅうこうは、ちょうど黴菌ばいきんのように感染かんせんするものです。そして、また、それとおなじように、人間にんげんわざわいするものでした。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なかなかどうして、歯科散しかさんが試験薬を用いて、立合たちあいの口中黄色い歯から拭取ふきとった口塩くちしおから、たちどころに、黴菌ばいきんを躍らして見せるどころの比ではない。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの中に無数の黴菌ばいきんがあるというようなことばかり教えて、何ものの中にも美の存することを知らしめぬのは、果して子供のために幸福であるかどうか。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
女房の話では、仏のももの繃帯まで解いて見たんだそうだが、あのきずもとで、そこから破傷風の黴菌ばいきんが入って死んだと言うから、考えて見ると気味の悪い話さ
呪の金剛石 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
世は澆季ぎょうきなりとは昔より今までつねに人の言うことであるが、世のつねに澆季なるは、あたかも黴菌ばいきんが自己の繁殖のために生じた酸類のために苦しむごとくに
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
それは手術室の如く、埃と黴菌ばいきんを絶滅し、エナメルを塗り立てて、渋味、雅味、垢、古色、仙骨をアルコホルで洗い清め、常に鋭く光沢を保たしめねばならない。
人々の心が鋭く強くなってたぎりきった湯のような代もある、黴菌ばいきんのうよつくに最も適したナマヌルの湯のような時もある、冷くて活気の乏しい水のような代もある。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
してこの類の病気には信仰がいちじるしく功をそうしたろうけれども、黴菌ばいきんから起こる病いのごときに至っては、宗教が入りんではかえって療治りょうじ邪魔じゃまになることが多い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
例のとりに突かれたり蹴られたりした幾カ所の疵がんで熱を持って、こんにちで云えば何か悪い黴菌ばいきんでもはいったんでしょう、ようよう這って歩くような始末なので
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫婦は夫婦で相喰あいはみ、不潔物に発生する黴菌ばいきんや寄生虫のように、女の血を吸ってあるく人種もあって、はかない人情で緩和され、繊弱かよわ情緒じょうしょ粉飾ふんしょくされた平和のうちにも
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「お前たち二人には、コレラの黴菌ばいきんが、いっぱい、ひっついとる。絶対に、出ることはならん」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それはちょうど滅多に掃除そうじしない部屋をたまに掃除したりすると、黴菌ばいきんみたいな形の、長い尻尾しっぽを生やした黒いほこりがフワフワとそこらに飛び立って驚くことがあるものだが
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
なか/\談話はなし上手で石黒忠悳だんなどは、肺病の黴菌ばいきんは怖いが、それでも矢野の談話はなしだけは聴かずには居られないといつて、宴会の席などでは態々わざ/\自分の膳に手帛ハンケチかぶせてまで
「そうですとも、危険な黴菌ばいきんを体の中に飼っておくようなものですよ、いつ生命いのちをとられるかわかりませんし、黴菌というやつは、放っておくと、だんだん増えて来ますからね」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
多くの菌類や黴菌ばいきんは、まことに折角人の骨折って拵えた物を腐らせにくむべきの甚だしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物でふさがってニッチも三進さっちもならず。
おぢさん「でもあのしるがすきなとりがあるとさ。そのとりると河馬かばはじつとして、あの毛穴けあななか黴菌ばいきんとりがとつてくれるのをまつてゐるんだつてさ。それがそのとり食物しよくもつなのさ」
その間に色々な黴菌ばいきんや、塵埃ほこりが、鼻毛や粘膜に引っかかって空気がキレイになります上に、適当な温度と湿気を含んで、弱い、過敏な咽喉を害しないように出来ておりますので……
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひとつにはそれを世間せけん隱蔽いんぺいしようといふ念慮ねんりよかららぬ容子ようすよそほためひてもうごかしたのであつた。しかしながらころした黴菌ばいきんがどうして侵入しんにふしたであつたらうか。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それは発光バクテリヤが、ほかのもっと強い黴菌ばいきんに食われて死んでしまうからだよ。
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
氷の中に、黴菌ばいきんくらいはいるかもしれない、というので、氷冠のいろいろな深さのところから採った氷を、生物学者が詳細に調べたが、いままでのところは、それも見つかっていない。
白い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
集るものは瓦と黴菌ばいきんと空壜と、市場の売れ残った品物と労働者と売春婦と鼠とだ。
街の底 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「しかし君の奥さんだって黴菌ばいきんがついていないとは限るまい。証明が出来るか?」
変人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
では、あの蠅の持っている黴菌ばいきんというのが、あの奇病を起させたのじゃないですか
(新字新仮名) / 海野十三(著)
暗い宿命の影のやうに何処どこまで避けてもつきまとうて来る生活と云ふこと、また大きな黴菌ばいきんのやうに彼の心に喰ひ入らうとし、もう喰ひ入つてゐる子供と云ふこと、さう云ふことどもが
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
パンだねは、いわば黴菌ばいきんのようなもので、目に見えぬほど小さいが、抵抗力の弱いからだに取り付くと激しい大病をひき起こす。世の中にはパリサイの黴菌とヘロデの黴菌がウヨウヨしている。
芋虫は門の日のさない所にしやがんで一日中下駄げたの出し入れをしてゐるので、黴菌ばいきんほこりを吸ひ込んで肺病になつて竹のやうに真青まつさをな顔をして足は脚気といふ病気のためにふくれ上つてゐるので
こほろぎの死 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
ル・キューなどの小説には時折いまだ知られてない恐ろしい黴菌ばいきんのことなどが書かれてあるが、黴菌のことを知らない読者は本当にして面白く読むが、かかる小説はどうも興味を減らすおそれがある。
科学的研究と探偵小説 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
左様さうおつしやる方も御座います。ナニ、被入いらしつて、慣れて御了ひなされば、何でもありません。黴菌ばいきんが病院中飛んでゞも居るやうに、慣れない方は思召おぼしめすでせうが、そんな訳のものでは御座いませんサ。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
部屋には、きっとさまざまの病気の黴菌ばいきんがみちていたことだろう。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
恐るべき黴菌ばいきんが内部に満ちあふれていた時代、恐ろしい響きのかすかに鳴り渡るのが足下に聞こえていた時代、土竜もぐらが穴を掘るような高まりが文明の表面に見えていた時代、地面が亀裂きれつしていた時代
甲府城下そのものが、臭気と黴菌ばいきんとの巣窟そうくつなのであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ですから消毒を行ってその黴菌ばいきんを殺してしまえば病気もなくなってしまうこともすっかりわかったのですが、それがこれほどわかったのは
ルイ・パストゥール (新字新仮名) / 石原純(著)
これは人工的加工でこしらえたものも多いようであるが、もとはやはり天然の植物黴菌ばいきんか何かでできたものがあるのではないかと思われる。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あの病気の黴菌ばいきんは、伝染力は極めて弱いものだけれども、鼻汁から感染しやすいものであるから、長江の行く床屋とこやへ行かないようにする方がいい
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
湯はあかと幾分かの小僧たちの小便と、塵埃じんあい黴菌ばいきんとのポタージュである。穢ないといえば穢ないが、その触感は、朝湯のコンソメよりもすてがたい味を持っている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それをね、長崎へ黴菌ばいきんの試験に出張するから当分だめだって断わっちまった。ところがその女が林檎りんごを持って停車場ステーションまで送りに行くと言いだしたんで、ぼくは弱ったね
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さうしてその揷入さうにふした酸漿ほゝづき知覺ちかくのないまでに輕微けいび創傷さうしやう粘膜ねんまくあたへて其處そこ黴菌ばいきん移植いしよくしたのであつたらうか、それとも毎日まいにちけぶりごとあびけたほこりからたのであつたらうか
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一たび野心という病いの黴菌ばいきんが胸中にきざしたのちは、いかなる方法をもってするも、目的を遂げんと望んだため、最初堂々たる方法で戦ったに反し、後には目的を達するに急となり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
上品な娯楽は人間のたましいの慰安になるが、下等な娯楽は霊を腐食ふしょくする黴菌ばいきんである。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)