髑髏どくろ)” の例文
またある朝、清盛が寝床から起きぬけて妻戸を押し開いて小庭の内を眺めると、こはいかに、死人の髑髏どくろが小庭を埋めつくしている。
大小の時計が硝子ガラス窓の向側に手際よく列べられている中に、唯一つ嬰児の拳ほどの、銀製の髑髏どくろが僕等に向って硝子越しに嗤っていた。
汝自身を知れ:ベルンにて (新字新仮名) / 辰野隆(著)
酉陽雑俎いうやうざつそに、狐髑髏どくろいたゞ北斗ほくとはいし尾をうちて火を出すといへり。かの国はともあれ我がまさしく見しはしからず、そはしもにいふべし。
五十を越したであろう年輩の、蝋燭の淡い灯によって前下方から照し出されたせ顔は、髑髏どくろを思わせるように気味が悪かった。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これからが髑髏洞カタコンブの奥の院である。門をはひつて右に折れるとほらの屈曲は蠑螺さざえ貝の底の様に急に成り、初めて髑髏どくろの祭壇が見られる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
傍にある髑髏どくろを頭の上に乗っけて首を振り、そして落ちた物はやめて、他の髑髏を取って乗っけたが、三四回目に落ちないのが乗っかった。
老狐の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
戸の上高きところを舟に乘りてゆき給ふ耶蘇、贄卓にへづくゑの神の使、美しきミケルはいふもさらなり、蔦かづらの環を戴きたる髑髏どくろにも暇乞しつ。
それはさきほど関ヶ原の本宿で、定九郎鴉さだくろうがらすにさらわれたという、伊太夫の髑髏どくろの間の枕許の古代切の箱入りの包でありました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこからも、ここからも、朽ち果てた髑髏どくろが崩れ落ちてくる。自分は今、死の中にある。光は消えた。動くことが息詰まるほど恐ろしかった。
あくる朝、再び山へ登ってみると、どこにも火をいたらしい跡はなく、ただ百人あまりの枯れた髑髏どくろがそこらに散乱しているのみであった。
眷属けんぞくばらばらと左右に居流る。一同ものを持てり。扮装いでたちおもいおもい、よろいつけたるもあり、髑髏どくろかしらに頂くもあり、百鬼夜行のていなるべし。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なかには絵に描かれているような髑髏どくろがそこはかとない秋草をしとねにすわっていたという土産話も、今では嘘のようである。
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
K市街地の町端まちはずれには空屋あきやが四軒までならんでいた。小さな窓は髑髏どくろのそれのような真暗な眼を往来に向けて開いていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
住居すまいをしていた占術家うらないの魔女が十三の髑髏どくろの盃の中へ、いろいろさまざまの草や木や石や、生物から採ったお酒を盛って、妾の所へ来るのだよ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
治承ちしょうの昔文覚上人もんがくしょうにんが何処の馬の骨だか分らないされこうべを「義朝よしとも髑髏どくろ」と称して右兵衛佐頼朝うひょうえのすけよりともに示した故智になら
奈良朝になると、髪の毛をきたな佐保川さほがわ髑髏どくろに入れて、「まじもの」せる不逞ふていの者などあった。これは咒詛調伏じゅそちょうぶくで、厭魅えんみである、悪い意味のものだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのあとで警部は、今しがた第三の犠牲者のハンドバックから見付けてきた例の十字架に髑髏どくろ標章マークを、車内の明るい燈火ともしびの下で、注意深く調べた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それゆえ後々までも、金剛山のふもと、東条谷のあたりには、矢の穴や刀創のある髑髏どくろが、いつの世までも草むらにゴロゴロころがっていたという。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……こう申しましたら貴方はあの時計と髑髏どくろが、何のために飾り付けてあるかという事が、おわかりになるでしょう。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(『僧正の旅籠はたご悪魔の腰掛けにて良き眼鏡四十一度十三分北東微北東側第七の大枝髑髏どくろ左眼ひだりめより射るより弾を通して五十フィート外方に直距線』)
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
寺男は両手を深くその中に差入れたり、両足の爪先つまさきで穴の隅々すみずみを探ったりして、小さな髑髏どくろを三つと、離れ離れの骨と、腐った棺桶かんおけ破片こわれとを掘出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
髑髏どくろを「されかうべ」と言う。この「され」は「れ」かもしれないが、ペルシア語の sar は頭である。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これだけの事実をわしは知った、しかしわしには髑髏どくろの一件が了解出来ん。馬鈴薯畑から人間の首が飛出したのを見ては心中すこぶる安からざるものがあった。
血の如き葡萄の酒を髑髏どくろ形のさかずきにうけて、縁越すことをゆるさじと、ひげの尾までらして呑み干す人の中に、彼は只額を抑えて、斜めに泡を吹くことが多かった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
露骨な観念論という髑髏どくろは、この自由主義という偽装によって、温和なリベラルな肉付きを受けとる。
彼女は點頭うなずいて、黒いガラス壜を差し出して見せた。小いさな髑髏どくろの印のついたレッテルに、赤いインキで(空虚の充実。お役に立てば幸甚!)と書かれてあった。
古くはユーゴーの佝僂男が巣食っていたノートルダム寺院、近くはルルウの髑髏どくろ怪人が身を潜めていた巴里パリのオペラ座などに比べても、決して劣らぬ秘密境である。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ルウテルがヰツテンベルヒに在りし時、頭の形、髑髏どくろに似たる男を見しことありて、其履歴を問ひしに、其男の母は妊娠中死骸を見て甚しく驚きしことありし由に候。
私は医科の小使というものが、解剖のあとの死体の首を土に埋めて置いて髑髏どくろを作り、学生と秘密の取引をするということを聞いていたので、非常に嫌な気になった。
愛撫 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
髑髏どくろの紋が、夜目にもハッキリ浮かんで、帯のゆるんだ裾前から、女物の派手な下着をだらりと見せた丹下左膳、そくを割って、何かを踏まえているのは、これこそは
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ご主君のために髑髏どくろ瓦礫がれきのあいだにさらそうと念うよりさきに、おのれの名を惜しむ心がつよい。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「狐の寿命は八百歳にして、三百歳に達すれば変じて人の形に化し、夜中、尾をうちて火を出だし、髑髏どくろをいただきて北斗を拝す。その髑髏、頭より落ちざれば人となる」
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
奥の壁は全く窓にて占領せられおる。左手の壁に押付けて黒き箪笥を据えあり。その上に髑髏どくろに柔かき帽子をかむせたるを載せあり。また小さき素焼の人形、鉢、かんむりを置きあり。
始に髑髏どくろえがきてその上に精神界の三字を書す。その様何とやら物質的に開剖かいぼう的に心理を研究する意かと思はれて仏教らしき感起らず。髑髏ののやや精細なるにもるならん。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ロレ ほい、其許そのもとか! さらばはうが、あしこのあの炬火たいまつは、ありゃなんでおじゃる、蛆蟲うじむし髑髏どくろむなしうてらすあのひかりは? かうたところ、カペル廟舍たまやまへぢゃが。
獲物はすぐに見つかったが、そのそばに髑髏どくろが一つころがっていた。それを見ると、突如として例の狂女の記憶が、拳固でどんと突かれでもしたように、僕の胸のなかに蘇って来た。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
玉山さんは、髑髏どくろの牙彫など拵えると鼻のあなへ毛を通すと目に抜けるという位の細かい細工をした人だが、この人はなかなか経済家で、彫刻家を糾合して無尽を拵えていたのである。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
いま私は私の身や心として意識しているこのちり/″\ばら/\の髑髏どくろ、背骨、肋骨、腰骨、肢骨は、ちり/″\ばら/\ではありながら、どれもみな水晶のように透き通り、ママ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼等の父は嘗つて藩の宗門改めに会って斬られた者達であるが、角蔵、三吉は各々の父の髑髏どくろと天主像を秘かに拝して居たのを、此頃に至って公然と衆人に示して、勧説かんぜいするに至った。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その蝶は、私の手のやうに大きくて、その背中に白い点があつて、それが髑髏どくろにちよつと似てゐるといふので沢山の人に恐がられてゐるのです。そして又、その眼は黒く光つてゐます。
私が小さくて向島に住んでいた頃、父が医者だというので、或人が、真白で親指の頭位ある小さな髑髏どくろを持って来て見せました。あまり見事なのでよく見ましたら象牙彫ぞうげぼりの根附でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
つまり頭をたつた一つしかたなかつた英雄に、髑髏どくろが二つ出た事になるのだ。
余程な苦しみをして死んだものゝ如く、其の脇へ髑髏どくろがあって、手とも覚しき骨が萩原の首玉くびったまにかじり付いており、あとは足の骨などがばら/\になって、床のうち取散とりちらしてあるから
欠け歯をむき出しにゆがめた顔は髑髏どくろか何ぞのように婦をぞっとさせた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
砂丘のかげの小屋には、母と子と、それに中年の隠亡と、そのほかに誰もゐなかつた。いやもう一つ、ふしぎに崩れずに残つた父の髑髏どくろがあつた。その髑髏を隠亡が、長い火箸のさきで突き崩した。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
劣らずに口では小侍たち、猛りつづけてはいたが、十五郎の思わざる豹変ひょうへんにいささかじ気づいたらしい容子でした。真赤な髑髏どくろ首もこの際この場合、相当に六人の肝を冷やしていると見えるのです。
のみならず又マントルの中から髑髏どくろを一つ出して見せる。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼の目は髑髏どくろのように、せた眼窩がんかの奥で疲れていた。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
髑髏どくろあたへ、いでや出陣しゆつぢん立上たちあがれば、毒龍どくりようふたゝさく
鬼桃太郎 (旧字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
髑髏どくろ熟視みつむ、きゆらそおの血の酒甕さかがめあひだより
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)