頬杖ほおづえ)” の例文
私はぼんやり頬杖ほおづえをついて、若い頃よくそうする癖があったように窓硝子まどガラスに自分の額を押しつけながら、それを飽かずに眺めている。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
曾てその石に腰を掛け、ひざの上に頬杖ほおづえという形で、岸本がそこを歩く時のことをさまざまに想像したというその青年を胸に描いて見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主人は平気で細君の尻のところへ頬杖ほおづえを突き、細君は平気で主人の顔の先へ荘厳そうごんなる尻をえたまでの事で無礼も糸瓜へちまもないのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日も昼からつづけさまに書いて居るので大分くたびれたから、筆を投げやって、右のひじを蒲団の外へ突いて、頬杖ほおづえをして、暫く休んだ。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
彼が、そうしてボンヤリと白い卓布に頬杖ほおづえをついていた時、突然、これもまた悪夢の様に、どこかの部屋から、鋭い女の悲鳴が聞えて来た。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
庭ごしに、飛脚屋から受け取ったのを、中間の重助が、窓口から手をのばして、机に、ぽかんと、頬杖ほおづえをついている彼の前へさし出した。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方、宇治山田の米友は、これもうけ取れたような、うけ取れないような顔をして、頬杖ほおづえをつきながら舞台の幕を見詰めている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これもやはり高等学校時代の写真だが、下宿の私の部屋で、机に頬杖ほおづえをつき、くつろいでいらっしゃるお姿だ。なんという気障きざな形だろう。
小さいアルバム (新字新仮名) / 太宰治(著)
今この手紙を書く時も、うちのあの六畳の部屋へや芭蕉ばしょうの陰の机に頬杖ほおづえつきてこの手紙を読む人の面影がすぐそこに見え候(中略)
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
村方一同寄るとさわると、立膝に腕組するやら、平胡坐ひらあぐら頬杖ほおづえつくやら、変じゃ、希有けうじゃ、何でもただ事であるまい、と薄気味を悪がります。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尾崎紅葉君が頬杖ほおづえいた写真を写した時、あれは太郎の真似をしたのだと、みんなが云ったほど、太郎の写真は世間に広まっていたのである。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
院長いんちょう片手かたて頬杖ほおづえきながら考込かんがえこんで、ただ機械的きかいてき質問しつもんけるのみである。代診だいしんのセルゲイ、セルゲイチが時々ときどきこすこすくちれる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
油臭いナッパ服が肩と肩、顔と顔をならべ、腰をかけたり、立ったり——それが或いは腕を胸に組み、頬杖ほおづえをし、演説するものをにらんでいた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
先生は昔の事を考えながら、夕飯時ゆうめしどき空腹くうふくをまぎらすためか、火の消えかかった置炬燵おきごたつ頬杖ほおづえをつき口から出まかせに
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
岡部伍長は、やっと設計を終ったので、さすがにほっとして、机に頬杖ほおづえをついた。すると、どこからともなく、ぷーんと、いい匂いが鼻をうった。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頬杖ほおづえをついて居る幾基の静思菩薩せいしぼさつ、一隅にずらりと並んだにこ/\顔の六地蔵ろくじぞうや、春秋の彼岸に紅いべゝを子を亡くした親が着せまつる子育こそだて地蔵
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
褐色の口髭くちひげの短い彼は一杯いっぱい麦酒ビールに酔った時さえ、テエブルの上に頬杖ほおづえをつき、時々A中尉にこう言ったりしていた。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのなかで、高く着物を押さえた女たちが、卓子テーブルから卓子へ移って秘奥ひおうをつくし、男たちはすべて、誰もかれも無関心らしく頬杖ほおづえなんか突いていた。
受話器を置くと、そのまま卓上電話のある夫の机にりかかって頬杖ほおづえをつきながら、幸子はしばらくじっとすわっていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
両手で頬杖ほおづえしながら匍匐臥はらばいねにまだふしたる主人あるじ懶惰ぶしょうにも眼ばかり動かして見しが、身体からだはなおすこしも動かさず
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
葛巻はカリエスで肋膜ろくまくが悪くそのレントゲン写真を僕がひっくり返って眺めていると彼は頬杖ほおづえをついて、どう? なんだか厭でしょうとニヤリと笑う。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
弟が出てゆくと、銕太郎はまた、机に頬杖ほおづえを突いて、向うを見た。黄昏の色の濃くなった庭に、風の絶えた空から、粉雪が白く、音もなく降っていた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
部屋のまん中にある大きなかしのテーブルの上に両方のひじをつっぱり、頬杖ほおづえをつきながら、腰をかけていた。
と言って、左馬頭はひざを進めた。源氏も目をさまして聞いていた。中将は左馬頭の見方を尊重するというふうを見せて、頬杖ほおづえをついて正面から相手を見ていた。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自分の椅子に頬杖ほおづえをついていた堀大主典は、はいって来た阿賀妻を見て気づいたように云うのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
局長は立ったまま、上体をかがめて、机の上に片手で頬杖ほおづえをつきながら、片手で受話器を受けとった。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
しかし平七は、それすらもまるでよその国の出来ごとのように、ふわりとした顔をして、頬杖ほおづえをついたまま、あいた片手で銚子ちょうしを引寄せると、物憂ものうげに盃を運んだ。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「この怪物をごらんなさい。Penseur. 年じゅうこうやって頬杖ほおづえをついたまま考えています」
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お銀はそう言って、夜更けに卵の半熟などを拵えながら、火鉢の縁に頬杖ほおづえをついて、にやりと笑った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
原田氏と黒江氏は寝台の上で、三枝氏は、食卓に頬杖ほおづえをついて、いつまでも、じっとしていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼の痛ましい顔はなんともいえぬ誠実さを帯びていた。クリストフは頬杖ほおづえをついて彼を見守り始めた。夜になりかかっていた。ゴットフリートの顔は少しずつ消えていった。
と梶は頬杖ほおづえつきながら思わずもらした。すると、ヨハンはまたすぐその喇叭手を手招ぎした。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あまり外がはっきり見えるのが鬼魅きみがわるいから、見るのをよして、また窓際に頬杖ほおづえをしていたのですが、なんだかじぶんの顔を見ている者があるような気がするので、ふと見ると
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
セエラはテエブルに頬杖ほおづえをついて、マリエットの話を聞いていましたが、そこまで来ると
年はせまれどもわらべはいつも気楽なる風の子、十三歳をかしらに、九ツまでくらいが七八人、砂山のふもとに集まりて何事をか評議まちまち、立てるもあり、砂にひじを埋めて頬杖ほおづえつけるもあり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と、その間から、ひょいと、あなたの顔が、覗いてひっこんだのです。ぼくは我を忘れ駆けて行ってみました。すると、手摺に頬杖ほおづえついた、あなたが、一人で月をながめていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
銭形平次は縁側に寝そべったまま、冬の日向ひなたを楽しんでおりましたが、ガラッ八のもっともらしい顔を見ると、悪戯いたずらっ気がコミ上げてくる様子で、頬杖ほおづえを突いた顔をこちらへねじ向けました。
両手で頬杖ほおづえをついて、じいっと大きい眼を見はって田部の白っぽい唇を見た。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
さっきから一言も口をかないで、炬燵こたつ頬杖ほおづえ突いている辰男に向って
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ぴしゃぴしゃと気疎けうと草鞋わらじの音を立てて、往来を通る者がたまさかにあるばかりで、この季節のにぎわった様子は何処どこにも見られなかった。帳場の若いものは筆を持った手を頬杖ほおづえにして居眠っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
舌鼓したつづみを打ちながら文三が腹立しそうに書物を擲却ほうりだして、腹立しそうに机に靠着もたれかかッて、腹立しそうに頬杖ほおづえき、腹立しそうに何処ともなく凝視みつめて……フトまた起直ッて、蘇生よみがえッたような顔色かおつきをして
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こたつ板に頬杖ほおづえをついたまま放心したようにまばたきもしない。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
頬杖ほおづえ突いて余肉をうなど、彼方あっちの人のしない事ばかりする。
立て膝のお藤、舟べりに頬杖ほおづえついて
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と机の上に頬杖ほおづえをつく。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は自分の居間で机の上に頬杖ほおづえを突きながら、その琴のを聞いていました。私にはその琴が上手なのか下手なのかよくわからないのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、そこのうすぐらい土間どまのすみに、生意気なまいきなかっこうをした少年がひとり、樽床几たるしょうぎにこしかけ、頬杖ほおづえをつきながらはしを持っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竜之助も同じような丹前を羽織って、片肱かたひじを炬燵の上に置いて、頬杖ほおづえをしながら、こちらを向いて、かしこまっておりました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
卓の上に頬杖ほおづえついて、それも人さし指一本で片頬を支えているという、どうにも気障きざな形で、「ゆうべ私は、つくづく考えてみたのだけれど、」
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
真夜中に、仁王門の高欄こうらんの上から、まるで石川五右衛門みたいに、人間豹が頬杖ほおづえをついて、仲見世なかみせの通りを見おろしていたという怪談もあった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)