つら)” の例文
その諦めもほんのうわつらのもので、衷心に存する不平や疑惑をぬぐい去る力のあるものではない。しかたがないからという諦めである。
「あのつらに、げんこつをくらわせることはなんでもない。だが、おれが、うでちからをいれてったら、あのかおけてしまいはせぬか?」
からす (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかもリザヴェッタは世間の青年たちが追い廻している、つらの皮の厚い、心の冷たい、年頃としごろの娘たちよりは百層倍も可愛らしかった。
今からもう、二人は、そら、しかめっつらだと、面白おもしろがっている。近所の人たちを招待できるものなら招待するところだったに違いない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ひとへにこの君を奉じて孤忠こちゆうを全うし、美と富との勝負を唯一戦に決して、紳士の憎きつらの皮を引剥ひきむかん、と手薬煉てぐすね引いて待ちかけたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
たちまち、この時、鬼頭巾に武悪の面して、極めて毒悪にして、邪相なる大茸が、傘を半開きにかざし、みしとつらをかくしてあらわれた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俺をそうどなりつけた——と思ったが、なに、そのしかめつらに、そう言わせていただけだ。だが、俺はまさにどなられた感じだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
思いきりその不機嫌に耽るために、エピミーシウスはパンドーラに背中を向けて、隅っこの方で、ふくれっつらをして坐っていました。
「万太郎様は、伝内さんがお嫌いです。あの河豚ふぐのようなつらをした、用人の河豚内ふぐないが給仕にまいると、御飯もまずいといっています」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
作家 それは五円や十円ぬすまれても、暮しに困らない人がある場合、盗んでもいと云ふ論法ですよ。盗まれる方こそつらの皮です。
売文問答 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なぜかおッさんは、つらです、そして私をしかるように「窪田さん、そんなものをごらんになるならあっちへ持っていらっしゃい」
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
八五郎は遠慮もなくからみました。この修驗者の高慢なつらや、親分の平次を唯の岡つ引扱ひにしたのがひどくかんにさはつた樣子です。
一見、黒白混血児とわかる浅黒い肌、きりっとひき締った精悍せいかんそうなつらがまえ、ことに、肢体したい溌剌はつらつさは羚羊かもしかのような感じがする。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
善人らしいつらをしているやつの面の皮をはいでやりたいのだ。皆うそばかりついていやがる、わしはな、これで時々考えてみるのだよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
あの時お前のおとっさんは、お前の遣場やりばに困って、阿母おっかさんへのつらあてに川へでも棄ててしまおうかと思ったくらいだったと云う話だよ。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
虫も殺さねえような、あんなつらをしているが、いざとなったらどんなにあばれて、そのうえ、物の見事にずらかるかも知れねえのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私の横ッつらへ喰い切った肉をパッと吹っかけて「悪魔」とか何とか悪態をきやがったんで……手前てめえの悪魔は棚へ上げやがってね。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
己の思うには当分は自分の差料にするより外に仕様がねえ、そこでそのさむれえなり恰好は己が知ってるが、安さんつらア知ってるだろうな
ぼくは、しばしポカンとしていましたが、え切れなくなると、「そうですか」と一言。泣きッつらをみられないようにまた暗い甲板に。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
お雪さん、捨てられたの何のってなきつらをしながら、かたきを討って下さいなんて、飛んでもないところへ泣きつくなんぞは、女の面汚つらよごし。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兄弟きょうでえ、あれを聞いたか? うん、確かにあの男は何もかもみんな知ってたんだぞ。奴のつらを見ろ。ちゃんとあそこにえてあるぜ。」
「何だツ、そのふくれつつらは、世間の事は何も知らねえくせに、いまから男遊びしやがつて……。昨夜は、何処へ泊つたンだよ?」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
人樣に辛抱人しんばうにんほめたのが今となりては面目めんぼくない二階へなりときくされつらみるのも忌々いま/\しいと口では言ど心では何か容子ようすの有事やと手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、治まらないのは馬子先生である。法外な賃金を強請ゆすってがんとして動かぬ。欲張りの田舎者ほどつら憎いものはない。将軍忽ち
どうでえ、手前てめえできのいい女郎に、子供を生ませて——とこう眺めていると、鼻は獅子しし鼻、歯は乱杭らんぐい、親の因果が、子に報いってつらだなあ
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
梶原の実検を見込む様子「つらあ上げろ」のせつなき工合、共に得心がゆきたり。「貧乏ゆるぎも」のせりふ廻しは大時代にて立派なりき。
みんなの寝ぼけっつらや、あきあきするような長話が、見えも聞えもしない所へ行って、きれいさっぱりみんなのことが忘れてしまえたら。
まるで知らねえつらじゃァねえんだ、おや今日こんちは、とか、まァお揃いでどちらへ、とか、うそにもその位なことをいうのが至当じゃァねえか。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
昔はつらあかりといって長い二間もある柄のついたものを、役者の顔前に差出して芝居を見せたもので、なかなか趣きがあった。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
「あんなひねくれた意地わるじじいは初めてだ」喜兵衛は唇を片方へぐっと曲げた、「あんなじじいを親に持ったせがれつらが見たいくらいだ」
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「打捨って置けませんとも……。そのうちによそから手でも着けられた日にゃあ、親分ばかりじゃねえ、この湯屋熊のつらが立ちませんからね」
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはレッグズの意見によれば、とりわけ大酒呑みの阿呆らしいその男のつらつきから考えると、至極必要な用心なのだそうだ。
上げて。……渋めっつらをして。くしゃみをして。おほほ、くしゃみだけはうまくゆかないものね。さあこちらにいらっしゃい。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「では其間に一つ私のつらの皮の厚さ……と云ふよりは額の骨の固さをお目にかけませう。ビール罎を一つ持つて来て下さい。」
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
彼女はしかつらをして鼻を鳴らし始めた。明るい陽差しが、軒に出された風露草グラニヤの植木鉢に、恵み多い光りのをそそいでいた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
つらあてにでもそのひとを村一番の美人だなんて言ひ出さないにも限らないわ! でも、そんなことはないわ、あのひとはあたしを愛してるんだから。
胆潰きもつぶれたれど心をしずめ静かにあたりを見廻みまわすに、流しもとの水口の穴より狐のごとき物あり、つらをさし入れてしきりに死人の方を見つめていたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「しかもその連隊ときたら!」と、副署長は署長にうまくくすぐられたので大恐悦のくせに、まだふくれつらをしながら叫んだ。
「三八七番、この真紅まつかつらは何だ。」「それは私の顔で御座います。」「何で描いた。」「水蜜桃の腐れたので描きました。」
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
四月も江戸に滞在して、いろいろな人にも交際して見るうちに、彼はこの想像がごくうわつらなものでしかなかったことを知るようになった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私はふくつらをして容易にたない。すると、最終しまいには渋々会いはするが、後で金をもってかれたといって、三日も沸々ぶつぶつ言ってる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「場合によってはうでもする。行く必要があるなら行くから、機嫌を好くしてくれ。銀行から帰って、ふくれっつらをされると面白くない」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「おれだってどなりたくはないさ、だが……ああ女がでた、あれはなんとかいう女なんだね、どうだ、毛唐けとうつらはみんなさるに似ているね」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
主人にあてつけるに手数てすうは掛らない、ちょっと八っちゃんに剣突けんつくを食わせれば何の苦もなく、主人のよこつらを張った訳になる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ピカピカ光るおなかや、澄ましたつらした自動車を見ると、藤一郎の胸にはふんわりと訳のわからぬ感情が浮き上るのであった。
少年 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
サワ甘味スウィイトめつくしたと言ったような、一種の当りのいい人なつこさが溢れ、そしてその黒い細い眼の底に、わけえの、ついぞ見ねえつらだが
「誰がいうものか。死んでもいわねえ。しかし日本国中の人間どもがつらをすることは確かだ。もうとめてもとまらぬぞ。ざまアみやがれ」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もしか兵隊さんの大きなつらが窓越しにのぞきでもしようものなら、みんな護謨毬ごむまりのやうに一度に腰掛から飛上とびあがつたかも知れない。
棒杭ぼうくいのように突ッ立っていやがる! 『おれは三番目の人間だよ』などというようなつらをして、そばに立って見ているのは
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ヘヘヘヘヘ、こわい顔をしてにらみつけたね。だが、今にそいつが泣きっつらに変るんだ。その時になって後悔しないがいいぜ」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)