あわい)” の例文
そのあわい、僅か十坪に足りない地面に、延び上るようにして生えて居る数本の樹木を見守った時、私は云いようのない窮屈さを感じた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
堂とは一町ばかりあわいをおいた、この樹のもとから、桜草、すみれ、山吹、植木屋のみちを開きめて、長閑のどかに春めく蝶々かんざし、娘たちの宵出よいでの姿。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
色白の細面ほそおもてまゆあわいややせまりて、ほおのあたりの肉寒げなるが、きずといわば疵なれど、瘠形やさがたのすらりとしおらしき人品ひとがら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それが今ではむらがる想いのあわいにも心の内部にも、ちょうどわが家の庭そっくりのがらんどうが出来てしまっていた。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
サッと引き退く伊集院、宗三郎も立ち直る。あわい二間、上段と下段、わずかに位置が移ったばかり、変化はない、また構えた。シ——ンと後は静かである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
水色に冴えた秋の朝空にあわいへだてゝ二つならんだ雄阿寒おあかん雌阿寒めあかんの秀色を眺める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あわい隔たったる味方の軍勢の耳にも響けかしに勢いたけく挨拶して押通った。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度瀬の早い渓川たにがわのところどころに、よどんだふちが出来るように、下町の雑沓ざっとうするちまたと巷のあわいはさまりながら、極めて特殊の場合か、特殊の人でもなければめったに通行しないような閑静な一郭いっかく
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
暫らく立在たたずんでの談話はなしあわい隔離かけはなれているに四辺あたりが騒がしいのでその言事はく解らないが、なにしても昇は絶えず口角くちもとに微笑を含んで、折節に手真似をしながら何事をか喋々ちょうちょうと饒舌り立てていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「昼のうちは間の山へかせぎに参りまして、家へ帰ってから、出直してお座敷のお客様へ出ますものでございますから、それで、そのあわいに、いくらか手間てまが取れるのでございますが、もう見えまする」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
気合があらたまると、畳もかっと広くなって、向合むかいあい、隣同士、ばらばらと開けて、あわいが隔るように思われるので、なおひしひしと額を寄せる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわい両三日を置きて、門をづることまれなる川島未亡人の尨大ぼうだいなるたいは、飯田町いいだまちなる加藤家の門を入りたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
あわい一間、そこで止まると、ピンと右手の肘を上げた。と自然に掌が、柄の頭へあてられた。薄っペラな態度や声にも似ず、腰が据わって足の踏まえ、ピッタリまって立派な姿勢。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ついあわいの壁へ這上はいのぼる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それが蜜柑の木のあわい。しかも会社が何週年かの祝日にやあたりけむ、かかる山路に、ひらめく旗、二にんかたにそよそよとなびいて、天うららかに祝える趣。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわいの隔った時分から——西河岸の露店の裸火を、ほんのりと背後うしろにして軒燈明の寝静まった色のちまたに引返す、——この三人の目に明かに見えたのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御前おんまえあわいげんばかりをへだつて其の御先払おさきばらいとして、うちぎくれないはかまで、すそを長くいて、静々しずしずただ一人、おりから菊、朱葉もみじ長廊下ながろうかを渡つて来たのはふじつぼねであつた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あわいのある脊後うしろ脊負しょって、立留って、此方こなたのぞき込むようにしたが、赤大名の襤褸姿ぼろすがた、一足二足、そっちへ近づくと見るや否や、フイと消えた、垣越のその後姿。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あわいもやや近くなり、声も届きましたか、お雪はふとあゆみとどめて、後を振返ると両の手を合せました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第五の侍女、年最も少きが一人衆を離れて賽の目に乗り、正面突当りなる窓際に進み、他と、あわい隔る。公子。これよりさき、姿見を見詰めて、賽の目と宿の数をかぞよどむ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その両方のあわいの、もの蔭に小隠れて、意気人品ひとがらな黒縮緬ちりめん、三ツ紋の羽織を撫肩なでがたに、しま大島の二枚小袖、かさねて着てもすらりとした、せぎすでせいの高い。油気の無い洗髪。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これを片手で、かい退けて、それから足を早めたが、霧が包んで、ひづめの音、とゞろ/\と、送るか、追ふか、停車場ステエションのあたりまで、四けんばかりあわいを置いてついて来た。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ああ。」と云うと、ひしと謙造の胸につけた、遠慮えんりょの眉はあわいをおいたが、前髪は衣紋えもんについて、えりの雪がほんのりかおると、袖に縋った手にばかり、言い知らず力がこもった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かいもなくもなしに、浜松の幹に繋いで、一棟、三階立は淡路屋と云う宏壮な大旅館、一軒は当国松坂の富豪、池川の別荘、清洒せいしゃなる二階造、二見の浦の海に面した裏木戸のりょうあわい
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しおはいると、さて、さすがにれずには越せないから、此処ここにも一つ、——以前さきの橋とはあわいけんとはへだたらぬに、また橋を渡してある。これはまた、わずかに板を持って来て、投げたにすぎぬ。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畦の嫁菜をつまにして、その掛稲の此方こなたに、目もはるかな野原刈田を背にしてあわいが離れてしかとは見えぬが、薄藍うすあい浅葱あさぎの襟して、髪のつややかな、色の白い女が居て、いま見合せた顔を、急に背けるや否や
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓下の点滴したたりが、ますます床へ浸出しみだすそうで、初手は、くだん跫音あしおととは、彼これあわいを隔てたのが、いつの間にか、一所になって、一条ひとすじ濡れた路がつながったらしくなると、歩行あるく方が、びしょびしょ陰気に
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わかい女を真中まんなかに、おのこが二人要こそあれと、総曲輪の方から来かかってあゆみとどめ、あわいを置いて前屈まえかがみになって透かしたが、繻子しゅすの帯をぎゅうと押えて呑込んだという風で、立直って片蔭に忍んだのは
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其のあわい遠ざかるほど、人数にんずして、次第に百騎、三百騎、はては空吹く風にも聞え、沖を大浪おおなみの渡るにもまごうて、ど、ど、ど、ど、どツと野末のずえへ引いて、やがて山々へ、木精こだまに響いたと思ふとんだ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
この次第で、露店のあわいは、どうして八尺が五尺も無い。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小股こまた歩行あるくほどのあわいいて、しと、しと、しと。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)