酩酊めいてい)” の例文
その夜私は、相憎他に会合があつたのでその方へ廻つたところ、不覚にも少々酩酊めいていしたため、狐の竹包をどこかへ紛失してしまつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
と其の場をはずして次の間へ退さがり、胸にたくみある蟠龍軒は、近習の者にしきりと酒をすゝめますので、いずれも酩酊めいていして居眠りをして居ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
映画や小説の芸術に酔うて盗賊や放火をする少年もあれば、外来哲学思想に酩酊めいていして世を騒がせ生命を捨てるものも少なくない。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「いや。病院に入ってから、毎日服んだ。治療のために服まされたんだ。毎日のことだから、だんだん蓄積ちくせきして、酩酊めいてい状態になるんだね」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
酩酊めいていの様子でもあるが、舌なめずりしながら、座の左右ばかりでなく、向う側の人々へも、しきりに呼びかけていうのであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酩酊めいていを通り越してるグランテールは、ミューザン珈琲コーヒー店の奥室の一隅いちぐうで、通りかかった皿洗いの女を捕えて、そんなふうにしゃべり散らした。
第五は、心性、思想の激動して感覚を失する事情にして、例えば火事のとき、また酩酊めいていのときは、自らなにをなしたるかを識覚せざるの類をいう。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
けれどそのほお打ちを防ぐためにはいつでもひじを上げるだけの覚悟があった。彼にはこの老人がこわかった。ことに老人が酩酊めいていしてるときは恐かった。
「金博士は、本日午前十時、セバスチァン料理店に現れ、午後二時まで四時間にわた昼酒ひるざけをやり、大いに酩酊めいていせり」
彼の右隣の男は、今や十二分に酩酊めいていで、オイといっ猪口ちょくをその芸妓にし、お前の名は何と云う、名札を呉れ名札をと、同じことを二つ重ねて問懸けた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
開きけるに皆々漸次しだい酩酊めいていして前後をうしなふ程に五體ごたいにはか痿痺出しびれだせしも只醉の廻りしと思ひて正體しやうたいもなきに大膳等は此體このていを見て時分はよしと風上より我家に火を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大納言の官能は、したたか酩酊めいていに及びはじめた。ふらりふらりと天女に近づき、片手で天女の片手をとり、片手で天女の頬っぺたをはじきそうな様子であった。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私は混乱し、恐怖と滑稽こっけいとをないまぜに感じつづけながら、酩酊めいていのあまり、いつのまにかそのまま眠ってしまっていた。気づいたのは翌日の昼ちかくである。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
時にはひとしく酩酊めいていした朋輩ほうばいを連れてきて部屋のなかでキャッキャッと動物のような声を立て、しまいには喧嘩をしたり泣き出したり、なかなか大変なのだが
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ビールの後で飲んだバーガンディが大分利いたと見え、フンク氏の家を辞した時は、かなり酩酊めいていしていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
骨牌かるた酩酊めいていとのために狂ったように興奮して、私がまさにいつも以上の不埒ふらちな言葉を吐いて乾杯をいようとしていたちょうどこのとき、とつぜん自分の注意は
呂律も廻らぬほど酩酊めいていし、彼の腕を掴んで、というより腕にぶら下るようにして、しょぼしょぼの眼を細め、さあ、今夜は大いに飲もう、と彦太郎をぐんぐん引き摺り
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「どうも失礼……今日は二人で山遊びに出掛けて……酩酊めいてい……奥さん、申訳がありません……」
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこへ持って来て、左大臣が好意を示すようになってからは、その感激のせいでつい酒をすごし、酩酊めいていしてから床に這入るので、なおさらしつッこく手足にからみ着くようにする。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「隠居のところで、御馳走になって、久しぶりで酩酊めいていの有様、少し休ませてもらおうかな」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
酩酊めいていせる笑い上戸じょうごの猛獣共、毒蛇の蛇踊り、その間をねり歩く美女の蓮台、そして、蓮台の上には、にしききぬに包まれたこの国々の王様、人見廣介の物狂わしき笑い顔があるのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ぼくは自己批判もくそもなく、あまくて下手な歌や詩を作り、酩酊めいていしている時が多かった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
早い話が僕の家は両隣りが会社員だ。片一方はビールを醸造じょうぞうして同胞どうほう酩酊めいていさせるけれど、もう一方は飲み過ぎて脳溢血のういっけつを起しても損の行かないように、生命保険を引受けてくれる。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
音楽の魅力は酩酊めいていであり、陶酔であり、感傷である。それは人の心を感激の高所に導き、熱風のように狂乱させる。あるいは涙もろくなり、情緒におぼれ、哀切耐えがたくなって、嗚咽おえつする。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
……君があの烈しい恋の酩酊めいていから醒めたからって、……別に俺が君に対して何を云うことが出来よう?……かしこ過ぎて、ここ現実おつつの園に戻りきたれば、何事もみなはかなき一炊いっすいの夢だ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ミコライが、手前どもへはいって参りました。しらふでもござりませんが、大して酩酊めいていしてもおりませず、話はわかるのでござります。床几しょうぎに腰をおろしたまま、黙り込んでおります。
ビイルを、がぶ、がぶ、飲みました。もともと博士は、お酒には、あまり強いほうでは、ございません。たちまち酩酊めいていいたしました。辻占売つじうらうりの女の子が、ビヤホールにはいって来ました。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は、先刻から酒席の間を、彼方此方あっちこっちと廻って、酒宴の興を取持っていたが、ようや酩酊めいていしたらしい顔に満面の微笑をたたえながら、藤十郎の前に改めてかしこまると、恐る恐る酒盃さかずきを前に出した。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
南洲はいんかいせず、ひて之をつくす、たちま酩酊めいていして嘔吐おうどせきけがす。東湖は南洲の朴率ぼくそつにしてかざるところなきを見てはなはだ之をあいす。嘗て曰ふ、他日我が志をぐ者は獨此の少年子のみと。
見受ける処がよほど酩酊めいていのようじゃが内には女房も待っちょるだろうから早う帰ってはどじゃろうかい。有り難うございます。………世の中に何が有難いッてお廻りさん位有難い者はないよ。
煩悶 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「貴方、酔ってるのね、泊って行くといいわ……」田部は泊って行くといいと云われて、ふっと火箸を持った手を離した。ひどく酩酊めいていしたかっこうで、田部はよろめきながら厠へ立って行った。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「どうです。隊長! 金丸、いかい酩酊めいていいたしました。踊りますぞ」
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
やむを得ずこれも腰の物を抜いて立向ったが、相手は平生から極めて評判のわるい乱暴ものだけあって、酩酊めいていしているにもかかわらず、強かった。黙っていれば兄の方が負ける。そこでおとうとも刀を抜いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吃驚びっくりして文三がフッとかおを振揚げて見ると、手摺てずれて垢光あかびかりに光ッた洋服、しかも二三カ所手痍てきずを負うた奴を着た壮年の男が、余程酩酊めいていしていると見えて、鼻持のならぬ程の熟柿じゅくし臭いにおいをさせながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「昨夜、酩酊めいていした友達どもが、悪戯いたずら半分に、当家の窓口から、ほうり込んだ品があるはず、じつは、拙者の品でござる。それを、頂戴ちょうだいに参ったのだが」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大「いや/\まだ酩酊めいていという程飲みやアせん、貴様は国にも余り親戚みより頼りのないという事を聞いたが、全く左様かえ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
およそ酩酊めいていには、黒い幻覚と白い幻覚とがある。葡萄酒は白い幻覚である。グランテールは勇敢な夢食家であった。
彼らはたちまちのうちに、言論の酩酊めいていから落胆へ落ち込んでいた。彼らは非常に大きな幻影をいだいていた。しかしそれは何にも立脚していない幻影だった。
さける程の大酒なりされども喧嘩口論は勿論何程に酩酊めいていなすとも夢中に成てたふれ或ひは家業を怠惰おこたりしと云事なく只酒を飮をたのしみとしてかせぎ兄を助ける故人々心隔こゝろおきなく半四郎を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自己欺瞞ぎまん酩酊めいていとに過ごそうとするのか? のろわれた卑怯者ひきょうものめ! その間をなんじみじめな理性をたのんで自惚うぬぼれ返っているつもりか? 傲慢ごうまんな身のほど知らずめ! 噴嚏くしゃみ一つ
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
自分の恣意しいによってもう直ぐ一個の生命が絶たれることを思った時、宇治は戦慄に似た快感が胸にのぼって来るのを感じた。その快感も明かに一時的な酩酊めいていにたすけられている。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
二軒も梯子はしごで飲み歩いて、無事に屋敷へ帰ったかもわからないような大酩酊めいていの人もいた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
金円調達のため瓜生野うりゅうの村に赴き、やがてその用事も済み、焼酎の馳走ちそう酩酊めいていして己の村へ帰る途中、光村がきつねに誘われてやぶの中に入り、その挙動の怪しかりし顛末てんまつを記してあった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
宗教は往々人を酩酊めいていさせ官能と理性を麻痺まひさせる点で酒に似ている。そうして、コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察どうさつと認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは立商売を始めてから四週日の金曜日のよいだったが、坂の上の方から折鞄おりかばんを小脇に抱えた紳士が、少しく酩酊めいていの気味でふらふらした足取で、こっちへ近づくのが何故か目に停った。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
酩酊めいていした連中はげらげら笑いながら、そのそばに立ち止まると、口から出まかせに猥褻わいせつな冗談を言い始めた。と、突然一人の若い紳士が、まるでお話にもならぬ奇矯ききょうな問題を考えついた。
こういう酩酊めいてい為方しかたいなあ、と思いかけていましたが、便所に立ったとらさんが帰って来て、「オイ表に出てみろよ、大変な貼出はりだしが出ているぜ、ハッハッハ」と豪傑ごうけつ笑いをするので
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
追いつめられてなるにしてもすでに夢に酩酊めいていしているか、いずれかであろうが、男子の多くが最後の瞬間まで生きたい才覚と苦闘する率が多いのに比べて覚悟を決した女子の多くが雑念なく
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
実際、彼らがもし分別心を失うくらいにまで酩酊めいていしていなかったなら、自分たちのいる場所の恐ろしさのために、よろめく足取りも麻痺してしまったに違いない。空気は冷たくて霧深かった。
「いや、戸惑いはいたさぬ、御簾の間を所望で来た身じゃ、酩酊めいていはしたが待ち人が遅い——ああ酔った、酔った、こんな酔ったことは珍しい、生れて以来だ、まさに前後も知らぬ泥酔状態だわい」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)