辟易へきえき)” の例文
彼女はメートルの費用のかさむのに少からず辟易へきえきしながら、電気装置をいじるのを楽しみに、しばらくは毎朝こどものように早起した。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが一一(四字不明)どうかは分らないが、皆が皆辟易へきえきしたとも云い切れまい。いや兎角とかく此道ではブレーキが利きにくいものだ。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
其後、この地下道へ、糞尿を流し込んで、寄手をして辟易へきえきせしめたりした。くすのき流の防戦ぶりには信綱以下大いに困却したに相違ない。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たいていはいわしの頭、髪の毛などを小さな串のさきにはさんで、ごくざっとあぶったもので、これを見ると鬼が辟易へきえきして入って来ぬという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この一句を二時間でも三時間でも布衍ふえんして、幼少の時分恩になった記憶をまた新らしく復習させられるのかと思うと、彼は辟易へきえきした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして今彼に対面する者は、彼をただ友人とのみ考へるなら、余りに肉親的な彼の温柔性に辟易へきえきしなければならない破目になるだらう。
夭折した富永太郎 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
ある日偶然上野の精養軒の待合室で初めてJOAKの放送を聞いたが、その拡声器の発する音は実に恐るべき辟易へきえきすべきものであった。
ラジオ雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これがまただいのおめかしとて、當世風たうせいふう廂髮ひさしがみ白粉おしろいをべた/\る。るもの、莫不辟易へきえきせざるなしあにそれ辟易へきえきせざらんとほつするもんや。
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
僕はもちろん辟易へきえきしました。いや、そればかりではありません。ペップやチャックの笑い声を後ろにゲエルの客間を飛び出しました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
年上の女の恐ろしい情熱にはさすがの僕も辟易へきえきする。もともと人妻だった彼女が、良人を捨て、地位を捨てて僕の懐ろに飛び込んだのだ。
魔性の女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
秩父の雲取山から金峰山に行く位の積りで、袈裟丸山から奧白根まで縦走して見ようかと思ったが、この笹ですっかり辟易へきえきしてしまった。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかし、例のおおコレラが流行した時には、江戸っ子もこれには辟易へきえきしたと見えて、小春とも梅川とも名付け親になる者がなかったらしい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
マリユスはその時まで孤独で、習慣と趣味とによって独語と傍白とに傾いていたので、まわりに飛び回ってる青年らにいささか辟易へきえきした。
十年前新妻の愚鈍にあきれてこれを去り七年前には妾の悋気りんき深きに辟易へきえきして手を切ってからこのかたわたしは今にひとりで暮している。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あのきりやうでじやらじやらされては却つて辟易へきえきするかも知れぬが、盛り場に育つてここに年中呼吸して居る女とはどうしても思はれない。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
悉く相手を辟易へきえきさせますが、本人はそれが得意で、自分のやうな才女で人氣者は、廣い江戸にも澤山は無いだらうと思ひ込んでゐる樣子です。
その不潔と粗暴に辟易へきえきして、道化どころではなく、医師に肺浸潤の診断書を書いてもらい、寮から出て、上野桜木町の父の別荘に移りました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女の言葉は嗚咽おえつのために消えた。牛尾大六は辟易へきえきし、ぐあい悪そうに後退し、そこでなんとなくおじぎをして、ひらりと外へ去っていった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
広巳は円木棒をって松山におどりかかった。松山はそのいきおい辟易へきえきして後すさりした。半ちゃんは半身を起しただけであった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
船客たちは船の動揺に辟易へきえきして自分の船室に閉じこもるのが多かったので、サルンががら明きになっているのを幸い、葉子は岡を誘い出して
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
後になって、彼も其の誤算に気付き、時として心服しかねる妻の批評(というより干渉といっていい位、強いもの)に辟易へきえきせねばならなかった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いずこへでもせ向わす。わが騎馬隊は、関東武者のほこり。連戦の疲れはあれ、まだまだ、尊氏ずれに辟易へきえきするようなわが麾下きかではおざらぬよ
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鈍痴漢とんちんかんの、薄鈍うすのろ奴等やつらくすり絲瓜へちまるものか、馬鹿ばかな、輕擧かるはずみな!』ハヾトフと郵便局長いうびんきよくちやうとは、權幕けんまく辟易へきえきして戸口とぐちはう狼狽まご/\く。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
自分はほとんど眼も口もあけられぬ異様な悪臭に辟易へきえきし「臭くてこれじゃ話もなにもできぬ。いま窓を開けてから話す」
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と云へる有様の歴々あり/\と目前に現はれ、しかもせふの位置に立ちて、の言葉を口にしようし、りようをしてつひ辟易へきえきせしめぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
男まさりの女で、しきりに父に向つて論議をいどんで居つたことを記憶する。父もかういふ女には辟易へきえきすると云つてゐた。これが即ち薫子であつただらう。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
威武盛んなる支那帝国も、久々戦いて利あらず、欧羅巴ヨーロッパ洲の兵学に長ずるに辟易へきえきして、終に英吉利国に和親を為せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
先生大いに辟易へきえきして心得ましたとはいったが「どうも我々は金が欲しいものですから」とぐずぐずいって居りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何だか又一日から三十日まで並べるのすこし辟易へきえきですから、乙何日、丙何日、丁何日として頂きます。おや、甲があるわ、九時半ごろが三つあります。
深夜両親の寝室で時々煌々こうこうと電燈がともったり、螢光燈ランプが輝いたりするのに辟易へきえきしているという意味であろうことは、推測するにかたくなかった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
費用のためではないが——メルキオルは入費なんかに辟易へきえきする男ではなかった——それだけの時日がなかったからである。彼は比喩ひゆ的な絵に取代えた。
承知で黙っていた次第わけでもないが、実は君の蝙蝠傘には東京駅以来すくなからず辟易へきえきしていたのさ。だって君は田舎漢いなかもののように蝙蝠傘をかつぐ癖があるだろう。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この女の人は平常可愛い猫を飼っていて、私が行くと、抱いていた胸から、いつもそいつを放して寄来すのであるが、いつも私はそれに辟易へきえきするのである。
愛撫 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
私は辟易へきえきして、本当の話なんか書くもんですか、みな嘘ですよと言うと、そりゃそうでしょうね、やはり脚色しないと小説にはならないでしょう、しかし
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
碑文谷ひもんやの畑道をてくてく、あまり道中の長いのに辟易へきえきして途中から引き返したその暑さ、汗の方が滝となり、これがオドロキの滝でございと苦しい思い出。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「ああそうだったのか、随分大きくなったものだね」と言われて這々ほうほうていで逃げ出したが、あの頃は随分生意気な小僧だったことだろうと思いみていささ辟易へきえきした。
この勢いに辟易へきえきして、みな路をあけるばかり……誰ひとりとび出す者はいない。女子供の悲鳴、ごった返す人垣。としの市のなかにたいへんな騒ぎが勃発ぼっぱつした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日本の島崎藤村氏などはトルストイの芸術論を読んで辟易へきえきしたと云って居られるが、辟易の文字は藤村としては面白いが、とにかく辟易しようとも共鳴しようとも
余は大衆作家にあらず (新字新仮名) / 中里介山(著)
もっとも地方のホテルでは外国人がパンの不味まずいのに辟易へきえきしてソーダビスケで済せるという奇談もありますけれども都会のホテルではなかなか料理に気を付けます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
昨日で辟易へきえきした幔幕まんまく、またぞろ行く手をさえぎる、幕の内連が御幕の内にいるのは当然だ、と負け惜みをいいつつ、右に折れ、巉岩ざんがんにて築き上げた怪峰二、三をすぎ、八時
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
流石さすがの乱暴書生もれには辟易へきえきしてとても居られない。夕方湯屋ゆやに行くと着物が臭くって犬が吠えると云うけ。仮令たと真裸体まっぱだかやっても身体からだが臭いといって人にいやがられる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
礼式なるもの、或は恐る之れが為に基督の品格を蔽はんことを、而れども仁をくらふ者は穀を割らざるべからず、其永々しき祈祷に辟易へきえきし、其クド/\しき礼拝に辟易して
だんだんよいが廻るにつれて、猥談わいだんも出るという調子で、あけみも映画人だから、少々の猥談に辟易へきえきするたちでもなく、三人とも心から、春のように笑い興じたものである。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
曰く哀楽は感ず可く、歌ふ可し、然も人は斯多阿ストア学徒の心を以て忍ばざる可からずと。かのひたひつき、物思はしげに、長髪わざとらしき詩人等もこの語には辟易へきえきせしも多かり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
何よりも狂的に乱暴なので、私より先に、親友のはずの彼女がすっかり辟易へきえきしてしまっていた。
殊にそんな婦人の中でも、日本人の男性でも掌の痛さと、気合いの烈しさに辟易へきえきする大鼓を引き受けている人が居ると聞くに到っては、感心を通り越して瞠若どうじゃくの到りである。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「口ほどもねえ奴等だ。さア、われとおもわん者は、来い!」縮毛の大男は、仁王立ちになって、四辺あたりを睨め廻したが、この勢いに辟易へきえきしてか、誰もあとに続くものがない。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
義仲への食事も全く同じものである。義仲ははしをとるとむしゃむしゃ美味うまそうに食い始める。中納言は出された田舎茶椀のきたならしさに辟易へきえきして、とても食う気にはならぬ。
其中先ず第一は「聞怯ききおじ」というので、敵が何万来るとか何十万寄せるとか、或は猛勇で聞えた何某なにがしが向って来るとかいうことを聞いて、其風聞に辟易へきえきして闘う心が無くなり
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
W君の場合にしろ要するに完全な私小説を書ききれば医者も文句が言えないわけで、嘉村礒多かむらいそたの小説でも帝大病院へ持って行ったら医者も辟易へきえきして朱筆を投げると思うのである。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)