いやし)” の例文
これ必ずしも意外ならず、いやしくも吾が宮の如く美きを、目あり心あるもののたれかは恋ひざらん。ひとり怪しとも怪きは隆三のこころなるかな
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一方は赤裸々の心事を、赤裸々に発表すれども、他方はいやしくも人に許さず、甚だ一笑一顰いっぴんおしみ、礼儀三千威儀いぎの中に、高く標置す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ソラ、医は仁術なりだろう、いやしくも仁術を看板として、人道問題を耳にしながら、それを聞き流していられると思うか、しっかりしろ
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何故そんなら、隠れてやつて来て、また隠れて行くやうな、男らしくない真似を為るんだらう。いやしくも君、堂々たる代議士の候補者だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「それはいかん。そんな意気地のないことじゃ駄目だ。いやしくも軍人たるものが、プル/\、軍服をじて何うする? プル/\」
母校復興 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いやしくも我国民の元気を養い、その独立精神を発達し、これを以てこれがしょうに当るに非らざれば、帝国の独立、誠に期し難し(謹聴々々)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
もぐりの流行神はやりがみなららぬこと、いやしくもただしいかみとしてんな祈願きがんみみかたむけるものは絶対ぜったいいとおもえばよろしいかとぞんじます。
愛想あいそきたけだものだな、おのれいやしくも諸生を教へる松川の妹でありながら、十二にもなつて何の事だ、うしたらまたそんなに学校がいやなのだ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
この六疊はいやしくも佐多田無道軒の城廓じやうくわくだ、中が見たかつたら、寺社の御係りを呼んで來い。町方の不淨ふじやう役人などが入ると、唯は置かないぞツ
告白文学などゝいふ字は一体誰が言ひ始めたのか知らないが、いやしくも芸術であつてそして告白と言ふことがあるであらうか。
批評的精神を難ず (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
然れどもいやしくも円満なる終極の天地を念々ねん/\して吾人の理想となし得る限りは、「平和」の揺籠ゆりかご遂に再び吾人を閑眠せしむる事ある可きを信ず。
「平和」発行之辞 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
いやしくも法律の執行官たるものが、こんな無責任なだらしのない事でどうする……と自分で自分の心を睨み付けながらそろそろと歩度を緩めた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
成「なに……これは怪しからん事を云う、失敬な……車夫とは何んだ、いやしくも官職を帯びてる者を……大方人違いだろう」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
若し医家の用語を借りれば、いやしくも文芸を講ずるには臨床的でなければならぬはずである。しかも彼等はいまかつて人生の脈搏みゃくはくに触れたことはない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いやしくも田舎を取材にするなら、小作人の立場になって、階級意識の上に書かれた芸術でないかぎりは、所詮、ブルジョア文学たることを免れない如く
街を行くまゝに感ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
いやしくも、本当に小説家になろうとする者は、すべから隠忍自重いんにんじちょうして、よく頭を養い、よく眼をこやし、満を持して放たないという覚悟がなければならない。
恒産なくして恒心あるは、ただ士のみくするをす。民のごときはすなわち恒産なくんば因って恒心なし。いやしくも恒心なくんば、放辟ほうへき邪侈じゃしさざるところなし。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
小説「黒潮こくちょう」の巻頭辞かんとうじを見て、いやしくも兄たる者に対して、甚無礼ぶれい詰問きつもんの手紙をよこした。君自身兄であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雑録でも短篇でも小説でも乃至ないしは俳句漢詩和歌でも、いやしくも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないにきまっている。
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又飜つて小説を見るに、いやしくも小説の名を下し得べき小説は如何いかなるものと雖も、こと/″\く人物の意思と気質とに出づる行為、及び其結果より成立せざるはなし。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
唐宋諸賢ノ集中往往ニシテ粗笨そほん冗長ナルガ如キ者アリトイヘドモ、ソノ実ハ句鍛ヘ字錬リ一語モいやしクセズ。故ニ長篇ニ至ツテハすなわち北征南山長恨琵琶びわノ数首ノミ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それにはいやしくも想像力にうぶな、原始的な性能をし、新しい活動の強みを与えるような偶然の機会があったら、それを善用しなくてはならないと云うのである。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
謬妄哲理の彼等が歸納説に及ばざるは、その謬妄なるためにて、いやしくも近世の哲學統といはれむ程のものは、ダルヰン、ハツクスレエが説をも容れざるべからず。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
僕の主義は僕が社會に懇々こん/\主張したくらゐで、いやしくも自分が努力してゐると思つたことなら、そこに必らず實行が添つてゐる。成功、不成功は問ふところでない。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
然し何うも、郡視学も郡視学ではありませんか? ××さんにそんな莫迦な事のあらう筈のない事は、いやしくも瘋癲ばか白痴きちがひでない限り、何人なにびとの目も一致するところです。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いやしくも敵の総大将の胴にまっているものである点、斯くの如く優美で、繊細で、気品に充ちている点などは、年齢が多少けていると云う短所を補ってあまりがある。
けれども、いやしくも外国文を翻訳しようとするからには、必ずやその文調をも移さねばならぬと、これが自分が翻訳をするについて、先ず形の上の標準とした一つであった。
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
若しその青年がいやしくも男であるなら、あなたの家系などは、爪のあかほども氣にかけないでせう。ロウズさん、わしは請合つて言ふが、彼が愛してゐるのはあなたその人ぢや。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
併し此瑣事さじが僕の心の安寧と均衡とを奪ふのである。いやしくも威厳を保つて行かうとする人間の棄て難い安寧と均衡とが奪はれるのである。頃日このごろ僕は一人の卑しい男に邂逅かいこうした。
いやしくも狂愚にあらざる以上、何人も永遠・無窮に生きたいとは言わぬ、而も死ぬなら天寿を全くして死にたいというのが、万人の望みであろう、一応は無理ならぬことである。
死生 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
いやしくも野球趣味を解する者は尽く刮目して、帰来慶応に対し、如何に巧妙なる策戦を為すであらうと、丗八年秋を期して決行せらる可き、三回競技の一日も早からん事を待ち望んだ。
がそれでも上に媚びて給料の一円もあげて貰いたいと女々めめしく勝手口から泣き込んで歎願に及んだ事は一度も無く、そんな事はいやしくも男子のする事では無いと一度も落胆はしなかった。
ないがしろに致す仕方しかた不屆至極ふとゞきしごくなりとしかり玉へば越前守には少しも恐るゝ色なく全く越前自己の了簡れうけんを立んとて御重役をないがしろに致すべきや此吟味の儀は御法にそむき候とはいやしくも越前御役を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼はいやしくも深井と自分とを対等に置いて考えることを恥辱だと考えた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
およそいかなる物でも物として表裏ひょうりなきものはあるまい。いかにうすき平面にてもいやしくも実物である以上は必ず表と裏とがある。表裏なき表面は、ただ幾何学きかがく上に現れた理想的の形たるにとどまる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いやしくも国家のために犠牲を払はれた同胞の一人に対して、そんな待遇はできません。さあ、どうか……。それとも、おからだに、どこか御不自由なところがおありですか。靴をお脱がせしませうか。
運を主義にまかす男 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
大体イギリスは伝統を重んじ、格式を矢釜やかましくいう国でして、服装なぞ非常にうるさいのです。いやしくも紳士淑女たるものは午前と午後と夕方と夜と、一日に四回着る着物がちゃんと決っているのです。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
たとえ悪魔ではあり、夜叉やしゃではあろうとも、いやしくも人間の形をしている以上は、人間の権威のために、これを見殺しにはできまい。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
世襲制においては、養子は実に欠くべからざるものなり、いやしくも相続者なくんば、家名断絶、遺族離散の恐れなくんばあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
故にいやしくも粋を立抜かんとせば、文里がなびかぬ者を遂に靡かす迄に心をひそかに用ひて、而して靡きたる後に身を引くを以て最好の粋想とすべし。
勿論もちろんその人はその人自身はげしい性欲を持っている余り、いやしくもちゃんと知っている以上、行わずにすませられるはずはないと確信している為であろう。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いやしくもその緩と急とをえらばず、その順序を失するあらば、一身の細事お且つ挙らず、況んや天下大事の一たる子弟教育の事に於てをや(謹聴々々)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
唯それだけの事に失望して了つて、その失望の為に、いやしくも男と生れた一生をなげうたうと云ふのだ。人たるのかひ何処どこに在る、人たる道はどうしたのか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かういふ捉へられた頭で、また何事をも知らない頭で、いやしくも芸術の批評をしやうとするのは、あらゆる文学史を無視したものと言はなければならない。
エンジンの響 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「私、橋本さんの方からお断りして戴くのなら、厭でございますわ。いやしくも断られたかたなんか相手に致しません」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
はたけのもの、あぜに立つはんの木、かえるの声、鳥の音、いやしくも彼の郷土に存在する自然なら、一点一画の微に至る迄ことごとく其地方の特色をそなえて叙述の筆に上っている。
私は近いうちにこの第六感が活躍する実例を種類別にして、纏めて、「第六感」と題する書物にして出版するつもりだから、いやしくも探偵事件に興味を持つ人々は
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手の裏をかえすようなものです……いやしくも自己の利益に成るような事なら、何でもります……自分が手柄をした時に、そいつを誇ること、ひとの功名をねたむこと
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いやしくも未来みらい有無うむ賭博かけものにするのである。相撲取草すまうとりぐさくびぴきなぞでは神聖しんせいそこなふことおびたゞしい。けば山奥やまおく天然てんねん双六盤すごろくばんがある。仙境せんきやうきよくかこまう。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それが済めば、いやしくも病人不具者でない限り、男といふ男は一同泊掛とまりがけ東嶽ひがしだけに萩刈に行くので、娘共の心が訳もなくがつかりして、一年中の無聊を感ずるのは此時である。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)