ふなべり)” の例文
それ以外の兵や、遅れた宮人たちも、黄河の水に跳びこんで、共に逃げ渡ろうと、水中からふなべりへ幾人もの手が必死にしがみついたが
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トニーは、ふなべりをたたいて、そうさけびました。船は、向きをかえると、出るだけ一ぱいの力を出して、くらい海面をいそぎました。
豆潜水艇の行方 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その本流と付知つけち川との合流点を右折して、その支流一名みどり川を遡航そこうするふなべりに、早くも照り映ったのはじつにその深潭しんたん藍碧らんぺきであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ふなべりにかけた腕も、投げる脚、折り立てた膝も、すべて白飛白が身に叶ふ如くさつぱりと、皮帯のきりゝとした如く凜として居る。
雪の島:熊本利平氏に寄す (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
然るを船は悠然として、が実現すべからざる欲望には何の関係もなく、左右のふなべりに海峡の水を蹴つて、遠く沖合に進み出た。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
兄妹きょうだいふなべりにつかまって、その海月の薄青い光りが、水の底深く深く、とうとう見えなくなってしまうまで見送っておりました。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
二人の漁夫は大竿おおざおを風上になったふなべりから二本突き出して、動かないように結びつける。船の顛覆てんぷくを少しなりとも防ごうためだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その反動でユラリとなつた小舟の中には、ふなべりにかけた提灯が一つ、淋しくまたゝいて、空つぽになつた船の中を照して居ります。
「私たちは一度心中の相談をしたことがあったのさ。なにしろふなべり一つまたげば事が済むことなのだから、ちょっと危かった」
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
音楽の間にドドドウとふなべりを打つ重い濤音とともに、ギギギと船全体を軋ませ、ぐうっと右にロールした。踊り手達は華奢きゃしゃな靴の踵の上で辷った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ふなべりも夜光虫で彩られている。金五郎の吸う煙草の火だけが赤い。親子を乗せた伝馬船は、埋立の工場地帯を左に見ながら、次第に、港外へ出て行く。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ふなべりに触れてつぶやくやうに動揺する波の音、是方こちらで思つたやうに聞える眠たい櫓のひゞき——あゝ静かな水の上だ。荒寥くわうれうとした岸の楊柳やなぎもところ/″\。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
雫に浜も美しい……小雪さんの裾を長く曳いた姿が、頭髪かみから濡れてしおしおとふなべりに腰を掛けました。あの、白いとも、蒼いとも玉のように澄んだ顔。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふなべりのすれあう音ようやく止んで船は中流に出でたり。水害の名残なごり棒堤ぼうづつみにしるく砂利に埋るゝあしもあわれなり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これは大僧正クランマーである。青き頭巾ずきん眉深まぶかかぶり空色の絹の下にくさ帷子かたびらをつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈えしゃくもなくふなべりから飛びあがる。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午後になって遥かなふなべりの前方に、虹のように見事な潮を吹き続ける鯨群をみつけると、今まで無方針を押通した東屋氏の態度がガラリと変って、不意に隼丸は
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
が、咄嗟とっさな場合、二人は下帯を脱して、櫂を両方のふなべりしばり付けた。が、半町と漕がないうちに、弱い木綿は、櫂と舷との強い摩擦のためにり切れてしまった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふなべりによれば、しぶきを立てる大波のうねり、船尾に帯をのべる夜光虫の燐光りんこう、目を上ぐれば、眉を圧して迫る三浦みうら半島の巨大なる黒影、明滅する漁村の燈火、そして
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
安斉先生は昼ごろまで辛抱しんぼうしていたが、とうとう小用がしたいといいだした。富田さんが『かまいません。舟の中は無礼講ぶれいこうですから、船頭のようにこのふなべりからなさい』
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それが互に膝をつき合せておよそまん中どころにうづくまつたが、何分舟が小さいので、窮屈な事おびただしい。そこへ又人が多すぎたせゐか、ともすれば、ふなべりが水にひたりさうになる。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それから間もなく為吉は再び浜へ下りてきました。入江には小さな漁舟が五六そうふなべりを接してつながれていました。かすかななみが船腹をぴたぴたと言わせていました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
そんな折には彼女はいつも海水着の上に大きなタオルをまとったまま、る時はともに腰かけ、或る時はふなべりまくらに青空を仰いで誰にはばかることもなく、その得意のナポリの船唄ふなうた
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
舟のへさきの方を見ると折よくモリがあつたので、これを右手に奮ひつてふなべりに足をかけ、鱶の頭へとおして手綱をともにかけ、そのまま発動機を鳴らして港へ帰つて来たのである。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
この船は三本マストの帆前船ほまえせんにて、そのふなべりは青く錆びたる銅をもって張られ、一見してよほど古き船と知らる、船長はアフリカ人にて、色は赤銅しゃくどうのごとく、眼は怪星のごとく
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ともを擦り、ふなべりを並べる、その数は幾百艘。ほばしらは押並び押重なって遠くから見ると林のよう。出る船、入る船、積荷、荷揚げ。沖仲仕がわたり板を渡っておさのように船と陸とを往来ゆききする。
今太郎君は厚い丈夫な潜水服を着て、まん丸い、ボールのやうな潜水かぶとをかぶり、足には何キログラムといふ重い鉛の底のついたくつをはき、お父さんと一緒に、ふなべり梯子はしごを下りて、海へ潜りました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
半島のわがふなべりの上に投げ落すものは
なぜなら、そのとき三人の眼が、もしも、うしろがわのふなべりにそそがれていたなら、かれらはきっとその場にとびあがったかもしれない。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへ仁木義長とこう師直もろなおも、ふなべりを接している隣の船からはいって来て、同じような焦躁しょうそうをおもてに持ち、尊氏へむかって言った。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隅田の水はまだ濁らず悪臭も放たず清く澄んでいたので渡船わたしぶねで河を越す人の中には、ふなべりから河水で手を洗うものさえあった。
向島 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
残る四人の心も君と変わりはないと見えて、険しい困苦と戦いながら、四人とも君のいるふなべりのほうへ集まって来た。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
だぶりだぶりふなべりさ打つ波も船も、黄色だよ。それでな、あねさん、金色になって光るなら、かねの船で大丈夫というもんだが、あやかしだからそうは行かねえ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は船窓を開けて、つぶやくような波の音を聞いたり、ふなべりにあたる水を眺めたりして行った。この川船は白いペンキで塗って、赤い二本の筋をあらわしてある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
続いて、私たちの屋形船は屏風岩の岩壁にひたひたとふなべりを寄せた。朝鮮金剛のしょう以上の大観である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
敏捷に、ロープをよじ登って、欄干に達すると、ひらりと、ふなべりをおどりこえて、甲板に消えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
血だらけの櫓柄ろづかを洗って、へそに引っかけると水舟のまま漕ぎ戻して、そこいらのブクブク連中をアラカタふなべりの周囲に取付かせてしまったので、とりあえずホッとしたもんだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「メリケン人! メリケン人!」重輔は、小舟のふなべりに、足をかけながら、大声に叫んだ。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と云ふのは、最初、土手を下りて、あぶなつかしいくひを力に、やつと舟へ乗つたと思ふと、足のふみどころが悪かつたので、ふなべりが水をあほると同時に、大きく一つぐらりとゆれる。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
女は一度沈んで浮かんだところを、橋の下にやつて來た月見船がぎ寄せ、何をあわてたかかいを振上げましたが、氣が付いたと見えて、水の中の平次と力をあはせ、身投女をふなべりに引揚げました。
大貫上等兵はふなべりから身体を乗りだして
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
見送りの人影は、てんでに、口へ手をかざして、彼に餞別せんべつの「ことば」を送った。トム公も、ふなべりへのり出して、口へ手をかざした。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の三つのトランクを軽々と担いで、ふなべりを越えて、花園へ下りようとするから、船員がおどろいて博士のそばへ飛んでいった。
その結果夜暗くなつてから船宿の桟橋へ船を着け、宿の亭主がふなべりの大破損に気のつかない中一同一目散いちもくさんに逃げ出すがよからうといふ事になつた。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
をんなざうどう仰向あふむけに、かたふなべりにかゝつて、黒髪くろかみあしはさまり、したからすそけて、薄衣うすぎぬごとかすみなびけば、かぜもなしにやはらかな葉摺はずれのおとがそよら/\。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
川舟は風変りな屋形造りで、窓を附け、ふなべりから下を白く化粧して赤い二本筋を横に表してある。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
どの舟にも、ふなべりに竹の櫓が組まれてあって、それに、ずらりと美しい燈籠提灯が吊られる。盂蘭盆会うらぼんえのための提灯なので、どれにも、戒名が書いてあり、紋章が入っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
日覆の外の海は、日の暮と共に風が出たらしい。ふなべりをうつ浪の音が、まるで油を揺るやうに、重苦しく聞えて来る。その音と共に、日覆をはためかすのは大方蝙蝠かうもりの羽音であらう。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
というかと思われる声ともつかない一種の奇怪な響きが、ふなべりをめぐって叫ばれていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのうちに機械の音がピッタリと止まったから、さてはここから初めるのかな……と思って立上ると、飲んでいる連中も気が附いたと見えて、我勝ちに上甲板や下甲板のふなべり雪崩なだれかかって来た。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女は一度沈んで浮んだところを、橋の下にもやって来た月見船がぎ寄せ、何をあわてたかかいを振上げましたが、気が付いたとみえて、水の中の平次と力を併せ、身投げ女を、ふなべりに引揚げました。