みよし)” の例文
時化で舵を折ったときは、みよしのほうへともづなを長く垂れ流し、船を逆にして乗るのが法で、そうしなければ船がひっくりかえってしまう。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
船の中の座配ざくばりはみよしに私が坐つて、右に娘、その次が喜三郎、次に幇間ほうかんの善吉で、その次が勘太、左は出石いづしさんに女共が續きました。
「なに、船隊が見える?」と、諸大将、旗本たちは、総立ちとなって、船櫓ふなやぐらへ登るもあり、みよしへ向って駈け出して行くものもあった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いちばん間近のミシシッピー船へ向けたみよしはくるくる回って、舳の前へ下田の村の灯火ともしびが現れたり、柿崎の浜の森が現れたりした。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
水しやくひの娘は、いた玉子たまごを包みあへぬ、あせた緋金巾ひがなきん掻合かきあわせて、が赤いうおくわへたやうに、みよしにとぼんととまつて薄黒い。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
五十間も隔たる向河岸ながら、手に取るように其独言つぶやきが響くと間もなく、手桶を置いて片手ながら、反対にみよしの縄をぐっと引いた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ぞ出帆したり追々おひ/\かぜも少し吹出ふきいだ眞帆まほを七分に上てはしらせハヤ四國のなだを廻りおよそ船路ふなぢにて四五十里もはしりしと思ふ頃吉兵衞はふねみよしへ出て四方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その形は、ちょっと『八島』や『千代田』に似ているが、ふなばたが、ひどくふくれて、いかめしい恰好をしている。そしてみよしに、大きい鋼鉄のこぶがある。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
そうしてまた一方、みよしの方に、もう一人いる。それとても別人ではない、昨今、遠方からここへお客に来ている七兵衛というおじさんではないか。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
疲れて居るが十八人力もある山三郎、力に任して船のみよしを取りまして、ずる/\と砂原の処へ引揚げて、松の根形ねがたへすっぱりと繋綱もやいを取りまして
そして、そのみよしの中央には、首のない「ブランデンブルクの荒鷲」が、極風に逆らって翼を拡げているのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
舟はいかだふちをつけたように、底がひらたい。老人を中に、余と那美さんがとも、久一さんと、兄さんが、みよしに座をとった。源兵衛は荷物と共にひとり離れている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のみならずほどなくその姿は、白衣びゃくいの据を長く引いた、女だと云う事まで明らかになった。彼は好奇心に眼を輝かせながら、思わず独木舟のみよしに立ち上った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
むすめは泣きだしたのです、私は心に余裕があれば、何か云ってやったのですが、まだ恐ろしさがかないものですから、そのまま急いで戸を開けてみよしに出たのです
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ハイカラの一等運転手がそのみよしに突立って、高い鼻を上向けながら、お天気を嗅ぐような恰好をしていたが、私が近づいて行く靴音を聞くと、急に振り返って片手を揚げた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船はみよしを垂れるやうにして乗り入れると、遁さじものと、船に添つて大浪の走ること、一反二反と、液体の自由の蜿りが、白蛇のやうに執念くも纒ひつき、逆流する波の速度と
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
分寿々廼家のお神と内箱のおばあさんとで、看板をもった車夫を一人つれて、河縁かわべりを捜しにやって来た時、銀子は桟橋さんばしにもやってある運送船のみよしにある、機関のそばにじっとしゃがんでいた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
葦雀よしきりが鳴きます。町家や工場の眺めに遠ざかるほど沼は広くなって来ます。水鳥のかいつむりがみよしの方に、暢達な水の世界からのご機嫌伺いのように潜っては水面に小さな黒い頭をもたげます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小さい舟の右から左から、ともからもみよしからも、大小の海亀がぞろぞろ這いこんで来る。かれらは僕たちをくらうつもりだろうか。ここらの海亀は蝦や蟹を啖うが、人間を啖ったという話をきかない。
海亀 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああ波切るみよし
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
其船頭そのせんどう悠然いうぜんとして、片手かたてあやつりはじめながら、片手かたてみづとき白鷺しらさぎ一羽いちはひながらりて、みよしまつたのである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして寒風のふくみよしへ出て、きっと鉄の如く、立っていた。船は白波を噛んで進む! 正確に進んでいる! 帆綱はみな張りつめていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「とにかく、さんざん騒いだ揚句無理強いの酒が廻って苦しくてたまらないから、お寿を誘って、お政はみよしへ出たそうです」
細長い、薬研やげんづくりの、グイとみよしのあがった二間船。屈強くっきょうの船頭が三人、足拍子を踏み、声をそろえて漕ぎ立て漕ぎ立て、飛ぶようにしてやって来る。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それは両岸に高く材木を三本組合せて立て、それに藤蔓ふじづるって引張って置き、それに小さな針鉄はりがねの輪をめて、其輪に綱を結んで、田船のみよしに繋いで有るのだ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そして、みよしには、旗を立てたり古風なのぼりを立てたりしている。中にいる人間は、皆酔っているらしい。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
マドロス君がを押して、このおじさんがみよしの方に坐って、そうして、こちらが呼べども知らん面に、造船所の方へ行ってしまったその舟の中で、たしかに見たこのおじさんがあのおじさんです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、その巡査が、なにを見たのかいきなりみよしかがみかかった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そしていま、芦屋ノ浦からそのみよしを再度、赤間ヶ関へかえしている今日は、四月七日。そのかん、たった四十六、七日でしかなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御意ぎよいにござります。みよしえました五位鷺ごゐさぎつばさり、くちばしかぢつかまつりまして、人手ひとでりませずみづうへわたりまする。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
口から泡を吹いて、酔眼をビードロのように据えたまま、野猪のじしのように、艫からみよしへ、舳から艫へと、乱れ騒ぐ人間を掻きわけて飛び廻ります。
すると、伝馬はどうしたのか、急に取舵とりかじをとって、みよしを桜とは反対の山の宿しゅく河岸かしに向けはじめた。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤と白の水先旗をたてた港務部ハアバア・セクションのボイラーのみよしに立ち、頭から潮がえしを浴びながら沖へ出て行くときの川田は簡単明瞭ないいおやじだが、きちんとドレスアップしたりすると
復活祭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
左様なことを知ろう由もない金椎は、まだみよしによって祈っている。
そのまに、見事な舟脚で、サッと、水を切って来た一方の小舟は、いきなり、対手舟あいてぶねの胴なかへ、そのみよしをぶつけるがはやいか
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口から泡を吹いて、醉眼すゐがんをビードロのやうにゑたまゝ、野猪のじしのやうに、ともからみよしへ、舳から艫へと、亂れ騷ぐ人間を掻きわけて飛び廻ります。
前のは白い毛に茶のまだらで、中のは、その全身漆のごときが、長くった尾の先は、みよしかすめてせたのである。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて、舟は桟橋さんばしについた。みよしがとんとくひにあたると、耳の垢とりは、一番に向ふへとび上る。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
みよしで、朝食の支度をしていた餌取えとりの平吉がまっさきに見つけた。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ぎゆくほどに、村の漁師町が望まれてきた。旗亭のみやの旗も見える。橋畔の家々の洗濯物ほしものも見える。みよしはずんずん岸へ寄せていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのみよしに立って若い女が、喉のあたり白々と、焔に追われて危うく岸に立った、伊予守忠弘を見上げているのでした。
横路地から、すぐに見渡さるる、みぎわあしの中にみよしが見え、ともが隠れて、葉越葉末に、船頭の形が穂をそよがして、その船の胴に動いている。が、あの鉄鎚てっついの音を聞け。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは例の甘輝かんきあざなは耳の垢とりで、怪しげな唐装束からしやうぞくに鳥の羽毛はねのついた帽子をかぶりながら、言上ことあげののぼりを肩に、獅子ヶ城のやぐらのぼつたと云ふ形で、みよしの先へ陣どつたのが、船の出た時から
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
小袖をかぶったまま、さぎのように、みよしに屈んでいた男は、振り向いた弾みに、刀のこじりを、かたんと、屋形の角に音をさせて
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と波を打ってとどろく胸に、この停車場は、おおいなる船の甲板の廻るように、みよしを明神の森に向けた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清五郎がそいつでみよしに後ろ向きになっている七平を突き、川の中へ落したんだろう。
僕の父の友人の一人は夜網を打ちに出ていたところ、何かみよしへ上ったのを見ると、甲羅だけでもたらいほどあるすっぽんだったなどと話していた。僕は勿論こういう話を恐らく事実とは思っていない。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「それッ、とまをはねろ!」というと、一人の侍、繋綱もやいを取って舟を引寄せ、あとは各〻めいめい、嵐のように、狭いみよしへ躍り込んだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船のみよしの出たように、もう一座敷かさなって、そこにも三味線さみせんの音がしたが、時々どっと笑う声は、天狗てんぐこだまを返すように、崖下の庭は暮れるものを、いつまでも電燈がつかない。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清五郎がそいつでみよしに後ろ向になつて居る七平を突き、川の中へ落したんだらう。たゞ川の中へ突落した位ぢや、およぎのうまい七平は死なない——七平に寢返りを打たれちや菊次郎も清五郎も首が危ない