“みよし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
舳66.7%
三好9.0%
船首7.2%
三次5.4%
三吉1.8%
船頭0.9%
三善0.9%
水押0.9%
港板0.9%
突桁0.9%
舟首0.9%
舳先0.9%
艏0.9%
艫0.9%
見好0.9%
龍頭0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
船の中の座配(ざくば)りは舳(みよし)に私が坐つて、右に娘、その次が喜三郎、次に幇間(ほうかん)の善吉で、その次が勘太、左は出石(いづし)さんに女共が續きました。
簡単な挨拶が各自の間に行われる間、控目にみんなの後(うしろ)に立っていた彼女は、やがて自分の番が廻って来た時、ただ三好(みよし)さんとしてこの未知の人に紹介された。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岸辺の茶屋の、それならぬ、渚の松の舫船(もやいぶね)。——六蔵は投遣(なげや)りに振った笠を手許(てもと)に引いて、屈腰(かがみごし)に前を透かすと、つい目の前に船首(みよし)が見える。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頼氏では此春杏坪(きやうへい)が邑宰(いふさい)を辞して三次(みよし)を去つた。年は七十五である。「何同老萼黏枝死。好趁乳鳩呼子帰。」杏坪の子は采真舜燾(さいしんしゆんたう)である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
佐世勘兵衛正勝はその儀然るべからずと諫(いさ)めたから、四郎兵衛は左に、五郎兵衛は右に備を立てて対陣し、大筒小筒を打合ったが、四郎兵衛の手の内三吉(みよし)太郎左衛門元高の旗持が弾に中って倒れた。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と雙喜は船頭(みよし)に立って叫んだ。わたしはみよしの方を見ると、前はもう平橋であった。橋の根元に人が一人立っていたがそれは母親であった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
わたしどもは皆船頭(みよし)に立って戦争を見ていたが、その荒事師は決して蜻蛉返りをしなかった。ただ腕を剥き出した男が四五人、逆蜻蛉を打つと皆引込んでしまった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「はて、さきごろも見えられたが、武者所の三善(みよし)殿か、長井殿か」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
植木やさんが水押(みよし)に出てお小用してますと、「チリン」、と一つ来ましたので、旦那が、「おい、お前のに来てるよ」と、仰有る内に、綸をするするするする持ってきますが、植木やさんは
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
永代の橋杭(はしぐい)の処へずッと港板(みよし)が出て何(なん)だか知りませんがそれと云って船頭が島田髷を取って引上げました。
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『やあ、またばかされたぞ、突桁(みよし)が異ふ、あれにや三角帆がついてゐる。うむ、今度もあれ等ぢやねえ。「マリイ・ヂャンヌ」だ。まあいゝさ、なあ、彼奴等もきつとぢきに歸つて來らあ』
そうして釣竿を右と左と八(はち)の字のように振込(ふりこ)んで、舟首(みよし)近く、甲板(かっぱ)のさきの方に亙(わた)っている簪(かんこ)の右の方へ右の竿、左の方へ左の竿をもたせ
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やがて船頭はその離れて動いてゐる綱を引張つて、舳先(みよし)の方に行つて、それをそこに結びつけた。船は急に風を満面(まとも)に受けて孕んだ。船はいくらか傾くぐらゐになつた。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
羽田などの漁夫(りょうし)が東京の川へ来て居るというと、一寸聞くと合点がいかぬ人があるかも知れないが、それは実際の事で、船を見れば羽根田の方のは艏(みよし)の方が高くなって居るから一目で知れる。
夜の隅田川 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
青(あを)い水(みづ)の上(うへ)には、三十石船(さんじつこくぶね)がゆつたりと浮(うか)んで、晴(は)れた冬空(ふゆぞら)の弱(よわ)い日光(につくわう)を、舳(とも)から艫(みよし)へいツぱいに受(う)けてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
紀伊伊都(いと)郡見好(みよし)村大字教良寺(きょうらじ)は、『続風土記』に、村名の起るところは、この名の寺のありしためならんも里人これを伝えずとある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
龍頭(みよし)にかゝる九曜星(すまるぼし)
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)