おのずか)” の例文
元義に万葉の講義を請ひしに元義は人丸ひとまろ太子たいし追悼の長歌を幾度も朗詠して、歌は幾度も読めばおのずから分るものなり、といひきといふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかしわれわれは人の家をうた時、座敷のとこにその家伝来の書画を見れば何となく奥床おくゆかしくおのずから主人に対して敬意を深くする。
『町人とは申せ、許しがたい。きっと、首謀者があろう。こういう時には、そいつらを五六名引っくくってしまえばおのずから鎮まるものだ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
斯く云わば此記録の何たるやはおのずから明かならん、は罪人を探り之を追い之と闘い之に勝ち之に敗られなどしたる探偵の実話の一なり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それがまたおのずからなまるみを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から、眼の先の寝床の上まで、大きな鍾乳石しょうにゅうせきのように垂れ下っている。
女体 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おのずから南は人口も多く、町々も多くまた繁昌はんじょうきたしました。しかしどういうものか、それに比べ手仕事が特にゆたかだとは申されません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そうやないねん、僕の云うのんは、ああ云う風な引っ込み思案の、電話も満足によう懸けんような女性にも亦おのずからなるよさがある。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
詭弁きべんだ!」と卜伝は刎ね返した。「それら諸侯は乱世の華、また戦は自衛の道、私利私慾とはおのずかちがう! 何を云うか、人非人奴!」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
隣邦の人よ、しばし待て、なんじに無礼するものはおのずから亡ぶというので、このことを無遠慮に詠じている。我輩はこれを読んで非常に驚いた。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
八畳敷の座敷を我が居室と定めてその中に悠々自適するの覚悟があればその人はおのずから幸福を感じ得られますが八畳では狭い十畳にしたい
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
成算おのずから胸に在るものと見えて、強敵勝家を前にして、そのまま他の戦場に馳せ向ったわけである。つまり誘いの隙を見せたわけである。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もしある国において、二、三年まとめての埋葬の記録簿を手に入れ得るならば、疫病ペストや致命的伝染病は常におのずからわかるであろう。
これでもまだ抽象的でよくお分りにならないかも知れませんが、もう少し進めば私の意味はおのずか明暸めいりょうになるだろうと信じます。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それわが国いにしえより教あり、天然の教という。その法、人をしておのずか本然ほんぜんの性にかえらしむるものにして、すなわち誠心の一なり。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
しかもぐずり御免のその御手形が、先の征夷大将軍家光公、お自ら認めて与えたお墨付たるに於ては、ことおのずから痛快事たるを免れないのです。
佐世も心にかかり候。来原、中村余り周布風を学び大人振り、後進を導くことあたわざるがうれいなり。中谷はおのずから妙、山口にて一世界をなせかし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
大王の一言いちごんもって動かすべからず、実に私はこの一言を得て心の底から悦びその歓喜の情はおのずから満面に溢れたかと思います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれども、作者の愛着は、またおのずから別のものらしく、私は時折、その甘ったるい創作集を、こっそり机上に開いて読んでいる事もあるのである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それに横わると、ほとんどすべての抵抗がとれて、肉体のきずも魂のうずきおのずから少しずついやされてゆく椅子——そのような椅子を彼は夢想するのだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
技術があるところまで練達しますと、技巧がおのずから精神的になって来る。従って図らずも思いがけない結果をあらわして来る。
男たちに言いつけて、畳にしがみつき、柱にかきすが古婆ふるばばつかみ出させた。そうした威高さは、さすがにおのずから備っていた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そこに安心のほぞを定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とはおのずからその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない。
すなわち彼の艱難なやみはその極に達したのである。ために洪水の如き悲痛が彼の心を満たすに至り、それがおのずから発して第三章の哀語となったのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この稚志の句は武蔵野の如き平野の光景であるかどうか、それはわからないが、おのずからその間に趣の相通ずるものがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
おのずから興味を惹かれる時、既に昔に起っている事実を持ち来って、現代のその事件に当篏あてはめようとする所に、歴史小説の面白さがあるのだと云えよう。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
家を離るるときはその教則、風習なるの地といえども、擾乱誘惑の害なきあたわず。かつ良師良友といえども、その情その父母の訓育とはおのずか径庭けいていあり。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
「二十二貫あるそうですよ。立派でしょう? う見たって、社長は矢っ張り社長です。おのずかうつわが備っています」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
迷惑はかくしても匿し切れない、おのずか顔色がんしょくに現われている。モジ付く文三の光景ようすを視て昇は早くもそれと悟ッたか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ただし後に至って、価値尺度財である商品の生産費は、自由競争の制度の下においては、おのずから1に等しくなろうとするものであることを示す機会があろう。
私はここからしておのずから真実在というものが如何にして我々に求められるかという哲学的方法が出て来ると思う。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
目読もくどくの興を以て耳聞のたのしみに換ゆ、然り而して親しく談話を聞くと坐ら筆記を読むと、おのずから写真を見ると実物に対するの違い有ればやゝ隔靴掻痒かっかそうようかん無きにあらず
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
がそれよりも私の驚いたのは可愛い顔をしているくせに少年の口吻くちぶりがなんとなく、一家の見識を備えて、威厳おのずから備わるあるものをほとばしらせていることであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
枝葉の事を弥聒やかましくいわれるよりは、いまわしい離婚沙汰などをいださぬように今の教育を根本から改めて、おのずから夫婦相和して行かれる完全な人格を作る事を心掛け
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかし養父のその考えが、段々分明はっきりして来たとき、お島の心は、おのずから生みの親の家の方へいていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と茶をみながら四方山よもやまの話を致して居りますも、おのずから経済法が正しく、倹約の道にかなって居りまする。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
秀才は自分で長山ちょうざんの張という者であるといった。秀才はその時詩を作って贈別してくれた。その詩の中に、「花有り酒有り春つねに在り。月無し無し夜おのずから明らか」
考城隍 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
大将「いいや、今わしは神のみ力を受けて新らしい体操を発明したじゃ。それは名づけて生産体操となすべきじゃ。従来の不生産式体操とおのずかせんを異にするじゃ。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
使ってないから蛔虫かいちゅうの憂いがない。第三に君は八百屋に行く手数がはぶけたじゃないか。理由が三つもあれば、値段もおのずから三倍ぐらいになるのは当然じゃなかろうか
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
この知的な、論理的な、或は哲学的な物の考え方が、形の美しさに溺れる人とはおのずから差異のあるべきで、甘美のものをしばしば犠牲にすることがないとは言えない。
汗出でて厚く着重ねたる木綿ぎものは汗にて流るるが如きに至るを以て、おのずから臭気を発して、一種の不快を覚ゆると其くるしさとにて、一日いちじつには僅に三四時間の労働に当るのみ。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
倭名鈔わみょうしょう』の海髑子かいとくしの条などは、明らかに書巻の知識であって、もし酒中に毒あるときは、おのずから割れ砕けて人を警戒するとあり、まだどういうの果実なりとも知らず
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
イヤ決して金持ではない、マア幾らか日本の政府の用をして居る、用をして居ればおのずからその報酬とうものがあるから衣食の道に差支さしつかえはないものだと、う私は答えた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
Aの問題はおのずから友人である私の態度を要求しました。私は当初彼を冷そうとさえ思いました。少くとも私が彼の心を熱しさせてゆく存在であることを避けようと努めました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
おのずからジーンとさしぐまれてくるものがあった。修羅場ひらばの真似をして石の狐の片耳落としたあの少年の日ののどけさが、ゆくりなくもいまここにうれしく蘇ってきたのだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
俳句は言葉が極端に短いばかりでなく、季題という重大な性質を持っているから、これに盛る内容にはおのずから限界がある。何を好んで俳句に難きを求めようとするのであろうか。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
僕は批評と云わず、さくと云わず、セルフのないものはつまらないと思う。ただ単にうまいと思って読むものと、心の底から感動させられるものとはおのずからそこに非常な相違があると思う。
動く絵と新しき夢幻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これは園長の身体をはこんで行った経路をおのずから語っていることになりはしないであろうか。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はおのずから敵の目標となった。角面堡かくめんほうの上から半身以上を乗り出していた。感情を奔放さした吝嗇家りんしょくかほど激しい浪費をなすものはなく、夢想家ほど実行において恐ろしいものはない。
おのずから若い女性達は、自分が若い娘であるという一つの有利な条件を、自分で知ってか知らずかそれを愛嬌として使って、何となしに物をせしめるというような結果にもなるわけです。
美しく豊な生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかしながら人の胸中の人物というものは、胸中の人物として別におのずから成り立って居るものでありまして、胸中の人物であるから世に全く無いものであるという訳にはまいりません。