あご)” の例文
またある日、このガスを空気ポンプでくと、静に蒸発した。翌日同じ事をやると、今度は爆発し、傍にいたデビーもあごに負傷した。
鼻の外見的な恰好は純然たる希臘ギリシヤ型で、頬からあごへかけての抛物線パラボラと、小さな薄い唇が、ハッキリと波打っている恰好を見ますると
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ペエテルは腰を掛けてしまふと、一声うなつて、それからあごで辞儀をする。右の人も左の人も、辞儀が伝染したやうに、器械的に頷く。
老人 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
しかも、もりで撃った生々しい裂傷さききずの、肉のはぜて、真向まっこうあごひれの下から、たらたらと流るる鮮血なまちが、雨路あまみちに滴って、草に赤い。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、米友がはじめて鍬の手を休め、腰をのばして、鍬の柄をあごのところへあてがって、まともにお銀様の方に立ち直りました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
みんな血走ちはしツてゐるか、困憊つかれきツた連中れんぢうばかりで、忍諸まご/″\してゐたらあご上がらうといふもんだから、各自てん/″\油斷ゆだんも何もありやしない。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
絶えずよだれが垂れるので、畳んだ手拭であごを拭いている。顔位の狭い面積の処で、一部を強く引っ張れば、全体の形が変って来る。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一服やっていた助七は、瀑から左手の崖へとあごでしゃくって、あこを登るのだと答える。途端にホウあこを登るのかと驚嘆の声が洩れた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
長い武家の奉公を忍び、あごで使われる器械のような生活に屈伏して来たほどのものは、一人ひとりとして新時代の楽しかれと願わぬはなかろう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、男は矢庭に女の両手をひっつかんで真直に引きおろし、血走った眼を据えあごをぐっと引きしめて、何処までも追及した。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放り出して、四五日目になる、ざらざらしたあごを、気味わるそうにで廻した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大層遅かったではないか、と云いつつ背面うしろへ廻って羽織を脱がせ、立ちながらあごに手伝わせての袖畳み小早く室隅すみの方にそのままさし置き
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
声も年頃も、劉備と幾つも違うまいと思われたが、偉丈夫は、髪からあごまで、隙間もないように艶々しい髯をたくわえていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
カチーリとはずれで駈けて突くはずみに通り掛りの人のあごをポンと突きましたが、痛いもので、年始廻りの供の帰りが、首に大きな風呂敷を掛け
その蒼ざめたあごの下に黒くなめらかに光るうろこのようなものが見えたので、蚊帳の外から気味悪そうに覗いていた源次は、思わず顔をあとへ引いた。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ肉が肥えてあごにやわらかい段を立たせ、眉が美事みごとで自然に顔を引き立たせたのでやや見どころがあるように見える。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
嘉代吉は若い男を振りかえって「あねそら(上)へ行けやい」とあごで指図しながら、杖をコツンと石について考えている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
義男はさも命令の力を顏の筋肉にでも集めてるやうに、「出せ」と云ふ意味を示すやうなあごの突き出しかたをすると、その儘其所に突つ立つてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
流して頼みけれども女房お粂ははな會釋あしらひあれも孝行是も孝行と其たびごとに金を貸ては私どものあご干上ひあがる元々神田に居られし時は不自由もなき身代しんだい成しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
マドンナの画額ゑがくの上の輪飾になつてゐるのは玉葱である。懸時計の下に掛けてあるのは、あごき通した二十匹ばかりのにしんで、腹が銅色あかがねいろに光つてゐる。
くくあごをわざと突き出したほど上をき、左の牙歯いときりば上唇うわくちびるんでいるので、高い美しい鼻は高慢らしくも見える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
然ればこそ隅田川上下の流れを横切って十四の箇所を徂徠している数々の渡し船も、それぞれに乗る人の絶えないので船夫のあごも干あがらぬのである。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
妻のお政はすやすやと寝入り、そのそば二歳ふたつになるたすくがその顔を小枕こまくらに押着けて愛らしい手を母のあごの下に遠慮なく突込んでいる。お政の顔色の悪さ。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老人があご指図さしずをすると、女は黙ってうなずきながら丹治の前へその茶碗を持って来た。丹治はちょと俯向うつむいてから急いでその茶碗をりあげて一息に飲んだ。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
頬つぺたの非常にふくらんだ爺いさんで、目は真ん円で、大きいあご二重ふたへになつてゐる。着物は子供のと全く同じ事だから、改めて説明しなくても好からう。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
この女房京女には似ず、先刻来の事にはいつさい無頓着にてあごを襟に埋めたまま何事をか他事を考へゐたり。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
座蒲団を敷いてチョコンと座って「サー官員サン写してもらうぞえ」とあごを突出し、両手を膝の上に重ねた。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
赤紐で白いあごをくゝつてあし編笠あみがさを深目にかぶつた雪子の、長い袖をたを/\と波うたせ、若衆の叩く太鼓に合せて字村あざむらの少女たちに混つて踊つてゐる姿など
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
フェリックスは着布団をあごのところまで掛けて寝ていて、友達ともだちの這入って来たのを見て、合点合点がてんがてんをした。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
(時次郎の方をあごでしゃくり)変な奴が一緒だったら、今頃は、堅くのびた奴が一人出来たろう。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
鼻は低く、口は大きく、あごは二重に見えるので有ったが、如何にも其眼元に愛嬌があふれていた。うして云う事る事、如才無く、総てがきびきびとして気が利いていた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
くゞるべき所やあるとこゝかしこをたづね、つゞをかけたる所にいたり、くゞりいでんとしてこゝに入ればそこあるゆゑ、いでんとするに口にとがりのあごありていづる事あたはず。
えたるあご二重ふたへなるなど、かゝひとさへあるにてれは二心ふたごゝろちてむべきや、ゆめさら二心ふたごゝろたぬまでも良人をつと不足ふそくおもひてむべきや、はかなし、はかなし
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女はだんだん露骨に槇に身體をくつつけて行きながら、彼を上眼でにらんだり、脣をとがらしたり、あごを突き出したりした。さういふ動作はその女に思ひがけない魅力を與へた。
不器用な天使 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
やはり曲馬で見た時のように寝転んで、前足の上にあごを乗せている。夜は最早もう明けた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
嚇かしたので、学士は満足して、一寸あごで会釈をして笑つて帰らうと思つた。ところが、ゴロロボフの方で先きへ会釈をして、愛想好く笑つて、その儘部屋の奥の方へ行つてしまつた。
黒繻子くろじゆすの襟の中へあごを埋めるやうにして、旦那の立つて行くのを見向きもしないでゐたお光は、旦那が直ぐ下駄を穿かずに長火鉢の前へ坐つたらしい氣色けはひを知ると、俄に濟まぬやうな氣がして
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
目のギョロッとした、頬もあごもまるい、毛深く口の周囲にいっぱい髭の生えている男が、小刀を持って、兎の皮を剥いでいる。黒く燻ぶった軒に白い耳の短かい兎は、片足をくくって下げられていた。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
あの綺麗に剃ったあごはどなただろう。
犢鼻褌ふんどしあごにはさむやはじめ 汶村ぶんそん
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
浅田はあごを撫でながら
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
まだ、さほど寒くもないのに黒い襟巻をあごの上まで巻き付けていたせいかも知れない。そうして慌てて果物? の包みを左に持ち換えた。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と言って道庵、あごを撫でながら、太夫さんのすすめてくれた舞台用の緞子どんすの厚い座蒲団ざぶとんの上に、チョコナンとかしこまりました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
娘の被つてゐる帽子の薔薇の花が、腰を掛けてゐるベンチの背中の木彫の天使のあごをくすぐると見えて、天使は微笑ほゝゑんでゐる。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
一体馬面うまづらで顔も胴位あろう、白いひげが針を刻んでなすりつけたように生えている、おとがいといったらへその下に届いて、そのあごとこまで垂下って
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『我輩は君、これでも真面目なんだよ。』と敬之進は、額と言はず、頬と言はず、あごと言はず、両手で自分の顔を撫で廻した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
肉の少ない細面ほそおもてあごの下に、売卜者うらないしゃ見たような疎髯そぜんを垂らしたその姿と、叔父のこの言葉とは、彼にとってほとんど同じものを意味していた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風は峡間にどこからともなくみなぎって来て、樹々の葉は、婆娑婆娑ばさばさ衣摺きぬずれのような音を立てる。峡谷の水分を含んだ冷たい吐息が、ほおあごにかかる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
菊石あばたの顔が長くて、前にしゃくれたあごとがっている。せていて背が高い。しこの男が硬派であったら、僕は到底免れないのであったかと思う。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
銀杏いちょう形の編笠を白の真田さなだあごにむすび、黒の紋服に身軽な行膝袴たっつけばかま草鞋わらじ鉄扇てっせんこしらえまで、すべて真新しい武芸者姿。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)