いか)” の例文
縁伝いにあらい足音が聞えて、十太夫が再びここにあらわれた。それは客来のしらせではなかった。彼は眼をいからせて主人に重ねて訴えた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ブッ失敬な奴だ。」とまなこいからし、「たって入りたくば切符を買え、切符を。一枚五十銭だぞ、汝等うぬらに買える理窟は無いわい。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さっきから見れば、大分落ち付いてはきたが、それでもまだ眼をいからせながら手を突き出している私の剣幕に度胆を抜かれたのであろう。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
今しも三人の若者が眼をいからし、こぶしを固めて、いきほひまうに打つてかゝらうとして居るのを、傍の老人がしきりにこれをさへぎつて居るところであつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
蓋し老人は老をむが故のみ。し少壮なる者ならば、たすけらるるも扶けられざるも与に可、何のいかることか有らん。(老学庵筆記、巻八)
僧は怪しいその顔を見つけたのか眼をいからしてその方をにらんだところであった。と、その顔は消えるように引込んでしまった。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
けたたましい動物のさけびと共にいからしてんで来た青年と、圜冠句履えんかんこうりゆるけつを帯びてった温顔の孔子との間に、問答が始まる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
たちまち雷震して椎子を失うたと見ゆるなど、いずれも俵の底を叩いて、米が出やんだと同じく、心なき器什どうぐも侮らるるといかるてふ訓戒じゃ。
と窩人のおさの、杉右衛門はきっと眼をいからせ、彼の前にずらりと並んでいる五百に余る窩人の群を隅から隅まで睨み廻したが
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
誹謗ひぼうに抗し屈辱に堪え、或はいかり、或はもだえ、或はくやみなどしたとすれば、さしもの父も痩せずにはいなかったであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
併し其の立ち去る風は実に何とも云い様の無い気高い様である、女王のいかるのも此の様な者で有ろうか、夫に引き替えお浦の仕様は何うであろう
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『それぢや何故、家を焼いたり、床の間を削つたりするのか?』と眼をいからせて問うた。此の問ひを待つて居た栄一は
既に恨み、既にいかりし満枝のまなこは、ここに到りて始て泣きぬ。いと有るまじく思掛けざりし貫一はむし可恐おそろしとおもへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女の前夫が死んで、彼女が信州に奔る時、彼女の懐には少からぬ金があった。実家の母がいかったので、彼女は甲府まで帰って来て、其金を還した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たま/\一念迷ひ初め、自ら凡夫となるゆゑに、三毒五欲の情起り、殺生偸盜邪婬、慾惡口兩舌綺語妄語、いかはらだち愚癡我慢、貪り惜みて嫉み妬みだつた……。
ボルネオ ダイヤ (旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
その「源の大将」が青い月のあかりの中でこと更顔を横にまげ眼をいからせて小吉をにらんだように見えました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
自分らの迂濶うかつさや不馴れさやが、この不便と手ちがいをき起すのではない。幾日かの経験で、すっかりそういう結論を得た彼らの眼は、いかりに燃えたって来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
御方のあわただしいめくばせにグッと後の語句をのんで、けわしい二人の雲行きを側からじっとみつめていると、重左は老骨の頑固さを、くわッといからせた眼に現して
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文覚は、かつて伊豆に流されていたころ、頼朝にはじめて面接した時のように、目をいからしてじっと西行を見据えた。その瞳からは、焼けつくような炎がほとばしった。
西行の眼 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
眼をいからし、歯を喰いしばって、右手に大きな手銛を持ってハッシとばかりこちらへ狙いをつけたその船長マスターを見た時に、丸辰がウワアアと異様な声で東屋氏にだきついた。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
残念で、無念で、腹が立って、業が煮えてたまらない神尾主膳は、火のように燃える眼をいからして四方をながめる。その池の中がまた火のように燃えているのを認めました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
御憤はまことにさる事ながら、若人いかり打たずんば何を以てか忍辱にんにくを修めんとも承はり伝へぬ、畏れながら、ながらへて終に住むべき都も無ければ憂き折節に遇ひたまひたるを
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
(尤もこの怪物は脚下に二人の人間を踏まえいたり。)中野君即ち目をいからせて、「貴様は譃をついたな。」と言えば、堂守大いに狼狽し、しきりに「これがある、これがある」と言う。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この時、突如として例の景彦かげひこが現れる。景彦は目をいからしてはいるが、言葉は急に口をいて出てこない。しわがれたような、慎み深いささやきが聞える。それはただの一言である。
田地が銅毒に侵されてからの一家の零落、肉身の離散を老人や婦人が田舎の飾なき言葉で語る。翁は例の大蛇おろちの如き眼球をいからして、『畜生野郎。泥棒野郎』と、破鐘われがねの如くに絶叫した。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
時に本塾の教員小幡仁三郎おばたじんざぶろう(小幡篤次郎の実弟。明治四年亜米利加に遊学中不幸にして同六年彼地に物故。)この事を聞き、走て塾の広間に出て、顔色を変じ目をいからして同窓の諸友に告ていわ
故社員の一言今尚精神 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僧は目をいからして傀儡師の方を見やりて云ふやう。斯くても精進日せじみびなるか。天主に仕ふる日なるか。反省して苦行する日なるか。汝達なんたちがためには、春の初より冬の終迄、日として謝肉祭カルネワレならぬはなし。
その途中、捕り方に加勢してかれのゆく手を遮ろうとした者もあったが、その物すごくいかった顔をみると誰もみな飛びのいてしまった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その後またその家に至り姑に汝のよめは如何と問うと、仕事無精でいかり通しだと答う。そこで前同様に教え食を受けて去った。
一斉に彼のおもてを注視せし風早と蒲田とのまなこは、更に相合うていかれるを、再び彼方あなたに差向けて、いとどきびし打目戍うちまもれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
思わずかっとなって、彼は拳を固め人々を押分けて飛出そうとする。背後うしろから引留める者がある。振切ふりきろうと眼をいからせて後を向く。子若しじゃく子正しせいの二人である。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
此れも同じく馬に跨って、平生の無口に似合わず、眼をいからし声を励まして小勢の部下を叱咜しながら、自ら陣頭に立って目にあまる敵の大軍の中へ突進して行く。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
逸見を囲んでいた門下の連中は、一方には宇津木文之丞を介抱かいほうする、その他の者は刀に手をかけて、眼をいからして竜之助をにらんで、いざといわば飛びかからん気色けしきに見えます。
背をすくめて四足を立て、眼をいからしてうなりたる、口には哀れなる鳩一羽くわえたり。にとて盗みしな。鳩はなかばほふられて、羽の色の純白なるがまだらに血のあとをぞ印したる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
敵対すると思ったのでしょう、犬はうなじの毛を逆立てて、眼をいからせて、いよいよ獰猛どうもうな唸りを立てて、飛びかかって来ます。まだ私は、こんな恐ろしい犬を見たことがありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
浄瑠璃の行われる西の人だったから、主人は偶然ぐうぜんに用いた語り物の言葉を用いたのだが、同じく西の人で、これを知っていたところの真率で善良で忠誠な細君はカッとなっていかった。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
身には殆ど断々きれ/″\になつた白地の浴衣ゆかたを着、髪をおどろのやうに振乱し、恐しい毛臑けずねを頓着せずにあらはして居るが、これがすなはち自分の始めて見た藤田重右衛門で、その眼をいからした赤い顔には
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「雑人、鞭を貸せ」覚明が、牛飼の鞭を奪って、百万の魔神もこの輦の前をはばめるものがあれば打ち払っても通らんとおおきな眼をいからすと、性善坊も、八瀬黒の牡牛おうしの手綱を確乎しっかにぎって
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間もなく次の電光は、明るくサッサッとひらめいて、にわ幻燈げんとうのように青くうかび、雨のつぶうつくしい楕円形だえんけいの粒になってちゅうとどまり、そしてガドルフのいとしい花は、まっ白にかっといかって立ちました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
細君はかゝいかりに慣たりと見え一言も口をはさまず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
菊子は目をいからせてそう答えた。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
と北山も眼をいからせた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
楊はいい心持で聴いていると、曲終るや、かの少年はたちまち鬼のような顔色に変じて、眼をいからせ、舌を吐いて、楊をおどして立ち去った。
アンチオクス王殺されて敵人王の馬を取り騎りて凱旋せしにその馬いかりて断崖より身を投げ落し騎った者とともに死んだと。
その出会頭であいがしらに、眼をいからし、歯をみ鳴らし、両足を揃えて猛然と備えたムク犬。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつも怒ったようにムッツリとしているシャアまでが眼をいからさんばかりに私を引き留めた。今日だけはどんな用があっても万障放棄してぜひ付き合ってもらいたいというのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
狂ひ出でんずる息をきびしく閉ぢて、もゆるばかりにいかれるまなこは放たず名刺を見入りたりしが、さしも内なる千万無量の思をつつめる一点の涙は不覚にまろでぬ。こは怪しと思ひつつも婆は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
弱きには怨恨うらみを抱かしめ強きにはいかりをおこさしめ、やがて東に西に黒雲狂ひ立つ世とならしめて、北に南に真鉄まがねの光のきらめきちがふ時を来し、憎しとおもふ人〻に朕が辛かりしほどを見するまで
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
聞くと仙吉は眼をいからして威嚇するように
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大鬼だいき衣冠いかんにして騎馬、小鬼しょうき数十いずれも剣戟けんげきたずさへて従ふ。おくに進んで大鬼いかつて呼ぶ、小鬼それに応じて口より火を噴き、光熖こうえんおくてらすと。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)