あお)” の例文
うしろから吹きつける風にあおられて身体ぐるみちゅうに浮いたまま、二三歩前へよろけてから、やっとみとどまるくせがついてしまった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
……すると全く不意に、ガタンと激しい音がして、歩廊プラット・ホームへ出るドアが開き、どっと吹込ふきこんで来た風にあおられて卓子テーブルの上の洋灯ランプが消えた。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
深い雑木林が、絶えずあおりを喰って、しなやかなその小枝を揺がし、竹藪たけやぶからすいすいした若竹が、雨にぬれた枝を差し交していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それがまた、若気わかげの兄弟たちを、逆にあおったものとみえ、二男の祝虎が、こんどは李応りおうの手紙を引き裂いて叩き返したものだという。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、主従しゅうじゅうともに一驚いっきょうきっしたのは、其の首のない胴躯どうむくろが、一煽ひとあおり鞍にあおるとひとしく、青牛せいぎゅうあしはやく成つてさっ駈出かけだした事である。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
扉が小さい室に風をあおって閉まると、ガチャン/\と鋭い音を立てゝ錠が下り、——俺は生れて始めて、たった独りにされたのだ。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そして今や、バルザックの寝巻姿をロダン第一の傑作とする批評の論が民衆をあおって、オテル・ド・ヸロンに観覧者の列が続きました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
その淋しさを消すために、冷酒ひやざけあおるようなこともあり、ついには毎夜、冷酒を煽らなければ寝つかれないようになってしまいました。
クリヴォフ夫人の赤毛が陽にあおられて、それがクルクル廻転するところは、さながらほのお独楽こまのようにも思えたであろうし、また
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いまの目印の動きは、魚の当たりか、風のあおりか、その判断に固唾かたずをのんでいる時に『帰ろう』と言う、父の言葉であったのだ。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
緋縮緬ひぢりめんの腰巻が一つ、そのすそが風にあおられるのを小股こまたに挟んで、両手で乳を隠すと、丈なす黒髪が、襟から肩へサッとなびきます。
下塗を乾かすために団扇うちわあおいだりしたものですが、今はそんな暢気のんきな事をやっていられないから、はじめから濃いやつを塗る。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庄吉は見出さるる度毎にひどく苛められ乍ら、それが却って彼の立聞きの好奇心をあおった。彼の身体にはよく紫色に腫上った傷跡がついた。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
譚は僕の問を片づけると、老酒を一杯あおってから、急に滔々とうとうと弁じ出した。それは僕には這箇チイコ這箇チイコの外には一こともわからない話だった。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大空の熱度激変せし為なるべし太西洋の面よりき起こりたる疾風、驀地まっしぐらに欧羅巴を襲い来たり、すさまじき勢いにて吹きあおれり。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
信一郎は、女王の前に出た騎士のように慇懃いんぎんだった。が、夫人は卓上に置いてあった支那しな製の団扇うちわを取って、あおぐともなく動かしながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分は夫に貞節を尽さんがために、心ならずも彼の嫉妬をあおるような言葉を、恐る恐る、それも大変遠廻しに洩らしていただけであった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今、加柴君の言った矢萩大蔵などがそれだ。ああいう支那浪人がいるために、排日抗日をどのくらいあおり立てることになったか分らない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
とうとう自分の魂が赤い炭の中へ抜出して、火気かっきあおられながら、むやみに踊をおどってるような変な心持になった時に、突然
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうだ、こんど広島へ行ったら、あの写真を借りてもどろう——そういう突飛なおもいつきが、更に彼の郷愁をあおるのだった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
菊代の兄、奥田義雄は、六畳間の縁側にしゃがんで七輪しちりんをばたばたあおぎ煮物をしながら、傍に何やら書籍を置いて読んでいる。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
野心家はますますそれをあおり立てて行く。その結果、大将は、智謀を軽んじ、武勇の士をことごとく失ってしまうことになる。
「今日は、桃の節句。……花世の白酒を飲みがてら、ひとつ、叔父貴をあおりに行こう。……馬の尻尾で、白馬しろうまにありつくか」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その不可解な絵が妙に未知の不思議の世界に対する知識欲を刺戟しそれがいつとなく植物学全体への興味をあおるのであった。
こやつが担がれて惨憺たる悲鳴をあげる態を想像すると、そこに居並ぶ誰を空想した時よりも好い気味な、腹の底からの爽々すがすがしさにあおられた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
れ乾いた木の葉に火がいたのである。濛々もうもうたる黒煙のその中からほのおの舌がひらめいて見え嵐にあおられて次第次第に火勢はふもとの方へ流れて来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そういう魔性のあやしさは、同性の敵意をあおり易いのか、何といっても男という男がみんな特別惹きつけられるのだから、嫉妬されるのだろう。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
折角、人が心で何か純真に求めかけると、俗物共は寄ってたかって祭の踊子のように、はたからかねや太鼓ではやし立てる、団扇うちわあおいで褒めそやす。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「おまえは自分でこの修道院の会合をもくろんで、自分であおり立てて賛成しておきながら、いまさら何をそんなにぷりぷりしているんだい?」
銚子ちょうしに残っていた酒を、湯呑みに注いで、あおりつけて、ふうと、熱い息を吐いたお初は、やがて、これも茶屋を出て行った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しかし自分も貧乏が大好だいすきだとも云兼いいかねる。貧乏神の渋団扇であおがれてふるえながら、ああ涼しいと顎を撫でるほど納まりかえっている訳にも行かぬ。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
するとこんどはそのシャボン玉が、風にあおられるように、少しずつざわめき立つと見る間に、やがてクルクルと廻りだした。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大山颪おおやまおろし。木の葉も、枝も、顔に吹きつけられる程の物は、皆きて青かった。板屋は吹きあげられそうに、あおりきしんだ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
三十尺の支柱にささえられる円形の塔にこもっていることなどをこと新らしく書きだして、大いに世人の好奇心をあおった。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
さらさらといって粉雪の風にあおられて、硝子窓に砕ける音がした。時計の刻む音は、冷かな空気に伝わって、死したる天地の胸に刻み込むようだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
青白いスクリインは、バタバタと風にあおられ、そのまえに乱雑に転がったデッキ・チェア、みんな、むなしい風景でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それのみならず、今度は、その後退した火先は、西風にあおられて物凄ものすごい勢いをもって広小路へ押し出して来たのです。
「それでも洋服とは楽でがんしょうがの」と、初やが焜炉こんろあおぎながらいう。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そう言って、彼女は、持っていた団扇で二人をあおいだ。次郎は、ていては悪いような気がして、斜めに体を起した。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
砂埃すなぼこりが馬のひづめ、車のわだちあおられて虚空こくうに舞い上がる。はえの群が往来を横ぎって家から家、馬から馬へ飛んであるく。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
急の動作で、手近の燭火ともしびが着衣の風にあおられたのだ。その、白っぽい光線の沈む座敷……耳をすますと、深沈しんちんたる夜の歩調のほか、何の物音もしない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
貨物自動車がまった。吾平爺はそのあおり風を浴びて、自分の重い荷車が押し倒されるような気がした。爺は事実、よろよろとふた足ばかりよろめいた。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
笑い声にあおられるように廊下の端まで転がって来ると階段があった。しかし、彼にはもう油がのっていた。彼はまた逆様さかさまになってその段々を降り出した。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
降りてくる! それがひりひりするような息で私をあおりつけるくらい身近に迫ってくるまでには、幾日か過ぎた、——幾日も幾日も過ぎたにちがいない。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
此の記事などは比較的おだやかな方なのですが、多くは煽情的な書振かきぶりで当夜の模様や、道子と一郎の情事を記して、盛に読者の好奇心をあおったものでした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
春廼舎からは盛んに文学をあおり立てられ、弟分おととぶんに等しい矢崎ですらが忽ち文名をぐるを見ては食指動くの感に堪えないで、周囲の仕官の希望を無視して
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
駕籠のあおりをポカリと揚げて中から出た侍は、山岡頭巾を真深まぶかかぶり、どっしりした無紋の羽織を着、仙台平せんだいひらの袴を穿き、四分一拵えの小長い大小を差し
そして、スパセニアの姿が見えぬと思ったら、馬術の名手といわれる彼女は今馬をあおって、動き出した乗合バスの後からまっしぐらに、追って来るところです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
髪を洗ってから、ちりめん浴衣で、桟橋につけさせてある屋根船ふねへ乗る。横になりながら髪をあおがせるのだ。
かやがばたばた七輪をあおぎながら、眠らすな、眠らすな、と叫ぶ。八重はやみの中を跣足はだしで医者にかけだした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)