温泉)” の例文
しかもお雪が宿の庭つづき竹藪たけやぶ住居すまいを隔てた空地、直ちに山の裾が迫る処、その昔は温泉湧出わきでたという、洞穴ほらあなのあたりであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今回両方に温泉が涌いたのは天が東西引佐を結合させる為めだろうと思うけれど、却って両村繁栄を競って益〻醜態を演じるおそれがある。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
四五みね温泉にや出で立ち給ふらん。かう四六すざましき荒礒ありそを何の見所ありて四七りくらし給ふ。ここなんいにしへの人の
冬になってから、お増は再び浅井に送ってもらって、伊豆の温泉へ入浴に出かけて行ったが、その時も長くそこに留まっていられなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
長い足を楽に延ばして、それを温泉の中で上下うえしたへ動かしながら、とおるもののうちに、浮いたり沈んだりする肉体の下肢かしを得意に眺めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
温泉の町を外れると一丁許りの杉並木があつて左右は田圃になる。それを通りこすとここかしこに藁葺があつて、畠の中を
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
それも、先の見込みがありや、山林やまを売つてゞも、こいつらを養つとくだけど、今んところ、温泉は出る見込がなし、土地も売れたつて話は聞かず……。
浅間山 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
八年以前も案内に立ってくれた日名子氏にこの桃の女の話をすると、「あれは亀川かめがわの四の温泉でした」といった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
辺鄙へんぴの山の温泉の宿は、部屋の造作つくり装飾かざり以前むかしと変わらなかった。天井の雨漏りの跡さえそのままであった。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子規居士も奥羽旅行の時、飯坂温泉で「夕立や人声こもる温泉の煙」という句を作っている。趣はこの句と違うけれども、心持には似通ったところがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
たちまち、四方に密集している温泉宿の二階や店先には、何ごとかと驚いたふうな人影が立って、またぞろ静かな温泉の町の平和はおびやかされてしまった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「地の理には勝てねえ理窟で、お前さんにおちどはねえ、だから、言って聞かせて上げるが、このお湯はね、奥州花巻の奥のだい温泉という名の聞えたお湯なんだよ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大師が四通八達の文化的の智才を以て庶民生活の実地の便利を図られたことは、俗に弘法温泉とか、弘法いもとか言われるものの名に残っていることによっても徴されます。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
石段になつてゐるやうな坂の両側に宿屋だの土産物を売る店だのが混雑ごた/\と並んでゐて、そのところところから温泉の町のしるしである湯気がぱつと白く夜の空気を隈取つた。
父親 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
古風の湯宿と今樣いまやうの旅館とが入り交つてゐる温泉の高い小さな村であるが、何となく人をゆつたりと沈着おちつかせてしまふやうなところが、實際山奧の湯村の氣分でもあらう。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
伊香保の木暮八郎方に逗留しているうちに、隣座敷に居た橋本幸三郎さんてえ人が、此方こっち温泉きゝい、案内しようといわれて、跡から供の峯松と云う奴の車に乗って参るみち
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
温泉疲れがして、きょうは起きられそうもないわ」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
提灯をもつは女か温泉の宿の闇の山坂ゆきかへるなり
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
はや温泉沈黙しじま——烏樟くろもじの繁み仄透ほのすも薄れ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三左衛門はもう温泉のことを考えていた。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
雲濡れて温泉を吐く川や皐月雨さつきあめ 春来
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
筏衆ぬる温泉に月の夜をあかす
温泉につかり心しづめん
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
人は知らず、この温泉の口の奥は驚くべき秘密を有して、滝太郎が富山において、随処その病的の賊心をほしいままにした盗品を順序よく並べてある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ、もう二三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、温泉の町で取っておさえるより仕方がないだろう」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんど別府に来て案内記を読んで見ると別府の町の温泉宏壮こうそうなる建築だと書いてある。その桃の女がいた温泉は板で囲った古い温泉であったように思う。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大湯の八間燈はちけんや宿屋の軒行燈のきあんどんにちょうど灯の入る刻限なので、退屈な温泉の客と入りこんでくる旅人が、たちまち輪になって、会田屋の前をふさいでしまった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今までは喧嘩ばかりして済みませんが、今度温泉の涌いたのを切り換えに仲よくしますから、これ丈けのものを温泉組合へ加入させて下さい。お願い申上げます」
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
温泉のしき石に
星より来れる者 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
「台の温泉
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人のいない大きな浴槽よくそうのなかで、洗うともこするとも片のつかない手を動かして、彼はしきりに綺麗きれい温泉をざぶざぶ使った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、じつわたしらん。——これあとで、飯坂いひざか温泉で、おなじ浴槽ゆぶね客同士きやくどうしが、こゝなるはしについてはなしてたのを、傍聞かたへぎきしたのである。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ここでも厠通かわやがよいに明け、朝とともに、内湯の温泉ツボへ行って沈みこむ。有馬特有なあの鉄泥色の湯にひたっている間は、うすら眠くなり、気分も大いに落着く。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしかするとその板で囲った温泉は取りわされて、それが宏壮な温泉に変っているのかも知れない。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「親父がほんの思いつきのように、あすこは昔温泉いていたところかも知れないと言ったんだ。それが頭に残っていたのだろう。僕は君の屋敷から温泉が涌き出した夢を見た」
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
遊廓ゆうかくで鳴らす太鼓たいこが手に取るようにきこえる。月が温泉の山のうしろからのっと顔を出した。往来はあかるい。すると、しもの方から人声が聞えだした。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やゝ大粒おほつぶえるのを、もしたなごころにうけたら、つめたく、そして、ぼつとあたゝかえたであらう。そらくらく、かぜつめたかつたが、温泉まち但馬たじま五月ごぐわつは、さわやかであつた。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、そこを去ったとはいうものの、もとより素直すなおにこの諏訪すわ温泉の町を出てしまったわけでは無論ない。七、八歩あるいて、すぐ前の十三屋という家へ入った。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
温泉に入りてしばしあたたか紅葉冷え
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「海賊らしくもないぜ。さっき温泉這入はいりに来る時、のぞいて見たら、二人共木枕きまくらをして、ぐうぐう寝ていたよ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
足早に歩行あるいて、一所になると、影は草の間に隠れて、二人は山腹に面したくだん温泉の口の処で立停たちどまった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裸と裸の人間同士で暮すこうした山の温泉にいると、親しまれないのも、一つの淋しさであった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裸子はだかごをひつさげ歩く温泉の廊下
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「そうか、大抵たいてい大丈夫だいじょうぶだろう。それで赤シャツは人にかくれて、温泉の町の角屋かどやへ行って、芸者と会見するそうだ」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前様めえさま温泉宿やどさしつけな、囲炉裡ゐろり自在留じざいどめのやうなやつさ、山蟻やまありふやうに、ぞろ/\歩行あるく。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
温泉の宿らしい腰のひくい長火鉢に、ほッてりと炭火も赤くなって、障子越しに聞く遠い波の音も、旅愁をいためるほどでなく、よその宿屋の三味線も、耳ざわりではありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
温泉の客の皆夕立を眺めをり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
男はあつと小声に云つたが、急に横を向いて、もう帰らうと女を促がすが早いか、温泉の町の方へ引き返した。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さて、若葉わかば青葉あをばくもいろ/\の山々やま/\ゆきかついだ吾妻嶽あづまだけ見渡みわたして、一路いちろながく、しか凸凹でこぼこ、ぐら/\とする温泉みちを、親仁おやぢくのだから、途中みちすがら面白おもしろい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
丹頃のお粂と相良さがら金吾とが、護国寺前のつくば屋を去る時、その夜、ある地点までふたりの行動をつけて行ったので、かれらがこの半島の温泉さとに姿をひそめたことは、職業がら
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)