気息いき)” の例文
旧字:氣息
私は麦稈帽子むぎわらぼうしかぶった妹の手を引いてあとから駈けました。少しでも早く海の中につかりたいので三人は気息いきを切って急いだのです。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
やっぱり師匠の気息いきの掛かっているものであるから、師匠にも一応相談をしなければならないが、そこを何んとなく、母から師匠に
猛烈な呼吸と呻声うめきとが私達の耳を打った。附添の女は走って氷を探しに行った。お房の気息いきは引いて行く「生」のうしおのように聞えた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伯父の気息いきのかゝつてゐるために世に立つてゐる者であり、一方は一族の長者常陸大掾国香の総領として、常平太とさへ名乗つて
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
雪吹にあひたる時は雪をほり身を其内にうづむれば雪暫時ざんじにつもり、雪中はかへつてあたゝかなる気味きみありてかつ気息いきもらし死をまぬがるゝ事あり。
夫人は春嬌を叱りとばしてその索を解かし、秀英を下へおろして体を撫でたり、口に気息いきを吹き込んだりしたが蘇生しなかった。
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし折れて電光の如くおどつた鋒尖きつさきはマス君のパンタロンはげしくいたに過ぎなかつた。人人は奇蹟の様に感じてホツと気息いきをついた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
手負ておいはうんとばかりにのたりまわるを、丹治は足を踏み掛けて刀を取直し、喉元のどもとをプツリと刺し貫き、こじられて其の儘気息いきは絶えました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
逸散いっさんに駈て来て、ドカッと深い穴へ落ちたら、彼様あんな気がするだろうと思う。私は然う聞くと、ハッと内へ気息いきを引いた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これはただなぐさめの言葉ことばよりも幾分いくぶんかききめがあったようで、はははそれからめっきりとらくになって、もなく気息いききとったのでございました。
その声は、もうそこらにうきただよう気息いきのなかまらしく、人間の音楽にうつしようのない、たましいのひびきのようになっていました。すると
「をとこの気息いきのやはらかき お夏の髪にかかるとき をとこの早きためいきの 霰のごとくはしるとき」とか
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
せた頬をえがく。落ち込んだ眼を描く。もつれた髪を描く。虫のような気息いきを描く。——そうして想像は一転する。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お島は死場所でも捜しあるいている宿なし女のように、橋のたもとをぶらぶらしていたが、時々欄干らんかんにもたれて、争闘につかれた体に気息いきをいれながら、ぼんやりたたずんでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「何とてたいより出でし時に気息いき絶えざりしや……しからば今は我れして安んじかつ眠らん」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そしてその静かな動作や言葉のうちに病人の軽い気息いきが纒わっていた。然しともすると看護婦の直線的な動作が、物馴れた無遠慮なやり方が、その雰囲気を乱し勝ちであった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
蒼白い長い指であごを押えながら、眼鏡の奥からじろじろ二人の様子を見ていたがややしばらくののち、気息いきで曇った汽車の窓ガラスへ、指で次のような、象形文字を丹念に書きつけた。
道理で、素晴らしい気息いきだと思った。しかし、懐剣一本で斬り返されて、どじを踏んでしまったので見ると、一松斎さんが、この男に、奥義を譲らなかったのも、流石さすが目があるというもんだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
世に気息いきのかよふ限はとなへまし仏の御名ぞ命なりける
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
けだ阿弗利加アフリカ沙漠さばくにしたるしき𤍠ねつ気息いきのみ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
何とて胎より出でし時に気息いきたえざりしや
キリスト者の告白 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
気息いきがはずんで二の句がつげない。彼は芝居で腹を切つた俳優が科白せりふの間にやるやうに、深い呼吸を暫くの間苦しさうについてゐた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
北向の屋根の軒先から垂下る氷柱つららは二尺、三尺に及ぶ。身を包んで屋外そとを歩いていると気息いきがかかって外套がいとうえりの白くなるのを見る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一時は腰が抜けて起つことも出来ない。寝ていても時をしきってき上げて来て気息いきくことも出来ない。実に恐ろしく苦しみました。
母此状態ありさまを見て大におどろきはしりよりてたすおこし、まづ御はたやよりいだしさま/″\にいたはりしが、気息いきあるのみにてしたるがごとし。
風雨ふうう寒暑かんしょ、五こく豊凶ほうきょう、ありとあらゆる天変地異てんぺんちい……それ根抵こんていにはことごと竜神界りゅうじんかい気息いきがかかってるのじゃ……。
その秀英の鼻孔はなのあたりに微かな気息いきがあるように感じられた。世高は耳のふちに口をつけてその名を呼んだ。
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ホテルの門前を警衛する騎兵の銀の冑が霜夜しもよ大通おほどほりに輝き、馬の気息いきが白くつて居た。(一月二十五日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
琵琶びわの銘ある鏡の明かなるをんで、叡山の天狗共が、よいぬすんだ神酒みきえいに乗じて、曇れる気息いきを一面に吹き掛けたように——光るものの底に沈んだ上には
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
氏郷は前隊からの名生攻の報を得ると、其の雄偉豪傑の本領を現わして、よし、分際知れた敵ぞ、瞬く間に其城乗取れ、気息いきかすな、と猛烈果決の命令を下した。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
で、さっそくたましいはからだへもどって来ました。すると、みるみる死骸に気息いきがでて来ました。夜番は、これこそ一生に一どの恐しい夜であったと白状しました。
又お寺様で聞いて見ますると気息いきが絶えてのち形は無いが、霊魂と云うものは何処どこくか分らぬと申すこと、天国へくとか地獄極楽とか云う説はあっても、まだ地獄から郵便の届いた試しもなし
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
じっと母のかおを視た時には、気息いきつまりそうだった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
わたしのほかに聞き慣れぬ男の気息いきはぢらふか
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
不意の驚きに気息いきを引いた子供が懸命になつて火のつくやうに「マヽ……マヽ……パヽ……もうしません……もうしないよう……」
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
仕事に疲れると、よく私は家を飛出して、そこいらへ気息いききに行った。大久保全村が私には大きな花園のような思をさせた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
で、師匠の気息いきを引き取られると、直ぐにその番頭さんがけ附けて参り、間もなくしらせによっての高橋定次郎氏も駈けつけて参られた。
わたくしはそこで忠実ちゅうじつ家来けらい腰元こしもと相手あいて余生よせいおくり、そしてそこでさびしくこの気息いきったのでございます。
おもしろければしばらくのぞきゐたりしが、火をいだす時といださゞる時あり、かれが肚中はらのなかおうずるならん、かれが気息いきつねに火をなさゞるは勿論もちろん也。
ただ男だけは気が気でない。一の矢はあだに落ちた、二の矢のあたった所は判然せぬ。これがれれば、また継がねばならぬ。男は気息いきらして女の顔を見詰めている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文学者のがはには髪や髭に手入をして居る者もあるが、画家はおほむそれ等のことに無頓着な風をして居る。名物男の老主人フレデリツクは断えず酒臭い気息いきをして客ごとに話して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
人魚のひいさまも、やはりそれとおなじものになって目にはみえないながら、ただよう気息いきのようなものが、あわのなかから出て、だんだん空の上へあがって行くのがわかりました。
ムム、ありがてえ、アッハハハハ、ナニ、冗談じょうだんだあナ。べらぼうめえ、貧乏したってだれが馬鹿なことをしてなるものか。ああ明日の富籤とみに当りてえナ、千両取れりゃあ気息いきがつけらあ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此処ここではなにもかも全身の気息いきのつまるやうな
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
おぬいさんはほっと小さく気息いきをついた。そしてしばらくしてから、やや俯向いたまま震えた声で、しかしはっきりといいだした。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
胸のあたりを掻展かきひろげて、少許すこし気息いきを抜いて、やがて濃い茶に乾いた咽喉のどうるほして居る内に、ポツ/\舟に乗る客が集つて来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「もう一つ同じものは出来ません。丸一年も精根をからしてやったものです。もう一度同じようなものを気息いきをくさくしてやる気はありません」
此諸人の気息いき正月三日の寒気ゆゑけふりのごとくきりのごとくてらせる神燈じんとうもこれがためくらく、人の気息いき屋根うらにつゆとなり雨のごとくにふり、人気破風はふよりもれて雲の立のぼるが如し。
それで、いま、大空の気息いきの世界へ、ごじぶんを引き上げるまでになったのですよ。あと三百年、よい行いのちからで、やがて死ぬことのないたましいがさずかることになるでしょう。
然し名生の城は気息いきも吐けぬ間に落されて終って、相図の火を挙げるいとまなぞも無く、宮沢、岩手山等四ヶ処の城々の者共は、策応するも糸瓜へちまも無く、かえって氏郷の雄威に腰を抜かされて終った。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)