枯蘆かれあし)” の例文
と山の襞襀ひだを霧の包むやうに枯蘆かれあしにぬつと立つ、此のだいなる魔神ましんすそに、小さくなつて、屑屋は頭から領伏ひれふして手を合せて拝んだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
薄月うすづきや」「淋しさや」「音淋し」「藁屋根わらやねや」「静かさや」「苫舟とまぶねや」「帰るさや」「枯蘆かれあしや」など如何やうにもあるべきを
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
黄泥こうでいの岸には、薄氷が残っている。枯蘆かれあしの根にはすすけたあぶくがかたまって、家鴨あひるの死んだのがその中にぶっくり浮んでいた。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
じぶんは濡れた枯蘆かれあしの中の小さなほこらの傍へ寝ていたが、枯蘆のさきには一そうの小舟が着いていて、白髪しらがの老人が水棹みさおを張ってにゅっと立っていた。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
洋々と流れる千曲川も、冬は氷にとざされて、その水色さえ黝黒あおぐろく、岸の枯蘆かれあしもおおかたは折れて、風の強さが思われる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私が数日前、霞ヶ浦の枯蘆かれあしのなかを散歩していると、小径から四、五歩離れたところに、小さな一つの石碑を発見した。
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
すっかり葉の落ち尽した柿の木の向うには、枯蘆かれあしのかなたに、まだほの明るいみずうみの上がひっそりと眺められた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
次の日の夕方、いつものように疏水そすいのほうへ散歩に行くと、佐伯氏がそこの枯蘆かれあしの間にあおのけに寝ころんでいた。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
わたくしが砂町すなまちの南端に残っている元八幡宮もとはちまんぐう古祠こし枯蘆かれあしのなかにたずね当てたのは全く偶然であった。始めからこれを尋ねようと思立って杖を曳いたのではない。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
子供等こどもらまばらな枯蘆かれあしほとりからおりて其處そこにも目掘めぼりをこゝろみる。おほきな子供こども大事だいじざるをそつともつておりる。ちひさな子供こどもほりへおりながらざるかたぶけてどぜうこぼすことがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
幽霊の娘と道連れになったことなどを思い出して、文字春はぞっとした。月のない、霜ぐもりとでも云いそうな空で、池の枯蘆かれあしのなかでは雁の鳴く声が寒そうにきこえた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
背後うしろは高足の土手、上手に土橋、その横には水門、土手の下は腐った枯蘆かれあし干潟ひがたの体である。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……その時分、冬になると、その小松嶋の発着所のまえにも、鐘ヶ淵の発着所のまえにも、枯蘆かれあしのむれが日に光りつつ、しずかに、おりおりの懶い波をかぶっていたのである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
思いがけなく細長い池が萱原と林との間に隠れていたのを発見する。水は清く澄んで、大空を横ぎる白雲の断片を鮮かに映している。水のほとりには枯蘆かれあしがすこしばかり生えている。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老人はなおぶつぶつ云っていたが、間もなく、魚籠びくを担いで厨口くりやぐちの方から出て来た。そこから庭つづきに湖へ桟橋が架け出してある。その脇の枯蘆かれあしみぎわにもやっている老人の小舟がみえた。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、お柳の手を取って歩き出そうと致しまする路傍みちばた枯蘆かれあしをガサ/\ッと掻分けて、幸兵衞夫婦の前へ一人の男が突立つッたちました。是は申さないでも長二ということ、お察しでございましょう。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は綾瀬口の渡しを越えて向う河岸の枯蘆かれあしの間に身を潜めながら、農科の艇の漕ぎ下るのを待っていた。妙な緊張した不安に襲われながら、彼は少し湿々じめじめした土地に腰を下ろして夕日の中にうずくまった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
枯蘆かれあしに雪の残りや春のさぎ 怒風
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
満潮や枯蘆かれあし交り枯尾花
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しばらくして、大手筋おほてすぢを、去年きよねん一昨年おととしのまゝらしい、枯蘆かれあしなかつたときは、ぞく水底みづそこんでとほるとふ、どつしりしたものにえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一所ひとつところに土橋がかかっていた。その下に枯蘆かれあしが茂っていた。また一所にの口があった。枯れたこけいていた。
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わたくしが偶然枯蘆かれあしの間に立っている元八幡宮の古祠に行当ったのは、砂町海水浴場の榜示杭を見ると共に、何心なく一本道をその方へと歩いて行ったためであった。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、出ると大きく成つて、ふやけたやうに伸びて、ぷるツと肩を振つて、継ぎはぎの千草ちぐさ股引ももひき割膝わりひざで、こくめいに、枯蘆かれあしなかにかしこまる。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
枯蘆かれあしの中の水溜りに、よいの明星がぽつりと浮いているのを見て、覚えず歩みを止め、夜と共にその光のいよいよ冴えてくるのを何とも知れず眺めていたことがあった。何年前の事であったやら。
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人ふたりとも、それで、やがてひざうへあたりまで、みだれかゝつた枯蘆かれあしおほはれたうへを、またしたかすみかくす。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白木屋しろきや百貨店の横手に降りると、燈火の明るさと年の暮の雑沓ざっとうと、ラディオの軍歌とが一団になって、今日の半日も夜になるまで、人跡じんせきの絶えた枯蘆かれあしの岸ばかりさまよっていたわたくしの眼には
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なにをかこゝろむる、とあやしんで、おこみぎはつて、枯蘆かれあしくきごしに、ほりおもてみつめた雪枝ゆきえは、浮脂きらうへに、あきらかに自他じた優劣いうれつきぎけられたのを悟得さとりえて、おもはず……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
湖のなぐれに道をめぐると、松山へ続くなわてらしいのは、ほかほかと土が白い。草のもみじを、嫁菜のおくれ咲が彩って、枯蘆かれあしに陽が透通る。……その中を、飛交うのは、琅玕ろうかんのようないなごであった。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いづれ美人びじんにはえんなき衆生しゆじやうそれうれしく、外廓そとぐるわみぎに、やがてちひさき鳥居とりゐくゞれば、まる石垣いしがききふたかく、したたちまほりふかく、みづはやゝれたりといへども、枯蘆かれあしかやたぐひ細路ほそみちをかけて、しもよろ
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
目の下のみぎわなる枯蘆かれあしに、縦横に霜を置いたのが、天心の月に咲いた青い珊瑚珠さんごじゅのように見えて、その中から、瑪瑙めのうさんに似て、長く水面をはるかに渡るのは別館の長廊下で、棟に欄干をめぐらした月の色と
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)