すじ)” の例文
旧字:
彼は荒く息をしながら、左の腕で顔をおおった。するとその二の腕の内側に、大きな掻き傷が二すじできて、血のにじんでいるのが見えた。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
真夜中のりあいに驚いて、両側の商家の二階窓が、かすかに開き、黄色い灯のすじのなかに、いくつも顔が並んで見下ろしている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ここまでは妙子は、始終両ほおに涙のすじを引きながら、時々はなんだりしたけれども、割合に落ち着いて、理路整然と、事細かに話した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ところが今夜、晩の食事をおわってからのことである。私にはすべてのものの無のうえに新たな一とすじの光明が突如として現れて来たのだ。
先へゆく一団の中に懐中電燈をもっている人があって、その蒼い光のすじが、ときどき前方の木立の幹や草堤の一部をパッと照らし出した。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大きな鼻の周りへ、キラリすじ引いた涙を光らして。いつか庭から上がってきていた圓太郎までが、そこの畳へうつ伏せに、貰い泣きしていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その中に一すじだけほかのよりは一尺ばかり短いのがあった。スンを取って切って行って、最後に足りなくなったものである。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
右手の突っかけに一軒の百姓家があって、窓の隙間から一すじ燈影ほかげがもれている。この家にちがいない。彼は拳骨でその鎧戸をどんどん叩くと
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その横側には、すばらしい大きな稲妻の光りのやうな、火のすじがうねつてゐた。雲は直ぐに降りて、地と海とを掩ふた。其時、母は私に云つた。
驚破すわといふ時、綿わたすじ射切いきつたら、胸に不及およばず咽喉のんど不及およばずたまえて媼はただ一個いっこ朽木くちきの像にならうも知れぬ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
枕床ちんしょうにある宋青磁そうせいじ小香炉こごうろから、春情香のけむりの糸が目に見えぬ小雨の一トすじほどな細さに立ち昇っていたのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北の方で、すじをなさぬくれないや紫の電光いなずまが時々ぱっぱっと天の半壁はんぺきてらしてひらめく。近づく雷雨を感じつゝ、彼等は猶頭上の雲から眼を離し得なかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さて、この村からすじ浄法寺じょうほうじへとぬける街道がある。今でもそうだが、多くの者がわんだとか片口かたくちだとか木皿だとかをになって市日いちびへと出かけてゆく。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
衣服きものはびしょぬれになる、これは大変だと思う矢先に、グイグイと強く糸を引く、上げると尺にも近い山鰷の紫とあかすじのあるのが釣れるのでございます
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この朝明けも緑いろの光のすじも湿っぽい空気も濡れた長靴を穿いた人々も、自分の生活にとっていりもせぬ、よけいなものに思われ、窮屈でならなかった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それは、床の上になにかひきずっていったように、すじになっていました。その跡をつけていきますと、奥の隅っこにあるテーブルの上につづいていました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
然し、孔雀だけは自若としていて、最後の止めを幡江に加えたのだよ。と云うのは、あらかじめ二すじ調帯ベルトのうちどれかの一本に、孔雀は鋭利な薄刃を挾んで置いた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その潮の流れすじというのは、それほど急な流れで至って勢いが強い、この潮へ引き込まれた船は帆を張っても力が及ばないで、ずんずんと一方へ引かれて行くのじゃ。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
乳は五百すじの泉のように、高い楼上の夫人の胸から、五百人の力士の口へ一人もれず注がれる。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯こうさくするのを恐れるかのようにすじをなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
伯耆の国、黒坂村の近くに、一すじの滝がある。幽霊滝と云うその名の由来を私は知らない。滝の側に滝大明神と云う氏神の小さい社があって、社の前に小さい賽銭箱がある。
幽霊滝の伝説 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
闇夜にも、黒いすじをえがいて飛んだ拳銃は、コポッという短い音とともに、海中に消えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
と栖方は低く笑いながら、額に日灼ひやけのすじの入った頭をいた。狂人の寝言のように無雑作むぞうさにそう云うのも、よく聞きわけて見ると、恐るべき光線の秘密を呟いているのだった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
港町をはづれたところでは、二三日来の暴風雨に増水した赤ちやけた濁流が一すじ長く海に流れ落ちてゐるのが眺められた。それを横ぎる時には、さすがにその伝馬も夥しく動いた。
モウタアの輪 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
緑なす黒髪に灰色の毛の二すじすじまじってはおれど、まだ若々しい婦人、身の廻りは質素だけれども、せいは高く、嫋々なよなよした花の姿、いかにも長い間の哀愁を語っている様に思われる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
今朝アッダの流れについて、雲の暗い麓の路を旅したのが、山は世界が異なったように、すっきりと晴れ渡って、蒼空には二すじ三すじ、長閑のどかに、巻雲が浮かんでいたばかりである。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
しおのさしひきするところ、船の上り下りするところ、一すじ条のことならずして極めて広大繁多なれば、詳しく記し尽さんことは一人の力一枝の筆もて一朝一夕に能くしがたし。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
あいたけは白銀のすじを入れている、間の岳は、登って見て解ったのであるが、全山裸出の懸崖と、絶壁とより成り、その上に一髪の山稜が北へと走っているので、焼刃の乱れたように
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
筒の中に、きりきり巻いた溝があろうがな。それも、改良されてからついたが、わしは腔線と訳した。つまり、弾丸が、滑り出よいように、且又、狙いの狂わんようと、そういうすじ
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
其処で早速頭の中に地図をひろげて、それからそれへとすじをつけて行くうちに、いつか明瞭に順序がたって来た。「よし……」と思わず口に出して、私は新計画を皆の前に打ちあけた。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
彼が身につけていたのは、薄茶色の気取った夏の背広と、薄色の軽快なズボンと共色のチョッキと、買いたての細地のシャツと、ばら色のすじのはいったごく軽い上麻のネクタイである。
煙はか細くユラユラと揺れ、幾すじの淡く柔らかなもつれとなつて暫く部屋に漂うてゐるが、やがて生き生きと動き出し、素早く長い糸となつて光の澱んだ窓の外へふいと流れて逸れてしまふ。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
円くかたまって浮いている痰の中に、糸を引いたような血のすじが交っていた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その時親鷹還り来るを見るより青橿鳥騎馬様にその背に乗り夥しくつつきまた掻き散らした、傷から出た血が乾いて今まで鷹羽にすじや斑となって残ったとある(オエン『老兎巫蠱篇オールド・ラビット・ゼ・ヴーズー』一三六頁)
星とすじとが妙な工合に組合はせてある、渾て見るものが皆な不思議です。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
東と南とに欄干てすりめぐり、ひさしにはまたふじの棚がその葉の青い光線から、おなじくまだ青い実のさやを幾すじも幾すじも垂らしてはいるが、そうして昼間の岐阜提灯ちょうちんにもが、風はそよともしないのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
岩石のけ目に沿って赤く色がかわっているでしょう。裂け目のないところにも赤いすじの通っているところがあるでしょう。この裂け目を温泉おんせんが通ったのです。温泉の作用で岩が赤くなったのです。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なんだ、その顔は(未納、顔を外らす)……顔迄泥のすじがついてら。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
額のすじはややのびて、結びたる唇のほとりに冷笑のみぞ浮かびたる。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
蘆の細茎ほそぐき。その一すじをとりてわれかつて笛吹きし時
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水刷毛みずはけでさっとでたように、曲輪がまえはおぼろにかすんで見えないが、その矢倉だけがすじをなしてながれる霧をぬいて腰から上をみせている。
日本婦道記:忍緒 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子供達は、何と云う名なのか知らないけれ共、地面に幾つも幾つもすじを引いて、その条から条へと小石を爪先で蹴って行く遊びを主にして居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それは無名くすり指のさきから、手相見の謂わゆる生命線の基点へ走っている一すじ創痕きずあとなんですがね、実に鮮やかなもので見まいとしても目につくのです。
絢爛けんらん薬玉くすだまを幾すじつらねたようです。城主たちの夫人、姫、奥女中などのには金銀珠玉をちりばめたのも少くありません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……やあ、素敵なメダルだなあ! パパのもちょうど同じようなんだけど、小父さんのはほらここんとこにすじがあるでしょう? パパのは字がはいってるの。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
二人は、いなごのように壁にとびついた。そして棒切ぼうきれみたいなもので、暗い壁をつついていたが、どうしたものか、にわかに壁をとおしてさっと一すじの光がとびだした。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒襟かけた三すじ縦縞たてじまの濃いお納戸なんどの糸織に包んで、帯は白茶の博多と黒繻子くろじゅす昼夜ちゅうや、伊達に結んだ銀杏返いちょうがえしの根も切れて雨に叩かれた黒髪が顔の半面を覆い、その二
船床ふなどこのかしいでいるままに、数条の黒い血のすじが、生ける長虫かのごとく一散にほとばしってきた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その二すじの足跡を詳細に云うと、法水が最初辿たどりはじめた左手のものは、全長が二十センチほどの男の靴跡で、はなはだしく体躯たいく矮小わいしょうな人物らしく思われるが、全体が平滑で
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
防波堤の突端にある燈台の灯が、ゆるやかに、廻転しながら、夜の幕のうえに、光のすじをきらめかす。霞んだ空の月が、海上を、ほのかに、照らしているので、伝馬船の行動に、不便はない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)