断念あきら)” の例文
旧字:斷念
が、乞食はどうしても馬をち上らせることが出来ないものだから、断念あきらめてしまって、今度は馬子の方へ行って彼を救い出そうとした。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
でも、結局は断念あきらめねばなりませんでした。随分、金を惜しまずあらゆる手段を尽しましたが、三上の行方はどうしても分らないのです。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
我身に罪は無しとは云え、いずれとも免れぬ場合、いさぎよく伏罪し苦しみを短かくするにくなしと無念をのみ断念あきらめし者ならぬか
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
てめえの方じゃ、面を踏まれた分にして、怒りやがるんだ、と断念あきらめてよ。難有ありがたく思え、日傭取ひようとりのお職人様が月給取に謝罪あやまったんだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
断念あきらめてりましたところが(泣声なきごゑ鉄瓶点てつびんだてゞ一ぷくくださるとは……往昔むかし友誼よしみをお忘れなく御親切ごしんせつに……わたくしう死んでもうございます。
ベルリンは自分を相手にしてくれないものと断念あきらめて溜息をきながらベルを鳴らし、ボーイをんで今度はロンドンの方へ向きを変えました。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
文学ではとても生活する能力はないものと断念あきらめ、生中なまなか天分の乏しいのを知りつつも文学三昧に沈湎ちんめんするは文学を冒涜する罪悪であると思詰め
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
以前は彼の快活を愛したエリス教授も、最早一頃のように忠告することすら断念あきらめて、彼が日課を放擲ほうてきするに任せた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
妻子を助けたき山々なれど、吾は如何せん冤罪の下にオメ/\と絞首台に上がらなければならんのか、あゝ、世は無常々々、人生は夢だ/\断念あきらめた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
こう言出したと云ッて、何にも貴嬢あなたに義理を欠かしてわたくしのぞみを遂げようと云うのじゃア無いが、唯貴嬢の口からたッた一言、『断念あきらめろ』と云ッていただきたい。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そして、この伯父を頼つて行つたならば、私が家が貧しい為に到底不可能の欲求として、断念あきらめながら憧れて居た中学校へ出して貰へるだらうと思はしめた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
そんな訳ですから、わたくしも、忘れるともなしにあの脅迫や憤怒のことを忘れてしまい、ドーブレクもう私の事を断念あきらめて、復讐の念を断った事と存じていました。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
十兵衛に半分仕事を譲って下さりょうとはお慈悲のようで情ない、厭でござります、厭でござります、塔の建てたいは山々でももう十兵衛は断念あきらめておりまする
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いつかお庄が、夜その相談に行ったときも、夫婦は、もう断念あきらめてしまったような口吻こうふんを洩らしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
処女にして文学者たるの危険などを縷々るるとして説いて、幾らか罵倒ばとう的の文辞をもならべて、これならもう愛想あいそをつかして断念あきらめてしまうであろうと時雄は思って微笑した。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
西洋骨董店の飾窓で絵を見てから、ここへ辿たどりつくまでの、苦心や悩みをつぶさに訴えたいと思うのだが、どうもうまくいえそうもない。断念あきらめて、こんなふうにいう。
ともかく自分の身体が荷物の側から大分離れた所へはじき出されていて、二度とは、もう荷物の側へも行けないので、とうとう断念あきらめて何処どこかへ逃げて行こうと決心しました。
の塔の頂上まではとても取りに行かれないから、断念あきらめなければならない。事によると今頃は塔を引摺りながら天まで上って行ったかも知れない。兎に角の凧は惜しい事をしてしまった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼は日記帳に彼の胸中を説いて、やっとみずから慰めたくらいである。彼は断念あきらめようと思った、しかしこれは彼のなし得るところではなかった。そこに無限の苦は存するのだ。かくて二歳ふたとせは流れた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
てもむついことと一同断念あきらめて居たので御座いますよ、くまア、奥様御都合がおつきなさいましたことネ——山木家は永阪教会に取つては根でもあり、花でもありなので御座いまする上に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
すると例の如く花笄が眼に映って断念あきらめて帰ることはなおならない。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
おもふまじ/\あだこゝろなく兄様あにさましたしまんによもにくみはしたまはじよそながらもやさしきおことばきくばかりがせめてもぞといさぎよく断念あきらめながらかずがほなみだほゝにつたひて思案しあんのよりいとあとにどりぬさりとてはのおやさしきがうらみぞかし一向ひたすらにつらからばさてもやまんを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あまつさえ、風に取られまいための留紐とめひもを、ぶらりとしなびた頬へ下げた工合ぐあいが、時世ときよなれば、道中、笠もせられず、と断念あきらめた風に見える。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冬子は不良だから断念あきらめろ、将来ある君の妻にあんな女は相応しくないよ、第一貧乏人の娘じゃないか、などと云って、ひどくけなしていました。
深夜の客 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そこへ、もうないと断念あきらめていたころ、ふいに最後の通信がきた。見た——という、たった一言だが、見たというんだ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
色々問い度い事ばかりだけれど此の後は問う訳に行かぬ、其の中に分る時が有るだろうと断念あきらめて口を噤んだ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
自分は小説家でないとか文人になれないとかいったには種々の複雑した意味があったが、自ら文章の才がないと断念あきらめたのもまた有力なる理由の一つであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼女だって以前もとは人並に贅沢もしたかっただろうし、歓楽にあこがれもしただろうが、今はそんなことはすっかり断念あきらめて、只もう生きてゆくだけで満足しているのであった。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ふみおもてを見ればそんなけびらいは露程もなく、何もかも因縁いんねんずくと断念あきらめた思切りのよい文言もんごん
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
新「イヽエ私もそれが知れゝば失敗しくじって此家こゝには居られないから、唯一寸ちょっと並んで寝るだけ、肌を一寸ふれてすうっと出ればそれで断念あきらめる、唯ごろッと寝て直ぐに出てくから」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
併し尚ほ京都は断念あきらめられなかつたので、汽車が北陸線との乗換場の米原まいばらまで行く間に長い時間があるから、兎に角それまでに今一度考へ直して愈〻分岐点に行つて何うにか決しようとも思つた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
吾はどのみち助からないと、初手ッから断念あきらめてるが、お貞、お前の望がかのうて、後で天下ばれたのしまれるのは、吾はどうしても断念められない。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを一瞬の間に、くつがえしてしまうような、怖ろしい力が現われたとき、人は不可抗とだけで、悔いの欠片かけらも残さずケロリと断念あきらめてしまうものである。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「もう——あなた、——十年にもなりもますもの、帰って来るものなら、帰って居りましょう。私はもうどこかで、死んでいるものと断念あきらめて居ります」
素晴しい記念品 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
が、二葉亭は「イヤ、最う断念あきらめた!」と黙り込んでしまったので、この上最早言葉の接穂つぎほがなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
虎井夫人「私にも制する事が出来ぬから致し方が有りません、最う逃れぬ所と断念あきらめてお了いなさい」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
思切おもひきる、断念あきらめた、女房にようばうなんぞけがらはしい。貴女あなた一所いつしよいてください、おぢいさんもたのんでください、一度いちどつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いるぞ。暫く見えないから断念あきらめたと思ったら、『フラム』号のやつ“Kukクク”島にいやがる。どのみち、チャンバラが始まるなら、早いほうがいいな」
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
尋ねて来た主意さえ忘れ「自分の間違いなら間違いで、断念あきらめるが好いでは有りませんか、猶も未練を残し、非常な手段を取って、劫かすなどとは何たる仕方しうちです」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
児供にいじめ殺された乎、犬殺しの手に掛ったか、どの道モウいないものと断念あきらめにゃならない
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
無論初子さんが紹介したんですがね、百合ちゃんは姉さんのように手腕はないけれど、温和おとなしいものだから、川口さんすっかり気に入っちゃって、初子さんの事は断念あきらめたんですの。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
この眩暈と、風邪と、も一つ、用達ようたしと云う断りが出る、と箱三はこさんの札は、裏返らないでも、電話口の女中が矢継早の弓弦ゆんづるを切って、断念あきらめて降参する。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
アッコルティ先生もここまで来ると、あっさり断念あきらめたように投げやりな口調になった。ドドを、悪魔の尿溜と組合せることは、もう科学者の領域ではなかったからである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
君達では迚も御当人の嬢様がお気に入らんからね、ア糠喜びも大抵にして断念あきらめなさい。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
どうせ買えないから、と思って断念あきらめたんだけれど、——お兄さん、私、これから三越へ行くわ。あそこは月末払いだから、——その時はその時の事で、どうにかなるわ。ほんとにうまいところに気がついた。三越へ行って、——ダイヤを
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
断念あきらめたように、何の不足もないらしくさっぱりと言われたので、死なばもろともだ、と私もどっかり腰を落した。むっくり持上って、跡は冷たい。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「これまでだ。もう、われわれは断念あきらめようじゃないか」とダネックが力なげに言いだした。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
な、こんなおもいをするんだもの、よくせきな事だと断念あきらめて、きれると承知をしてくんな。……お前に、そんなにねられては、俺はきてる空はない。
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女の目は断念あきらめきったあとの澄んだ恍惚さをたたえて、にんまりと座間をみている。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
伯父さんがいけないとおっしゃったから、まあ私も仕方がないと、おまえにわけもなく断念あきらめてもらった日にゃあ、おれが志も水のあわさ、形なしになる。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)