床柱とこばしら)” の例文
床柱とこばしらけたる払子ほっすの先にはき残るこうの煙りがみ込んで、軸は若冲じゃくちゅう蘆雁ろがんと見える。かりの数は七十三羽、あしもとより数えがたい。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
婦人は鼻をつまらせつつしみじみ話す。自分は床柱とこばしらにもたれてぼんやりきいている。さいかしらをたれている。日はいつか暮れてしもうた。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
また木目が馬鹿に奇麗だと云って、茶室ちゃしつ床柱とこばしらなンかになったのもある。根こぎにされて、都のやしきの眼かくしにされたのもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
三郎は口をふいて、そこにある箪笥たんすを背に足を投げ出した。次郎は床柱とこばしらのほうへ寄って、自分で装置したラジオの受話器を耳にあてがった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また床柱とこばしら落掛おとしがけとの二元的対立の程度の相違にも、茶屋と茶室の構造上の差別が表われているのが普通である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
障子しょうじ欄間らんま床柱とこばしらなどは黒塗くろぬりり、またえん欄干てすりひさし、その造作ぞうさくの一丹塗にぬり、とった具合ぐあいに、とてもその色彩いろどり複雑ふくざつで、そして濃艶のうえんなのでございます。
残燈ありあけ暗く床柱とこばしらの黒うつややかにひかるあたり薄き紫のいろめて、こうかおり残りたり。枕をはづして顔をあげつ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
僕は床柱とこばしらの前に坐り、僕の右には久米正雄、僕の左には菊池寛、——と云ふ順序に坐つてゐたのである。そのうちに僕は何かの拍子ひやうし餉台ちやぶだいの上の麦酒罎ビイルびんを眺めた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
床柱とこばしらには必ず皮のついたままの天然木てんねんぼくを用いたり花をけるに切り放した青竹のつつを以てするなどは、なるほど Rococoロココ 式にも Empireアンピイル 式にもないようである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
床柱とこばしらの前に二人が据えられる。みんなが一斉にこちらを向く、そうして堅くなっている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
大家おおやっておいたくさひばりが夕暮れになるといつもいい声を立てて鳴いた。床柱とこばしら薔薇ばらの一輪揷りんざし、それよりも簀戸すどをすかして見える朝顔の花が友禅染ゆうぜんぞめのように美しかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
襖の隣に、何かの自然木じねんぼく床柱とこばしらと、壁の落ちたとこの一部分とが見えているのだが、その床の間に、大型の支那かばん程もある頑丈な木箱が置いてあって、その三分一ばかりが視線の中に入っている。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
月郊と床柱とこばしら5・6(夕)
其所そこかはが流れて、やなぎがあつて、古風ないへであつた。くろくなつた床柱とこばしらわきちがだなに、絹帽シルクハツト引繰返ひつくりかへしに、二つならべて置いて見て、代助は妙だなとつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
で、蚊帳から雨戸を宙に抜けて、海の空へ通るのだろうと思いました。私の身に、二人のおんなの必要な時は、床柱とこばしらの中から洋燈ランプを持って出て来た事さえありますから。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはすすきの葉の垂れた工合ぐあひが、殊に出来が面白い。小林君は専門家だけに、それを床柱とこばしらにぶら下げて貰つて、「よろしいな。銀もよう焼けてゐる」とかなんとか云つてゐる。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日に照らされてきらきらする白い洗濯物の色を、秋らしい気分で眺めていた津田は、こう云って、時代のために多少くすぶった天井てんじょうだの床柱とこばしらだのを見廻した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うた床柱とこばしらではないが、別莊べつさうにはは、垣根かきねつゞきに南天なんてんはやしひたいくらゐ、一面いちめんかゞやくがごと紅顆こうくわともして、水晶すゐしやうのやうださうで、おく濡縁ぬれえんさき古池ふるいけひとつ、なかたひら苔錆こけさびたいしがある。
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
に写る床柱とこばしらにもたれたるなおの、この時少しく前にかがんで、両手にいだ膝頭ひざがしらけわしき山が出来る。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「絹買えば白き絹、糸買えば銀の糸、金の糸、消えなんとするにじの糸、夜と昼とのさかいなる夕暮の糸、恋の色、うらみの色は無論ありましょ」と女は眼をあげて床柱とこばしらの方を見る。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「京都という所は、いやに寒い所だな」と宗近むねちか君は貸浴衣かしゆかたの上に銘仙めいせんの丹前を重ねて、床柱とこばしらの松の木を背負しょって、傲然ごうぜん箕坐あぐらをかいたまま、外をのぞきながら、甲野こうのさんに話しかけた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
書齋しよさいはしらにはれいごとにしきふくろれた蒙古刀もうこたうがつてゐた。花活はないけには何處どこいたか、もう黄色きいろはなしてあつた。宗助そうすけ床柱とこばしら中途ちゆうとはなやかにいろどるふくろけて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すると今まで床柱とこばしらへもたれて例の琥珀こはくのパイプを自慢じまんそうにくわえていた、赤シャツが急にって、座敷を出にかかった。むこうからはいって来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)