はま)” の例文
旗本の次男の道楽者という柄にははまらなかったが、同優はそのころ売り出し盛りであったので、さのみの不評をも蒙らずに終わった。
寄席と芝居と (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その錯覚さっかくは、次の驚きで、瞬間にケシ飛ばされた。鉄棒のはまっている石倉の採光窓さいこうまどの外へ、白い女の顔が、落ッこちたように隠れた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このもっさりという言葉はあてはまらない、田舎で本当にさも田舎らしい女や男や料理に出会った時、それをもっさりとはいい得ない。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
神戸の富豪かねもちもちやんとさういふ型にはまつてゐたから、宴会半ばになると、そろ/\画絹ゑきぬを引張り出して三人の画家ゑかきの前に拡げ出した。
陳は小銭こぜにを探りながら、女の指へあごを向けた。そこにはすでに二年前から、延べのきん両端りょうはしかせた、約婚の指環がはまっている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
例えばチベットという国の名は Tibet でありますが、「ティ」(ti)という音は日本語にないので、どの音にもうまはまらない。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
鶯色うぐいすいろのコートに、お定りのきつね襟巻えりまきをして、真赤まっかなハンドバッグをクリーム色の手袋のはまった優雅な両手でジッと押さえていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『万葉集古義こぎ』の「品物図」にある様にこれを麦門冬とするのは不都合千万である。またヤブランとするも決して当てはまらない。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
クレエルの耳輪は、自然に岩にはまつた金粒よりも余計に光りがあるのではない。それとは反対に鉄は最初実に見窶みすぼらしい様子をしてゐる。
ガラス戸のはまった二階にも階下にも明りが煌々こうこうともっていた。其処の前まで来ると、探偵は「あはははは」と大声で笑い出した。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
浅田は暗室に這入ると、直ぐに現像を初めようとはせず、光線を導き入れる赤色硝子のはまった小窓から、そっと部屋の様子を覗っていた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
銀の輪のはまつてゐる太いステツキを持つた会社の支配人らしい男、痩せて鶴のやうな顔をしてゐる中老の教師らしい紳士、さうかと思ふと
くづれた土手 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
それはモノトナスな、けれどもなつかしいリズムをもつた畳句でふくのある童謡で、またうたの心持にしつくりとはまつた遊戯であつた。
慧鶴は折角、寝ても覚めても思索一途にはまり込めるようになった心境の鍛錬を俗人との世間咄せけんばなしに乱されてしまうのは惜しくて堪らなかった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
往来に面して鉄の格子こうしはまった窓がある。日の光は小障子を通して窓の下の机や本箱の置いてあるところへ射し入っている。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
のき風鐸ふうたくをつるし、丹塗にぬりの唐格子のはまった丸窓があり、舗石の道が丸くッた石門の中へずッと続いている。源内先生は
戸は非常な勢いで閉ざされて戸口の中にはまり込みながら、しがみついていた一兵士の五本の指を切り取り、そのままそれを戸の縁に膠着こうちゃくさした。
誰でも口にする「コン畜生」とか「このけだものめ」とかいう罵倒詞に当てはまる心理のあらわれは皆、これに他ならぬのである。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頭上すれすれに、格子のはまった武者窓があり、その侍の刀は三尺ほどの間隔で、幹太郎の胸さきに突きつけられていた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お庄は落ち着かないような心持で、勝手口のわきの鉄の棒のはまった出窓にもたれて路次のうちを眺めていた。するうちに外はだんだん暗くなって来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうして、彼女の右手の指にはまっている五つのたまきは、亡き母の片身として、彼女の愛翫あいがんし続けて来た黄金の鐶であった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
渡る場所はかねて聞いて居りましたから砂泥で非常に深く足がはまり込んで渡るに困難でありましたが、幸いに無事に向うに渡ることが出来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
雪はみるみるうちに深さを増して、ときどき股まですっぽりはまってしまい、脱け出るのにひどく体力を消耗した。
格にはまった字を書き得るということは、筆者がなかなかに至った人であるということを物語るものであろう。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
悪魔の尿溜ムラムブウェジがこの条件にぴったりとはまっているわけだが、これも作者の創作と思われては困るから、歴然としたパラッフィン・ヤング卿の赤道アフリカ紀行
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかしそれはやや型にはまった見解で、哀れを強いるきらいがある。この句の場合はそう立入った気持でない、ああまた迷子があるな、という非人情的態度である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
此の塔が英国で時計台の元祖だと云う事で、塔の半腹なかほど、地から八十尺も上の辺に奇妙な大時計がはまって居て、元は此の時計が村中の人へ時間を知らせたものだ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
私の恋人は破砕器クラッシャーへ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へはまりました。
セメント樽の中の手紙 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
権太の悪棍となりしは隠し女にはまり、親には勘当せられ、賭事に掛りしためなれば、この道行はもっともなれど、善心に復りしを維盛これもりの大事を聞きたるためとしながら
「するのならあげよう」由子が平常にしめているうちに、真中にはまっていた練物の珠みたいなものが落っこちてしまった。珠みたいなものは薄紅色をしていた。……
毛の指環 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
以上の比較は無論ただ津田君の画のある小さい部分についてはまるものであって、全体について云えば津田君の画はもとより津田君の画である事は申すまでもない。
鼻のさきを、そのが、暗がりにスーッとあがると、ハッくさめ酔漢よっぱらいは、細いたがはまった、どんより黄色な魂を、口から抜出されたように、ぽかんと仰向あおむけに目を明けた。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここにまた一つの型にはまった古来の風景観なるものがあって、山と水とは其最大なる要素であり、山水の二字は風景の代名詞として用いられた程であったにもかかわらず
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
出来ることなら、このまゝこゝの家のものにして戴いて、いつまでもおかみさんを頼りにして暮して行つたらと思つたりするけれど、自分には何とてはまつた用事もない。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
いずこの花柳界かりゅうかいやカフェーにもかならず一人や二人女たちのうわさに上る好色こうしょく老爺ろうやがあるが、しかしこの羅紗屋の主人ほど一見してくその典型にはまったお客も少ないであろう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
必ず甲か乙かのどっちかでなくては承知できないのです。しかもその甲なら甲の形なり程度なり色合いろあいなりが、ぴたりと兄さんの思う坪にはまらなければうけがわないのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其の惑亂した心が繪に映るから何うしたツて思ふつぼはまツて來ない。加之單に此の藝術上の煩悶ばかりではない。周三には、にも種々いろ/\の煩悶があつて、彼を惱ましている。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
スッポリと洋杯コップ全体がはまるような把手とってのついた、彫りのある銀金具の台がついているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
判で押したような型にはまった綺麗な文字で、いろんな掲示が事務室の壁に張りつけてある。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼が小走りにその曲り角へ来た時、彼女は恰度ちやうど三四間向うの左手の格子戸のはまつた家へ這入はいるところだつた、這入りながら彼女はふいと背後を振り返つた。道助は少し狼狽うろたへた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
右手寄りに母屋おもや(土間への入口と障子のはまった縁側付きの座敷)。草葺のがッしりとした建築、中央から左手へかけ瓦焼場、かまどが幾つかある。その奥は低き垣、外は立木たちきのある往来。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ト、ようやくに雪のしっかりはまり込んだのが脱けた途端に、音も無く門は片開きに開いた。開くにつれて中の雪がほの白く眼に映った。男はさすがにギョッとしない訳にはゆかなかった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
箱から出せばもぐりますが、容器いれものの千兩箱二つ——金具のはまつた恐ろしく頑丈なのを
その豆腐屋の一軒置いて隣が仙太郎の宅で、うちではございませんが、表には荒い格子がはまって、台所には腰障子が嵌めてありまして、丸に仙太というのが角字かくじでついて居ります。
ソッと障子のはまっている廊下の陰へしゃがんで、うつむいて、息を殺していた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ルパンは再び客間に帰って扉口とぐちを調べにかかったが一目見て愕然として戦慄した。一目瞭然、ドアの羽目板は六枚の小板を合せたものであるが、その一番左手ゆんでの板が変な具合にはまっておる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
その他 Quei と発音する文字もんじは皆変槓へんてこな意味が含まれいっそうはまりが悪い。以前わたしは趙太爺のせがれ茂才もさい先生に訊いてみたが、あれほど物に詳しい人でも遂に返答が出来なかった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
表の方の窓は取りつけの格子がはまっていて少しも動かした様子はないのだし、裏の方の窓だって、この暑さでは、どこの家も二階は明けっぱなしで、中には物干で涼んでいる人もある位だから
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから十二時打つてしばらくつてから裏口の戸が静かに開いた。それが客と彼女だつた。二人は二階へ上つて行つた。益々ます/\何もかもが丸田の最初の邪想に当てはまつてしまふやうな気がした。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
ビルマは有名な仏教国で仏像が至る所にあるのだが、その至る所にある仏像のひどさ、——児戯に類するという言葉があるがその形容が如何にもぴったりと当てはまると思われるその彫刻のひどさ。
仏像とパゴダ (新字新仮名) / 高見順(著)