堆積たいせき)” の例文
月の光が瓦に射し、瓦の上に堆積たいせきしたほこりや木の葉やなわの切れはしを照らしていた。物干竿があって取り忘れた着物をほしてある。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
言葉どおりに水平に吹雪ふぶく雪の中を、後ろのほうから、見上げるような大きな水の堆積たいせきが、想像も及ばない早さでひた押しに押して来る。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
竪穴は風雨の作用塵埃ぢんあい堆積たいせきの爲、自然に埋まる事も有るべく、開墾かいこん及び諸種の土木工事の爲、人爲を以てうづむる事も有るべきものなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
たくさんな陰画ネガチーヴ堆積たいせきの中から有効なものを選び出してそれをいかにつなぎ合わせるかがいわゆるモンタージュの仕事である。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで秀吉は家康の温和さを疑ることはなかったが、世評の高さのために彼の心中ひそかに圧迫せられるものを堆積たいせきするようになっていた。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
死骸はその凹路を平地と水平にし、ますにきれいにはかられた麦のようにその縁と平らになっていた。上部は死骸しがい堆積たいせき、下の方は血潮の川。
まぶしい光輝に貫かれたる暗黒の集団を、父親が焦慮しながら迷い歩いた、知識と無識と害悪な真理と矛盾的な誤謬ごびゅうとの堆積たいせきを。
水草でいちめんなので誰も気づかないが、日吉が察した通り、底は何年となく、落葉や泥の堆積たいせきに埋まって、何尺もなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間隙かんげきのない隆起と堆積たいせきとの肉感をのぞかせた姿は、全体としてつるつるあぶらを流したような滑らかさを持っていた。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この大いなる悲しみが、何か私を玲瓏れいろうたるものに浄化してくれ、心と体に堆積たいせきしていた不潔な分子を、洗い清めてくれたことは云うまでもありません。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
話の調子に乗って語っている間に、実際に父の記憶がそういう風になって来ていたのであろう。実際、歴史というものは、そういう堆積たいせきなのかもしれない。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
けれども根は根である。その上は常識の厚い層の堆積たいせきはこの稀有けうの人間慧鶴の岩次郎でさえ、自分でこの根の真偽を疑って居る。私はそれを当然だと思う。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
初秋しよしう洪水こうずゐ以來いらいかは中央ちうあうにはおほきな堆積たいせきされたので、ふね周圍しうゐうてとほ彎曲わんきよくゑがかねばらぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
新聞とか雑誌とかネクタイとか薔薇ばらとかパイプなどの堆積たいせきの上に、丁度水たまりの上に浮んだ石油のように、虹色になって何かが浮んでいるのを彼は発見した。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
というのは、船橋などはもう既に完全に焼け尽し、真黒な灰の堆積たいせきほかに何も残っていなかったのである。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
それは長い間の代々の記憶の堆積たいせきだともいえよう。みだりに図柄を工夫することは許されていない。否、その自由があったならむしろ筆は運ばなかったであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その今日まで、地方の書信の机上に堆積たいせきせるもの幾百通なるを知らずといえども、そのうち昨今、都鄙とひの別なく、上下ともに喋々ちょうちょうするものは狐狗狸こっくりの一怪事なり。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
だが、病妻のそばで読んだ書物からは知識の外形ばかりが堆積たいせきされていたのだろう。それが今、音もなく崩れ墜ちてゆくようだった。彼はぼんやりと畳の上にうずくまっていた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
瀬戸内海の周辺をやや西へ行くと、グロという土地が多く、是も土篇に丸の字などを書いて、塚の意味に用いる地方があるから、グロは単なる堆積たいせきのことであったろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ふるくは貞觀年間じようかんねんかんちかくは寶永四年ほうえいよねんにも噴火ふんかして、火口かこう下手しもて堆積たいせきした噴出物ふんしゆつぶつ寶永山ほうえいざん形作かたちづくつた。すなは成長期せいちようきにあつた少女時代しようじよじだい富士ふじ一人ひとり子持こもちになつたわけである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
実験から得た知識の堆積たいせきが、自ずと彼を昆虫学者にし、一家をなしていたと云われている。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「一つの継続した我とはなんだ? それは記憶の影の堆積たいせきだよ」と。この男はまた悟浄にこう教えてくれた。「記憶の喪失ということが、おれたちの毎日していることの全部だ。 ...
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何千回、何万回という経験が、この老人に鏡なしで手さぐりで顔の鬚をらくらくと剃ることを教えたのだ。こういう具合の経験の堆積たいせきには、私たち、逆立ちしたって負けである。
この界隈の連合委員会の事業振興の決議案にもかかわらず、閑散とした取引市場をとりまいて、日一日と失業者と、彼らの飢えが生産余剰と反比例して街の広場に堆積たいせきして行った。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
名声の空虚なこと、忘却の確実なことについて、くりかえし説かれた訓戒のうずたかい堆積たいせきでなくてなんだろうか。じっさい、これは死の帝国である。死神の暗黒の大宮殿である。
ある一方より見れば、新詩形を有する発句は和歌の冗漫なるに比してやや新なる者を生じたる事なきにあらねど、そは極めて少数にして、大体は陳腐と平凡との堆積たいせきせる言葉のかたまりのみ。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
小説を作るということは結局第二の自然という可能の世界を作ることであり、人間はここでは経験の堆積たいせきとしては描かれず、経験から飛躍して行く可能性として追究されなければならぬ。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ですからもしこの海底を浚渫しゅんせつすることができましたならば、古来からの金銀財宝や船の破片、白骨なぞがどのくらい堆積たいせきしているか、量り知れないものがあろうと思われるのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
長い年月に堆積たいせきした苦悩と、今夜の酒の酔いで私はもう何もわからなくなった
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
脂肪の極大堆積たいせきに依って全皮膚の表面張力が限度に達しているため、全身的にも部分的にも心理の反映たる表情能力を欠除していたからで、その巨大な肉塊を掻分かきわけて現われた実際の子之八は
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あさからばんまで、ひるからよるまで——いや、そういう区別くべつもなく、永久えいきゅうに、くらく、ただ、見得みうるかぎりの世界せかいというものは、けずられた赤土あかつち断層だんそうの一部分ぶぶん煉瓦れんが堆積たいせきと、そのれめからわきして
これからは怠り勝になって、少々は糞尿の堆積たいせきする箇所が出来るかも知れないけれども、容赦ようしゃしていただくつもりである。以上の実情を調査下され、善処ありたい。——という意味の歎願書であった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
古呆けて妖怪じみた長火鉢の中には、突きさした煙草の吸殻がねぎのように見えた。壁に積んである沢山の本を見ていると、なぜだか、舌に唾が湧いて来て、この書籍の堆積たいせきが妙に私を誘惑してしまう。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
涯しない瓦礫がれきと燃えさしの堆積たいせきであった広島
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
しかしいかに建築材料だけが立派に堆積たいせきされてあってもそれだけでは殿堂はできない。殿堂の建設には設計者のファンタジーが必要である。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
葉子は散歩客には構わずに甲板を横ぎって船べりの手欄てすりによりかかりながら、波また波と果てしもなく連なる水の堆積たいせきをはるばるとながめやった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
黄河こうがという河はふだんは水がないが、大雨がくると黄土の泥流でいりゅうあふれたって一年に何メートルも河底に泥が堆積たいせきする。
武者ぶるい論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その藻の堆積たいせき腐敗ふはいし、絶望的なにおいを放っていた。まことにそれは眩暈めまいのするようないやな臭気であった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その輪郭は眼界を逸し恐ろしいほど重畳して、互いにつみ重なり堆積たいせきし、慄然りつぜんたらしむる断崖だんがいをなしながら、上方眼の届かない所まで高くそびえているのを
宇宙をとんでいる隕石などが、地球と月との引力の平衡点に吸込まれて、あのように堆積たいせきするのだ。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
性慾の敏感さ——すべて、執拗しつようなもの、陰影を持つもの、堆積たいせきしたもの、揺蕩ようとうするもの等がなつかしく、同時にそれはまたかの女に限りなくやましく、わづらはしかつた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
おおきな虚無の痙攣けいれんは停止したまま空間に残っていた。崩壊した物質の堆積たいせきの下や、割れたコンクリートのくぼみには死の異臭がこもっていた。真昼は底ぬけに明るくて悲しかった。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それでまた、いいのだとも思う。(藤村については、項をあらためて書くつもり。)ヨーロッパの大作家は、五十すぎても六十すぎても、ただ量で行く。マンネリズムの堆積たいせきである。
退いたとは云っても、跡には土砂がそっくり残ってい、その堆積たいせきが所にっては軒を埋める程の深さに達していて、何のことはない、雪にとざされた北国の町景色そのままであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今の仕事ぶりを見ていると、実に長い歳月の経験や知識が堆積たいせきして、ここまで来ているのだという事がよく分る。一朝一夕の技ではない。ここにも伝統が如何に濃く働いているかが分る。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
このとき中央ちゆうおう山脈さんみやく斜面しやめん沿うて堆積たいせきしてゐた土砂どさ全體ぜんたいとして山骨さんこつはなれ、それが斜面しやめんながくださいまがところおいて、雪崩なだれの表面ひようめんあるひひらいたり、あるひぢたりしたものゝようであるが
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
私は堆積たいせきされた旅愁をつかんで
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
産院の堆積たいせきの底から
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
エイゼンシュテインはこれを二つのものの単なる組み合わせあるいは堆積たいせきすなわち彼のいわゆる叙事的な原理と見る代わりに
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
周囲に重畳堆積たいせきしてる大なる暗雲におびやかされながら輝いてる理想こそ、見るも恐るべきものである。