けち)” の例文
あの品の好い紳士は、あれで心は残酷で、けちくさいのだろう。あの百姓は単純そうに見えて、本当に嫌にしつこくて貪欲どんよくなのだろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
長「そりゃア知っていますが、女という奴アけちなもんで、お嬢さんのように施しを褒めてくれる女はございませんから持たないんです」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そんなけちじゃアありませんや。おのぞみなら、どれ、附けて上げましょう。」と婦人おんなは切の端に銀流をまぶして、滝太郎の手をそっと取った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いかにもけちくさくぎょうと行とをくっつけるように書いて行ったが、そうすると今度は余白がたくさん残るので、それも気が気ではないのだ。
ニヤリニヤリと岡つ引を迎へると言つた肌合の女——けちで無慈悲で、強慾がうよくだつた寅五郎と、生れ變つて來ても氣性の合ひさうもない柄です。
この紳士はこの町で名高いけちん坊でしたが、つかつかと乞食の処に近よりまして、その若い男の死骸を買おうと申しました。
正夢 (新字新仮名) / 夢野久作萠円(著)
「こんなものをくれるところをもって見ると、それほどけちでもないようだね。ひとうちの子をブランコへ乗せてやらないって云うのは嘘だろう」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「然うねえ。けれども余り安物を持ち込むのも考えものよ。田舎の人は直ぐに値踏みをしますからね。けちだと思われちゃ業腹じゃありませんか?」
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
、頼まれたって触れて歩くような、そんなけちな野郎でもございませんから御心配なさいますな。まあ、なんにしてもお怪我がなくてようございました
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『だつて兄樣、さうすれば九寸位になつてよ。可いわ、そんなら八寸にしときませう。』『けちだな。も少し負けろ。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼は、ぱふりぱふりと煙草をくゆらしながら、和尚の生活のみだらなことや、けちで、彼には卵を食わせないこと、煙草も買ってくれないことなどを話した。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
お客がビール一本注文したら三本位持って行って了うのだよ。カツレツなんか注文したら、そんなけちくさい物を
女給 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
今お前が始めて受けた苦痛に促されてそう云ってくれるのを、己がい事にして同意して、そのことばに酔わされてしまっては、己はけちな野郎になってしまう。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
やす贈物おくりものだ!』とあいちやんはおもひました。『わたし誕生日たんじやうび此麽こんなけち贈物おくりものをしてもらひたくない!』しかあいちやんはあへてそれをこゑしてひませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
説いてもらう法もあるが、大野はけちん坊で、七百両説に大賛成であろうし、大石は仇名の通り昼行灯で、算盤珠のことで殿に進言するという柄ではないし……
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
己れがもう少し大人に成ると質屋を出さして、昔しの通りでなくとも田中屋の看板をかけると楽しみにしてゐるよ、他処よその人は祖母さんをけちだと言ふけれど
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
金づかいはけちな客だが馴染なじみは古い。またそれを腹勘定に入れているこのお客さまだ。やたら小女にまで威張り散らしていたが、ふと白壁の書に目をとめて。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その風呂敷も一緒に焼いてしまえば好かったんですが、そこが人情のけちなところで、風呂敷まで焼くにも及ぶまいと、そのまま残して置いたのが運の尽きでした
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その多くは無代価ただで書物を貰はうとするけちてあひで「平素ふだんから貴君あなたを尊敬してゐる」とか、「御著作は欠かさず読んでゐるが、近頃手許が苦しくて買へないから」
気の毒な事には、この油断のない、けちな末造の処置を、お玉親子は大そう善意に解釈して、現金を手に渡されぬのを、自分達が尊敬せられているからだと思った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
兄貴のやつけちなことをしないで、もう二三枚れておけばいいのに。などと、はらのなかで舌打ちをした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さて竜に生まるるは、必ずしも瞋痴ばかにおこった者に限らず、吝嗇けちな奴も婬乱な人も生まれるので、けちな奴が転生した竜は相変らずしわく、みだらなものがなった竜は、依然多淫だ。
「これが本当に罰が当つたと云ふものだ。ちよいとけちな考を出したゞけで、遣る物は倍になつた。」
どうしてって、家の遠いのも厭だったし、姑という人が、物がたくさんあり余る癖にけちくさくて、三年いても前垂一つ私の物と言って拵えてくれたことせえなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
アイルランド人をけちん坊とするように、よく漫画雑誌などの材料にせられたものである。
放心教授 (新字新仮名) / 森於菟(著)
と、そんなけちな肉感なんか、忽ちすッとんでしまうほど空はとろけそうに碧く、ギラギラ燃えていた。その空の奥に、あなたの顔の輪廓りんかくが、ぼおっと浮んだような気がしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
きさまも懸賞小説なんぞとけち所為まねをするない。三文小説家になつて奈何どうする気ぢや。」
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
ほかの在留して居る日本人が下宿の飯はけち臭いと云つてよくこぼすが、おれの下宿は反対に潤沢なのに驚く。元来少食なおれは兎角とかく辞退ばかりしなければならないのに弱る程である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ある時ふと其感情をそこねてからと言ふものは、重右衛門大童おほわらはになつて怒つて、「何だ、この重右衛門一人、村で養つて行けぬとふのか。そんなけちくさい村だら、片端から焼払つて了へ」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
けちン坊で、不妊症のこの田舎女房は、青く鳥肌だった顔をしょッちゅう戸外へむけていて、馬をっぱった頬被ほおかむりや、自転車に乗った百姓達を見ると、顔色とまるで反対な声を出して——一寸ちょっと
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
青昆布などのあしらいに、ツイ騙されて南京米をも知らずに頬張るが、以前はそんなけちなのはなかったものだ、はばかんながら今でも千住の鈴木まで買いにゆくなら、ころもにしてある油揚も別製なれば
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
人間ってけちだから三百円もする金魚は決して殺しはしないわよ、それに、皆さんは金魚だけはどんな残酷屋さんでも、殺すもんですか、金魚は生涯可愛がられることしか、皆さんから貰ってないもの
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
けちなファウスト奴。貴様は見違えた奴になったなあ。2720
「なんだい、けちん坊の婆あ——」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
坊主ばうずめうな事をふて、人の見てまいでは物がはれないなんて、全体ぜんたいアノ坊主ばうず大変たいへんけちかねためやつだとふ事を聞いてるが
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
けちなことをお言いなさんな、お民さん、阿母おふくろ行火あんかだというのに、押入には葛籠つづらへ入って、まだ蚊帳かやがあるという騒ぎだ。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寅五郎がけちなのと、お富が我儘わがままなせいだろう。五年も前から寝部屋まで別にして、お富は姪のお豊と一緒に裏二階に寝ている
この講堂にかくまでつめかけられた人数の景況からすと堺と云う所はけっしてけちな所ではない、えらい所に違いない。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それがけちでなく、無駄をしないという感じなので気もちがよかった。折からの雪をとって来て土瓶の中に入れながら
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
一知はマユミの両親が極度に浅ましいけちであると同時に、鬼ともけものともたとえようのない残酷な嫉妬焼やきもちやきである事を、ずっと以前から予想していた。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一体己がこんな事をお前にいうのはけちなのだ。馬鹿ばかだと云ってもいかも知れない。しかし考えて見てくれ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
今は紙幣さつびらを切つてゐる成金の、けちな、見窄みすぼらしかつた以前を知つてゐるのは、この婆芸者である。
むかしのとほりでなくとも田中屋たなかや看板かんばんをかけるとたのしみにしてるよ、他處よそひと祖母おばあさんをけちだとふけれど、れのため儉約つましくしてれるのだからどくでならない
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼はけちでないので、ずいぶん思い切って金を遣った。しかもその縄張りは余り広くないので、収支がとてもつぐなわない。彼の身代はますますけずられてゆくばかりであった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
土蔵付きの母屋おもやが、八間か九間、家は広いが、けちぼうな権内は、ろくに雇人やといにんも使っていない。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けちな野郎ぢやナ。一生に一度の大作を残して書籍館しよじやくゝわんに御厄介を掛けて奈何する気ぢや。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
親分が——日済貸ひなしがしが利をはたるようなけちな真似をしてねえで、るならすっぱりと気持よく奪れ、やくざの繩張は腕と腕だ……とおっしゃったところ、鼻猪之め、にやりと笑って
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けちな癖に、女には目がないとか、不思議に食奢くいおごりだけはするとか云うのがそれである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「うむ、水戸はいったいけちなところじゃ、家中かちゅうを廻り歩いてもトンと祝儀しゅうぎが出まい」
「けれどもほかの方の振り合いもございますから、今も申しました通り、私、出すならあんまけちなことはしたくありませんの。如何いかがでしょう、五十円ばかり? ねえ、あなた、五十円丈け?」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)