“却(しりぞ)” の例文
ローマ法族の法神パピニアーヌスは誣妄(ふぼう)の詔を草せずして節に死し、回々法族の法神ハネフィヤは栄職を却(しりぞ)けて一死その志を貫いた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
私(わたし)も私自身の中(うち)に、冷酷な自己の住む事を感ずる。この嘲魔(てうま)を却(しりぞ)ける事は、私の顔が変へられないやうに、私自身には如何(いかん)とも出来ぬ。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此反対に、さうした詞の災ひを却(しりぞ)けて、善い状態に戻す呪力や、我が方へ襲ひかゝつて来た呪咀を撥ね返す能力が考へられて来た。
二人の恋の許可不許可も問題に上ったが、それは今研究すべき題目でないとして却(しりぞ)けられ、当面の京都帰還問題が論ぜられた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「凡ての歴史は不確かで曖昧である。然し誰かがあなたに或ることが疑はしいと内々で知らせるなら、あなたはその人をすぐ却(しりぞ)けてよろしい。」
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
自分ではひどく不満足に思っているが、率直な、一切の修飾を却(しりぞ)けた秀麿の記述は、これまでの卒業論文には余り類がないと云うことであった。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
故に共同の敵なる畠山持国を却(しりぞ)けるや、厭(あ)く迄現実的なる宗全は、昨日の味方であり掩護者であった勝元に敢然対立した。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
妻は娶りしより前七年間の近附にて、小生を愛し、小生の娶るを待つとて結婚を申込みし者を二人まで却(しりぞ)けしこと有之候。
倘(も)し并せて返納せば、益々(ますます)不恭に渉(わた)らん。因って今、領受し、薄く土宜(どぎ)数種を晋(すす)め、以て報謝を表す。具(つぶ)さに別幅に録す。却(しりぞ)くるなくんば幸甚なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
マルクスがいったように太平洋をはじめて世界市場に編入し大西洋を単なる「内海」の地位に却(しりぞ)けてしまう最初の芸当を、美事にやってのけたからだ。
されど剛愎(ごうふく)我慢なるその性(さが)として今かく虜(とりこ)の辱(はずかしめ)を受け、賤婦(せんぷ)の虐迫に屈従して城下の盟(ちか)いを潔しとせず、断然華族の位置を守りてお丹の要求を却(しりぞ)けたるなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それで私は、あらゆる世俗的栄華をふり捨て、安易と逸楽を却(しりぞ)け、身を休める暇(いとま)もないまで奔走しました。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
燕将張武(ちょうぶ)悪戦して敵を却(しりぞ)くと雖(いえど)も、燕軍遂に克(か)たず。是(ここ)に於て南軍は橋南(きょうなん)に駐(とど)まり、北軍は橋北に駐まり、相(あい)持(じ)するもの数日、南軍糧(かて)尽きて、蕪(ぶ)を採って食う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
外国より蛇群来り攻むれど諸蛇脊にかの女王を負う間は敵常に負け却(しりぞ)く、女王に睨(にら)まるれば敵蛇皆力なし
多くの考えが彼のうちにわいてきたが、絶えず姿を現わして他の考えを追い却(しりぞ)ける一つのものがあった。
だが、大人には大人の理由があって、子供のそうした感情なんかてんでわからないかのように母は冷酷に私の願いを却(しりぞ)けた。それは私には運命のようなものであった。
ある日此男が訪(たず)ねて来て、例の如く色々哲学者の名前を聞かされた揚句(あげく)の果(はて)に君は何になると尋ねるから、実はこうこうだと話すと、彼は一も二もなくそれを却(しりぞ)けてしまった。
処女作追懐談 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ故手紙が雨に濡れたと云ふ被告の弁解も一喝の下に之を却(しりぞ)けてしまつて聞入れない。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
二三日經つて、級長の谷以下のクラスの代表者六人から申し出た猫又先生更任願は、教頭の劇しい叱責と共に素氣(すげ)なく却(しりぞ)けられた。教頭は冷かな眼でみんなを見下しながら云つた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
要(えう)は兵(へい)を彊(つよ)くし(一〇六)馳説(ちぜい)の(一〇七)從横(しようくわう)を言(い)ふ者(もの)を破(やぶ)るに在(あ)るなり。是(ここ)に於(おい)て南(みなみ)は百越(ゑつ)を平(たひ)らげ、北(きた)は陳蔡(ちんさい)を并(あは)せ(一〇八)三晉(しん)を却(しりぞ)け、西(にし)は秦(しん)を伐(う)つ。諸矦(しよこう)、楚(そ)の彊(つよ)きを患(うれ)ふ。
と奥田君が却(しりぞ)けた。道子さんの側からは奥田君夫婦と両親が遙々上京していた。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
結局子孫の艱難(かんなん)を長引かせたとも見られるが、さればとて遠い未来の全体の幸不幸を勘定して、この目前に甘く且つ柔かなる食物の誘惑を却(しりぞ)けることは、人が神であってもできないことである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
表面の虚飾を却(しりぞ)け、またこれを掃(はら)い、これを却掃し尽くして、はじめて至親の存するものを見るべし。しからばすなわち交際の親睦は、真率のうちに存して、虚飾と並び立つべからざるものなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それほど死ぬことを怖れながら、私は人の親切にすゝめてくれる疎開をすげなく却(しりぞ)けて東京にとゞまつてゐたが、かういふ矛盾は私の一生の矛盾であり、その運命を私は常に甘受してきたのである。
魔の退屈 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
喬子はこの誘惑を却(しりぞ)けるのに、血みどろで闘ったつもりです。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
素戔嗚(すさのお)はそろそろ焦(じ)れ出しながら、突慳貪(つっけんどん)に若者の請(こい)を却(しりぞ)けた。すると相手は狡猾(こうかつ)そうに、じろりと彼の顔へ眼をやって
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
逍遙子が其黨人と共に沒主觀の名を却(しりぞ)けて我評を難ぜしはいと面白けれど、その面白き樣なるは抑何故ぞや。答へて云く。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
どうか暫(しばら)くこのままにして東京に置いてくれとの頼み。時雄はこの余儀なき頼みをすげなく却(しりぞ)けることは出来なかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それ故に彼は時間の停止することなき「流れ」に対して現実的な感情を有しない。時間の流れから直接に生れ、我々が追憶と呼ぶところの感情をゲーテは却(しりぞ)けた。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
それから「神代巻」の弉尊が桃実を投げて醜女を却(しりぞ)けた譚などに拠る由は古人も言い、また『民俗』一年一報、柴田常恵君の説に、田中善立氏は福建にあった内
何福等此(これ)を見て安と合撃し、燕兵数千を殺して之(これ)を却(しりぞ)けしが、高煦は南軍の罷(つか)れたるを見、林間より突出し、新鋭の勢をもて打撃を加え、王は兵を還(かえ)して掩(おお)い撃ちたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
外人なお船を衝て止(や)まず、金子もために却(しりぞ)けられんことを恐れ、舟を捨て躍って梯に在り。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
私は、それから「下(しも)の諏訪」へ下る途(みち)すがら、ふさぎの虫のかかって来るのを、却(しりぞ)けかねて居た。一段落だ。はなやかであった万葉復興の時勢が、ここに来て向きを換えるのではないか。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
それほど死ぬことを怖(おそ)れながら、私は人の親切にすすめてくれる疎開をすげなく却(しりぞ)けて東京にとどまっていたが、こういう矛盾は私の一生の矛盾であり、その運命を私は常に甘受してきたのである。
魔の退屈 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
己(おの)が身辺に絡纏(まつわ)りつつある淫魔(いんま)を却(しりぞ)けられむことを哀願しき。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
某村の戸長(こちょう)は野菜一車(ひとくるま)を優善に献じたいといって持って来た。優善は「己(おれ)は賄賂(わいろ)は取らぬぞ」といって却(しりぞ)けた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
津崎左近(つざきさこん)は助太刀の請(こい)を却(しりぞ)けられると、二三日家に閉じこもっていた。兼ねて求馬(もとめ)と取換した起請文(きしょうもん)の面(おもて)を反故(ほご)にするのが、いかにも彼にはつらく思われた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『政事要略』七〇に、裸鬼が槌を以て病人に向うを氏神が追い却(しりぞ)けた事あり。『今昔物語』二十の七に、染殿(そめどの)后を犯した婬鬼赤褌を著けて腰に槌を差したと記す。
不自然なものを含むとしてそれを却(しりぞ)け、また彼はかやうな飛躍的な発展が可能であるとは信じない。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
小舟船梯(せんてい)の底に入り、浪と共に上下し、激して声を成す、船員驚き怒り、棍を携え、梯子に立ち、二人の船を衝き却(しりぞ)けんとす。松陰梯(はしご)に躍(おど)ってその梯に在り、金子を顧みて纜(ともづな)を攬(と)らしむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
鄙(ひな)びては居るが、信頼の出来る、古めかしい味ひを持つてゐた。此二派のけぢめの朧(おぼ)ろになつたのは、平安中期の末頃と見てよかろう。其頃出た恵心僧都は、これを狂言綺語として却(しりぞ)けた。
その肥後の聘を却(しりぞ)けて骸骨を乞うた時、「吾帰于此十年、所天三喪、不可以移矣」と云つてゐる。享和二年より十年とすると、文化八年で、慊堂は四十一歳である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
何でも天地開闢(かいびゃく)の頃(ころ)おい、伊弉諾(いざなぎ)の尊(みこと)は黄最津平阪(よもつひらさか)に八(やっ)つの雷(いかずち)を却(しりぞ)けるため、桃の実(み)を礫(つぶて)に打ったという、——その神代(かみよ)の桃の実はこの木の枝になっていたのである。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
象出で来るに及びかの小男槍か弓矢を帯びよと人々の勧めを却(しりぞ)け、年来試(ため)し置いた杼の腕前を静かに見よと広言吐いて立ち向う、都下の人民皆城壁に登りてこれを見る
逍遙子は別に論を立てゝ主觀といふ語を却(しりぞ)けつ。その亞米利加(アメリカ)の人エワレツトが言を引きての辨にいへらく。吾黨とエワレツトとの所謂主觀は私情なり。直現情感なり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ベーカーの『ゼ・ナイル・トリビュタリース・オヴ・アビシニア』に、氏が獅子を銃する時落ち着いて六ヤードの近きに進み、獅子と睨み合いて却(しりぞ)かなんだ勇馬を記す。
かう言ふ羽目に陥るのは必しも彼女の我我を却(しりぞ)けた場合に限る訳ではない。我我は時には怯懦(けふだ)の為に、時には又美的要求の為にこの残酷な慰安の相手に一人の女人を使ひ兼ねぬのである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのコンスタンチン大帝の厚聘(こうへい)を却(しりぞ)けてローマに拝趨(はいすう)せなんだり、素食(そしょく)手工で修業して百五歳まで長生したり、臨終に遺言してその屍の埋地を秘して参詣の由なからしめ
「さればとて先生に向つて、あからさまに泉州の威権を説き、蘭方医の信用を説くことは出来ない。若し此の如き言説を弄したら、先生は直にわたくしを叱して却(しりぞ)けたであらう。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
こう言う羽目に陥るのは必(かならず)しも彼女の我我を却(しりぞ)けた場合に限る訣(わけ)ではない。我我は時には怯懦(きょうだ)の為に、時には又美的要求の為にこの残酷な慰安の相手に一人の女人を使い兼ねぬのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)