かく)” の例文
ひろい小谷おだにの地を三分して、一かくごとに一城を築き、長政はその三の曲輪くるわにたてこもっていた。小谷城とは、三城あわせた総称である。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すすき、天守の壁のうちより出づ。壁の一かくはあたかも扉のごとく、自由に開く、このおんなやや年かさ。鼈甲べっこうの突通し、御殿奥女中のこしらえ。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこは五十余万石の繁華な城下町のうちで俗に『河岸っぷち』といわれ、三十七八軒の下等な娼家が集まって一かくをつくっている。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かげでこそオッペケペなぞと旗上げ当時を回想して揶揄やゆするものもあったが、演劇界に新たな一線をかくすだけのことを川上はやり通した。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
悠々ゆうゆうとか従容しょうようとか云う字はかくがあって意味のない言葉になってしまう。この点において今代きんだいの人は探偵的である。泥棒的である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
赤や金色や灰色の淡い筋がはじめて地平線をはてから涯までかくした時、彼等は川上によこたわっている町や村かの大きな黒影を見た。
殊にまた右手の霞の海の果てに、横線をかくして積雲の層が見事に現れていることが、この光景を一層浄化しているかに見える。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
それで張合いが出たのか、あるいはかれの技芸に一転機をかくしたのか、その後の菊之助は興行ごとに評判がよくなった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
島には限らず、内陸の広い土地でも、地をかくしてみればみなそうなのであろうが、島ではことにそれが目に立って感じられる理由が色々とあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は更にそれ以前の、往来の狭かった、宿場のままの新宿にさかのぼりたい。私が少年時代には、四谷と新宿の境界は大木戸によって判然とかくされていた。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
それが周囲の黒ずくめの間に、見事な一線をかくして、滝の様にくだっている有様は、その単純な構図故に、一際崇高すうこうの美を加えているのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今までのちゃんばらに一新紀元をかくしたからでもあり、机龍之介りゅうのすけや月形半平太が、ことにも観衆の溜飲りゅういんを下げていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鉄軌レールがそれに映じて金色の蛇のように輝き、もう暗くなりかけた地面に、くっきり二条の並行線をかくしていた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
現在は過去と未来との間にかくした一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
※※共に四角の中のかくを外まで引き出すなり。活字を見るにの字は正しけれどめんの字はことさらに二画に離したるが多し。しかしこれらは誤といふにもあらざるか。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
舊主に対する順慶が心持の変化を辿たどってみると、大凡そ三つの時期をかくして推移したことが察せられる。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
幸にも、その時聖徳太子のような曠古こうこの大天才が此世にあらわれて一切の難事業を実に見事に裁決させられた。国是は定まり、国運は伸び、わけて文化の一新紀元がかくせられた。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
イムペレエタアと称する霊からの通信の開始は、私の生涯に一新紀元をかくするものである。
もし顧みて工藝の偉大な時代があったなら、私たちは同じような一時代を未来にもかくさねばならぬ。認識は作られた品への認識であると共に、作らるべき品への認識でなければならぬ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
背後には、青空をくっきりとかくした、峰々みねみね紫紺しこん山肌やまはだ、手前には、油のようにとろりと静かな港の水、その間に、整然とたち並んだ、白いビルディング、ビルディング、ビルディング。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
泉原いずみはらは砂ほこりまみれた重い靴を引きずりながら、長いC橋を渡って住馴すみなれた下宿へ歩を運んでいた。テームス川の堤防に沿って一区かくをなしている忘れられたようなデンビ町に彼の下宿がある。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元をかくし、アンデルセンを出して近世お伽話とぎばなしの元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界にとなえしめしデンマークは
こちらの右の方には大きな宮殿ようの建物があって、玉樹琪花ぎょくじゅきかとでもいいたい美しい樹や花が点綴てんていしてあり、殿下の庭ようのところには朱欄曲〻しゅらんきょくきょくと地をかくして、欄中には奇石もあれば立派な園花えんかもあり
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一幅ひとはばの赤いともしが、暗夜をかくしてひらめくなかに、がらくたのうずたかい荷車と、曳子ひきこの黒い姿を従えて立っていたのが、洋燈を持ったまま前へ出て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その隣には寂光院の屋根瓦やねがわらが同じくこの蒼穹そうきゅうの一部を横にかくして、何十万枚重なったものか黒々とうろこのごとく、暖かき日影を射返している。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鍛冶、染物、皮革ひかくなどの職人のみが多く住んでいる裏町の一かくは、ふいごの赤い火や、つちの音や、働くもののわめきなどで、夜も日もあったものではない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帯上げは上に、腰帯は下に、帯を中にして二つの併行線をかくしたと、折り返して据わった裾に、三角形をなしている襦袢の緋とが、ずひどく目を刺戟しげきする。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして今までは、ここで厳重な一線をかくして、これ以上の道には蹈み込まぬように努めて来たけれども、これからはひょっとすると、蹈みはずすこともありそうな気がしている。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
芭蕉自らこの句を以て自家の新調に属する劈頭へきとう第一の作となし、従ふてこの句を以て俳句変遷の第一期をかくする境界線となしたるがために、後人こうじん相和してまたこれを口にしたりと見ゆ。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この枝の大いに茂るごとく、夏秋のみのりも豊かなれと祈願したものであるが、雪の国では広々として庭先にうねかくして、松の葉を早苗に見立て田植のわざをまねるのが通例であった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
瀕死ひんしの格太郎が、命の限りを尽して、やっと書くことの出来た、おせいに対する呪いの言葉、最後の「イ」に至って、その一線をかくすると同時に悶死をとげた彼の妄執、彼はそれに続けて
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
高い帽子をいただき鋤を担いだゴーの黒い影法師が暮れ行く空に朧げな外線をかくしながら窓硝子を過ぎて行った。師父ブラウンは熱心にそれを見送っていたがやがてフランボーに答えて云った。
しかしその旧東京にもまた二つの時代がかくされていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
でたくらいで割り切れる訳のものではない。今度はひだりの方をのばして口を中心として急劇に円をかくして見る。そんなまじないで魔は落ちない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伝へ聞く……文政ぶんせい初年の事である。将軍家の栄耀えよう其極そのきょくに達して、武家のは、まさに一転機をかくせんとした時期だと言ふ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
だがどうしても、この一かくから出たとは思われないので、番屋の者の手を借りあつめて、なおもくまなく尋ねたが、それに似よった女にも出あわない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阪戸さかと阪手さかて阪梨さかなし(阪足)などとともに、中古以前からの郷の名・里の名にありますが、今日の境の村と村とのさかいかくするに反して、昔は山地と平野との境、すなわち国つ神の領土と
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
女の「あれ、あそこに」という方角を見たが、灰色の空の下に別に灰色の一線がかくせられているようなだけで、それが水だとはっきりは見分けられない。その癖純一の胸にははげしい恐怖がく。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
山県君は先生の技倆ぎりょうを疑って、ずかしい漢字を先生に書かして見たら、うまくはないが、かくだけは間違なく立派に書いたといって感心していた。
満々百八十八町歩にみなぎらした水は、思えば偉大なる歴史をかくした時代の分水嶺ぶんすいれいでもあった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とに角、私の小さい身体からだ一つに取って、一時期をかくする、大切な場合なのです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかるにトシを稲作の一期をかくする言葉だったと知りつつも、いわゆる正朔せいさくの統一にはなお外国の前例を追い、輸入の暦法れきほうばかりを唯一の知識としたために、中央ではまず年の境が農業と縁遠く
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自分は机の前にくくりつけられた人形にんぎょうのような姿勢で、それを読み始めた。自分の眼には、この小さな黒い字の一点一かくも読み落すまいという決心が、ほのおのごとく輝いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ド、ド、ド、ドッと、城壁の一かくで、つるべ撃ちに銃砲が鳴った。パチ、パチとさかんに応射おうしゃし出したのは近くの音である。城内と城外と、彼我一瞬に銃火を交わし始めたらしい。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この茫々ぼうぼうたる大地を、小賢こざかしくも垣をめぐらし棒杭ぼうぐいを立てて某々所有地などとかくし限るのはあたかもかの蒼天そうてん縄張なわばりして、この部分はわれの天、あの部分はかれの天と届け出るような者だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山の手の四谷よつやの一かくは、屋敷町の閑寂かんじゃくな木立に、蝉しぐれがきぬいていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昨日きのうまで狭い布団ふとんかくされた余の天地は、急にまた狭くなった。その布団のうちの一部分よりほかに出る能力を失った今の余には、昨日きのうまで狭く感ぜられた布団がさらに大きく見えた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先に立って、船の内へ導いて行ったが、見れば、とも寄りの一かくとばりをめぐらし、緋毛氈ひもうせんをしき、桃山蒔絵まきえの銚子だの、料理のお重だの、水の上とも思われない、豪奢ごうしゃな小座敷がこしらえてある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何も知らないさいは次のへやで無邪気にすやすや寝入ねいっています。私が筆をると、一字一かくができあがりつつペンの先で鳴っています。私はむしろ落ち付いた気分で紙に向っているのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すでに禁苑きんえんの一かくとおぼしく、美々しい軍装の近衛このえ兵がげきを持って佇立ちょりつしていたが、林冲りんちゅうを見ると、おしのごとく黙礼した。禁軍師範の林冲も、まだかつて、こんなところまでは来たこともない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)