何処いずこ)” の例文
旧字:何處
遠くには、町の家根やねが見えた。その彼方には、高い国境くにざかいの山々がつらなって見えた。淋しい細い道は無限に何処いずこへともなく走っている。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
(今度は悠然ゆうぜんとしてきざはしくだる。人々は左右に開く)あらび、すさみ、濁り汚れ、ねじけ、曲れる、妬婦ねたみおんなめ、われは、先ず何処いずこのものじゃ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私もまた何処いずこの山の端でこういう風になって果てるか知らんと思うと、幾許いくばくか先に死んだ人の事を想い出して後を弔う心も起りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
島々の天然が近世に入って、激しい変貌へんぼうげたことは何処いずこも同じだが、この大島などはさらに特殊な社会的原因を附加している。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
坑道——ディグスビイの酷烈な呪詛じゅその意志をめたこの一道の闇は、壁間をい階層の間隙を歩いて、何処いずこへ辿りつくのだろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこ此処ここに二、三軒今戸焼いまどやきを売る店にわずかな特徴を見るばかり、何処いずこの場末にもよくあるような低い人家つづきの横町よこちょうである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「——帰するところ何処いずこ? すなわちあなたしかない。将軍、あなたは天命に選ばれた身であることを、自身、自覚されておいでかの?」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その何処いずこにも興味を見出みいだし得なかった彼は、会談の圏外けんがい放逐ほうちくされるまでもなく、自分かららちけ出したと同じ事であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いやとよ大王。大王もしまこと空腹ものほしくて、食物かてを求め給ふならば、やつがれ好き獲物をまいらせん」「なに好き獲物とや。……そは何処いずこに持来りしぞ」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
反対論者いわく、もし君の説のごとくならば教会の用何処いずこにか存する、人は一箇人として立つあたわざればこそ教会の必要あるにあらずやと。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
何処いずこの町とも分らぬが、或処で寂心が偶然ふと見やると、一人の僧形の者が紙の冠を陰陽師おんようじの風体を学び、物々しげにはらえするのが眼に入った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「明暦義党とやら申します輩が、多勢小船で乗りつけまして、お船を奪い取り何処いずこへともなく、はしり去りましてござります」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、父が車に乗って、その軸物の箱を肩にもたせながら、何処いずこともなく出て行く後姿を見た時、瑠璃子の心の中の妙な不安は極点に達していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「今朝のお汁の鳥はものかは」「何処いずこにも飽かぬはかれいなますにて」「これなる皿はめる人なし」とは面白く作ったものだ。
重太郎はおそら何処いずこへか立去たちさったのであろう。それから塚田巡査に発見されるまでは、重蔵も夢心地で何にも知らなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かつ空しき過去の追憶と、未来の映像とに生きんとする者に、「汝らは何処いずこに立てりや」と問うものはこの主義である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私は仔細あって夫と共に此の山へ来かゝりしに、山賊共にだまされての此の災難、今頃夫は何処いずこへまいられしか、定めし所々方々しょ/\ほう/″\とお尋ねであろう
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「迷うが故に三界の城あり。悟るが故に十方は空なり。本来東西なし、何処いずこにか南北あらん」(迷故三界城。悟故十方空。本来無東西。何処有南北)
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
私が触れ得たと思ういずれの極も、共に私の命のかてにはならないで、何処いずこにまれ動き進もうとする力は姿を隠した。私はいつまでも一箇所に立っている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勿論、お嬢さんの持って居る肉体の美は、れから二三十年も過ぎて、じょれて来ると同時に、何処いずこともなく消えうせてしまうには違いない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
科学者が世界の文明に貢献し自国の栄誉を高めつつあるにもかかわらず一般に不遇であるのは何処いずこも同じと見える。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
はたしてそうならば、睡眠すいみん中のいわゆる夢魂むこんによっていわゆる醒覚せいかく中の真意が何処いずこにありしかをうかがうこともできる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
口で品行論を唱えてもその身が不品行であったらばどうして人を感化し得るだろう。筆で道徳論を書いてもその身が不道徳をしては誠心実意何処いずこにある。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
で、大師は長者の死骸を其処へ葬って、其の上に杉の杖を逆さに立てて置いて、何処いずこともなく往ってしまった。
長者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ああ、大兄よ。爾は爾の腕の中に我を雌雉子めきじの如く抱きしめた。爾はわれをわれが爾を愛するごとく愛していた。ああ大兄、爾は何処いずこへ行った。返れ。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この世界の何処いずこかには、古羅馬中期の建物をそのまま今に伝えた、一つの優美華麗なる都会が現存しているに違いないという結論になってくるのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
今日西洋において仏国さかんなり英国富むというといえども、その富のよってきたるところは何処いずこにあるや。
教育の目的 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何処いずこともなくさらわれて行くのに気の付いた女乞食が、大骨を折って後をつけて、此の屋敷の外まで来ると、又その後をけて来た六蔵という男乞食がやって来て
一朝力を以て臨むという場合にも日本が最も便要の位置にいる。有事の際咄嗟とっさの間にその国民の安寧秩序を保全する能力は、日本をいて抑々そもそも何処いずこに求むべきであろう。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
何処いずこにも宿り、何処にもつながりを見せるものに思われます、あそこに紀介様がお越しになったばかりではなく、かげながら後事こうじたくされていたということも、わたくしには
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ともかくも妾の到る処何処いずこの監獄にてもかかる事の起りしは、知らず如何いかなる因縁いんねんにや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ああ十八年間の我が命はこれが終焉おわりなのである、どうぞ死んで後は消えてしまえ、さもなくば無感覚なものとなれ、ああこれが我が最後であるちいさき胸に抱いていた理想は今何処いずこ
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
ひげ蓬々ほうほうとして顔色憔悴しょうすいしていたが、事件発生後一週間目に当る去る三十一日夜、何処いずこよりか一通の女文字の手紙が同氏宛配達されて以来、何故なにゆえか精神に異状を来たしたものらしく
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何処いずこからともなく流れ入った水沫をただよわせて、蒼穹の彼方へと流れ去る。
大いなるもの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
幾条いくすじの流れが何処いずこからきたり、如何に合さり、何処へ行くのか、地図のみが知っている。玖珠くす川、大山川、三隈みくま川、花月川、そうして筑後川、それらの凡てを一身につなぐのが水郷日田である。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
またこれら巨大な岩石を何処いずこよりか(この島にこういう石は無い)海上遠く持ち運ぶなどという技術は、彼らよりも遥かに比較を絶して高級な文明をつ人種でなければ不可能だからである。
彼は、父衣笠貞之進の上役、佐伯五平を暗打ちにかけようとして、流石さすが、年のゆかぬ彼、まんまと斬りそこね、その場から家も、母親も、弟も捨てて、何処いずこともなく逐電ちくてんしてしまったのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
美人ト不美人トノ相違ノ真髄ハ何処いずこニアリヤト考エルノニ、要スルニレハ主トシテ眉目びもくノ立体幾何学的問題ニ在ル。眉目ノ寸法、配列等ガ当ヲ得レバ美人トナリ、マタ当ヲ得ザレバ醜人トナル。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
我々が我々の欲する何処いずこに身をおくにせよ、我々は凡て根本において集団的存在である。我々の有し、我々の在るところのものにして最も純粋な意味で我々の財産と呼ばれるものは如何に少いか。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
何時自分が東京を去ったか、何処いずこを指して出たか、何人なにびとも知らない、母にも手紙一つ出さず、建前が済んで内部うち雑作ぞうさくも半ば出来上った新築校舎にすら一べつもくれないで夜ひそかに迷い出たのである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さればその方は先ず己を恥じて、匇々そうそうこの宝前を退散す可き分際ながら、推して神通じんずうを較べようなどは、近頃以て奇怪至極きっかいしごくじゃ。思うにその方は何処いずこかにて金剛邪禅こんごうじゃぜんの法を修した外道げどうの沙門と心得る。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
火と柴薪たきぎは有り、されど、いけにへの小羊は何処いずこにあるや。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
みたまよ何処いずこに まよいておわすか
七里ヶ浜の哀歌 (新字新仮名) / 三角錫子(著)
何処いずこまでもと我追いゆかん。
ところが、意外のことに、人魚は一夜のうちに何処いずこかへ消え失せ、余は二人の日本青年と、これも嬰児えいじを二人拾い上げたにすぎなかった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自分はこれから何処いずこに行こうか。雨はさかんに降ってくる。上野の鐘が鳴る前世紀の人達が幾百年聞き澄ましたそれと同じ寂滅無常じゃくめつむじょうの声。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雲より上になりたるように思いしがじつに明るく清きところにて、あたりにいろいろの花咲き、しかも何処いずこともなく大勢の人声聞えたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と凹凸なく瞰下みおろさるる、かかる一枚の絵の中に、もすその端さえ、片袖かたそでさえ、美しき夫人の姿を、何処いずこに隠すべくも見えなかった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当夜、医者の楽翁が駕籠にのせて、何処いずこへかへ隠し去ったお燕の身は、やはりこうして、楽翁の手で、ここに匿われていたものとみえる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われらは人間の有する性情を「何所いずこより」「何処いずこへ」「何のために」「かくあるべし」と詮索するよりも「何である」と内省することこそ緊要である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)