住居すまい)” の例文
網代あじろの漁をする場所に近い川のそばで、静かな山里の住居すまいをお求めになることには適せぬところもあるがしかたのない御事であった。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
酋長ミンチの住居すまいは、大きな九本の椰子やしの木にささえられた大きな家で、遠くからみると、納屋に九本の足が生えているようだった。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
十番地は乃木坂のぎざかのちかく、わたしの住居すまいの裏のがけの上になっている。いま、音楽家の原信子はらのぶこの住んでいるところとの間になっている。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
本銀町の一角、一町四方もあろうと思う巴屋の店の後ろに、もう一町四方ほどの高い塀をめぐらして、巴屋の豪勢な住居すまいがあります。
忘れていた武家の住居すまい——寒気なほどにも質素に悲しきまでもさびしいなかにいうにいわれぬ森厳しんげんな気をみなぎらした玄関先から座敷の有様。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから『何か貴方のお役に立つことが出来れば』と、名刺を下すってね、『これが私の住居すまいです。なにとぞ御遠慮なく来て下さい』
初めての日、嬢も検分したごとくに、本館二階は純然たる公爵家家族の住居すまいであって、来客なぞの行く用のいささかもない所である。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ドシドシ人の住居すまいを買いつぶして妾宅を取拡げるなどということを聞くと、その傍若無人ぼうじゃくぶじんを憎まないわけにはゆかないのであります。
「灰屋殿の住居すまいは、この先の一条堀川なので、ちょうど途中、支度して待っているそうですから、ちょっと立ち寄って行きましょう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魔法使いの住居すまいを、遠くから来た旅人や方々ほうぼうの学者に尋ねたり、自分で探し廻ったりしましたが、どうしても分かりませんでした。
魔法探し (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
昔ながらに貧弱な村の風景を威儼いげんしていたので、小さな住居すまいに不似合な深良屋敷の名称も、自然、昔のまんまに残っているのであった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乗杉の住居すまいも無論同時に罹災りさいしていたに違いない。いろいろ思い合わせればなお更のことである。俳句の下には吐志亭と署名してある。
その後再び東京へ転住したと聞いて、一度人伝ひとづてに聞いた浅草あさくさ七曲ななまがり住居すまい最寄もよりへ行ったついでに尋ねたが、ドウしても解らなかった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
とめても無益むやくと綾子は強いず、「しかしこのままお別れは残惜のこりおしい。お住居すまいは? せめてお名だけ。」と余儀無く問えば、打笑いて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある朝私は小諸の住居すまいで眼が覚めると、思いがけない大雪が来ていた。塩のように細かい雪の降りつもるのが、こういう土地の特色だ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのののしり合う声々を戸外そとに聞いて、田丸主水正は、ここ作爺さんの住居すまい……たった一間ひとまっきりの家に、四角くなってすわっている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そら謡曲の船弁慶ふなべんけいにもあるだろう。——かようにそうろうものは、西塔さいとうかたわら住居すまいする武蔵坊弁慶にて候——弁慶は西塔におったのだ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とそれから二三の鸚鵡を押えて、住居すまいへ持帰りまして、「旦那様か、お町でございます」などと口真似をさせるのが何よりのたのしみ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私が新銭座に一寸ちょいと住居すまいの時(新銭座塾にあらず)、誰方どなたか知らないが御目に掛りたいといっておさむらいが参りましたと下女が取次とりつぎするから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
床屋とこや伝吉でんきちが、笠森かさもり境内けいだいいたその時分じぶん春信はるのぶ住居すまいで、菊之丞きくのじょう急病きゅうびょういたおせんは無我夢中むがむちゅうでおのがいえ敷居しきいまたいでいた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
きつねにつままれたようにぼうとなるものでございますわ、ほんとうに失礼いたしました、こんな河獺かわうそ住居すまいのような処へおでを願いまして
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
所は神田連雀れんじゃく町の丁寧松の住居すまいであり、障子に朝日がにぶく射し、小鳥の影がぼんやりとうつる、そういう早朝のことであった。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つて私がした様に、春泥の最後の住居すまいであった上野桜木町三十二番地附近を調べさせたが、流石さすがは専門家である、その刑事は苦心の末
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とにかく倉地の住居すまいのある部屋へやに、三人の娘たちに取り巻かれて、美しい妻にかしずかれて杯を干している倉地ばかりが想像に浮かんだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
老人の住居すまいは、噂に聞いた身分に似合にあわしからぬ川向うのP町で、同じように立並んだ古びた四階建の、とある二階の全体を間借りしていた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それから、こういう家がなければ、われわれは、自分たちの先祖がどんなふうにして住居すまいをこしらえたかということがわからなくなるからね
やあ、たいへん結構な住居すまいじゃないか。戦災をまぬかれたとは、悪運つよしだ。同居人がいないのかね。それはどうも、ぜいたくすぎるね。
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それどころか、人の住居すまいも教会も風車も、ふだんなら白か赤かに見えるのに、いまはみどりの空に向かって、くっきりと黒い姿を見せています。
一郎の自白によって直ちにその住居すまいの捜索が行われたが、其の時押収された道子から一郎に宛てた封書は百通にも上って居たと云われて居る。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
彼の好んで読書し文章を書く廊下の硝子窓は、甲州の山に向うて居る。彼の気は彼の住居すまいの方向の如く、彼方あっちにもかれ、此方にも牽かれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちょうど何もかも徳川瓦解がかいの後を受けたドサクサの時代で、その頃の政治家という人たちは多くお国侍くにざむらいで、東京へ出て仮りの住居すまいをしておって
こうしてそれから二十分ばかりの後、私たちはブルック・ストリートにあるトレベリアン博士の住居すまいの前で馬車をおりた。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
ただ今では、石灰乳で白くぬられた古い壁紙の私どもの二つの室は、お宅のようなりっぱなお住居すまいにも比べて恥ずかしからぬほどになりました。
しかしもう追っつかなかった。費用がほとんど倍加して来たことも仕方がなかった。住居すまいが広くなっただけでも彼は満足するよりほかなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
皆其隣のうちの者の住居すまいにしてある座敷にかたまっているらしい。塩梅あんばいだと、私は椽側に佇立たたずんで、庭を眺めているふりで、歌に耳をかたぶけていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そこはバードックきょう荘園しょうえんのある高原こうげんの静かな土地で、荘園ではたらく執事しつじが、じぶんの住居すまいに昼の食事にかえるとちゅう、ころされたのである。
幸に先生は維納府外数里の地に住居すまいでありました。拙者一見手をにぎりてほとんど傾蓋けいがいおもいをなしました。拙者先生に引かれてその住居へきました。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
一度などは小説中のホームズの住居すまいなる二百十二番地B〔(正しくは二二一B)〕は果たしてあるだろうかと考えて、調べたらもちろん無かった。
科学的研究と探偵小説 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
暗澹あんたんとした日常で、何しろ、すすんで何かやりたいと云った熱情のない娘でしたので、住居すまいも定まらず親子三人で宿屋から宿屋を転々としながら
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
椙原家の作男さくおとこで吾平というのが、使つかいを命ぜられて西の家へ行った。——西の家とは、敦夫の父の弟で、敦夫たちには叔父おじに当る源治の住居すまいである。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでも段々年をとっては、せめて起臥きがをわが家でしたいのが人の通情であるから、保胤も六条の荒地のやすいのをあがなって、住居すまいをこしらえた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
町のまんなかには、りっぱな大理石のお城があって、赤い金で屋根がけていました。これが王さまのお住居すまいでした。
ことに祖先以来同一国内に住居すまいする同一の日本民族なるにおいて、決して永くその差別を保存すべきではありません。
どこをドウとうったのやら途中とちゅうのことはすこしもわかりませぬが、かくわたくし指導役しどうやくかみさまにれられて、あの住居すまいたずねてったのでございます。
杉家は酒の醸造じょうぞうを業としていた。住居すまいから五町ほどいった浜辺に酒倉がある。小学校を出ると、弟は、父の意志で、それへ毎日やらされることとなった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
「この奥がわたくしの住居すまいですから、むさいところですけれども、もしお通りすがりにはお立ち寄りを願います」
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
万事がこの我儘な希望通り取計らわれたばかりでなく、宿も特に普通の旅館を避けて、町内の素封家そほうかN氏の別荘とかになっている閑静な住居すまいを周旋された。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三四郎の住居は、丸太材を適度に配したヒュッテ風の小粋な住居すまいで、同じように三軒並んだ右端の家であった。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
こりゃ上等の住居すまいだ。実に堂々たる暮しだね。工人たちのこんな立派な住居ってものは、内地の田舎にはどこへ行ったってありゃしない。構造が面白いな。
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
小身と云っても場末の住居すまいですから、阿部さんの組屋敷は大縄おおなわでかなりに広い空地を持っていました。お定まりの門がまえで、門の脇にはくゞり戸がある。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)