下闇したやみ)” の例文
杖をこみち突立つきたて/\、辿々たどたどしく下闇したやみうごめいてりて、城のかたへ去るかと思へば、のろく後退あとじさりをしながら、茶店ちゃみせに向つて、ほっと、立直たちなおつて一息ひといきく。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
寒々さむざむとした気持になって、夢中で部屋の中を探し廻る。ふと、壁ぎわの寝台の下をのぞくと、その下闇したやみの中に、燐のようなものが二つ蒼白い炎をあげている。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
主人を乗せた二匹の驢馬は、落葉の深さに少しの跫音も立てないで、静かに下闇したやみをたどります。獣も鳥も鳴かず、死の様な幽寂ゆうじゃくが森全体を占めています。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は、岩に立てかけた自分の背負いごから頑固がんこ火繩銃ひなわじゅうを取りだした。そして、下闇したやみに吸われて行った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
老松おいまつちこめて神々こうごうしきやしろなれば月影のもるるは拝殿階段きざはしあたりのみ、物すごき下闇したやみくぐりて吉次は階段きざはしもとに進み、うやうやしくぬかづきて祈るこころに誠をこめ
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
宵のうちにちょっと顔を見せた月は、間もなく霧に呑まれて、森の下闇したやみは鼻をつままれてもわからない暗さだった。結城の藩と下妻との間に、横笛川という一筋の流れ。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
久し振りの水無月みなづき十三日の月輪を空に見たが、先頃から雨天がちに、下闇したやみはじめじめ泥濘ぬかるんでいるし、低い道には思わぬ流れが出来ていたりして、主従十三騎の落ちて行く道は
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幅が狭いだけに勾配こうばいが急に見える。別に女坂というのはないのですから、お豊はこの石段の上に立って見上げていると、十日ほどの月影が杉の木の間を洩れて、下闇したやみでは虫が鳴く。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今まで五重塔の九輪くりんに、最後の光を残していた夕陽が、いつの間にやら消え失せてしまうと、あれほど人のにぎわってた浅草も、たちまち下闇したやみの底気味悪いばかりに陰をくして
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それは重なり合った雑木の下闇したやみにさがっているはちだった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
売卜先生下闇したやみの訪はれ顔
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
おのが名の下闇したやみにこそ。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
杖をこみちに突立て突立て、辿々たどたどしく下闇したやみうごめいて下りて、城のかたへ去るかと思えば、のろく後退あとじさりをしながら、茶店に向って、ほっと、立直って一息く。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時田は驚いて下闇したやみを見ると、一人の男が立っていたが、ツイと長屋の裏の方へ消えてしまった。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その人にすがりつくように身をその足許あしもとに投げたのを、白衣の人、すなわち机竜之助は、しずかにその手で受けたが、二人がかおを見合すべく、下闇したやみは暗いし、よし日と月がかがやき渡っても
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
溜息ためいきをして云った。浮世をとざしたような黒門のいしずえを、もやがさそうて、向うから押し拡がった、下闇したやみの草に踏みかかり、しげりの中へ吸い込まれるや、否や、仁右衛門が
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兵馬は松原の下闇したやみを見込む。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
汽車きしやこゝろざひとをのせて、陸奥みちのくをさしてくだく——れかゝる日暮里につぽりのあたり、もり下闇したやみに、遅桜おそざくらるかとたのは、夕靄ゆふもやそらきざまれてちら/\とうつるのであつた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
足許だけぼんやり見える、黄昏たそがれ下闇したやみを下り懸けた、暗さは暗いが、気は晴々せいせいする。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はた一つ前途ゆくてを仕切って、縦に幅広く水気が立って、小高いいしずえ朦朧もうろうと上に浮かしたのは、森の下闇したやみで、靄が余所よそよりも判然はっきりと濃くかかったせいで、鶴谷が別宅のその黒門の一構ひとかまえ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
路はその雑木の中に出つりつ、糸を引いて枝折しおりにした形に入る……赤土の隙間すきまなく、くぼみに蔭ある、樹の下闇したやみ鰭爪ひづめの跡、馬は節々通うらしいが、処がら、たつうろこを踏むと思えば
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下闇したやみながら——こっちももう、わずかの処だけれど、赤い猿がおびただしいので、人恋しい。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒雲くろくもかついだごとく、うし上口あがりくちれたのをあふいで、うへだんうへだんと、両手りやうてさきけながら、あはたゞしく駆上かけあがつた。……つきくらかつた、矢間やざまそともり下闇したやみこけちてた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……梢の風は、雨の如く下闇したやみの草のこみちを、清水が音を立てて蜘蛛手くもでに走る。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
烏瓜からすうりでございます。下闇したやみで暗がりでありますから、日中から、一杯咲きます。——あすこは、いくらでも、ごんごんごまがございますでな。貴方あなたは何とかおっしゃいましたな、スズメの蝋燭ろうそく。」
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五月雨さみだれ茅屋かややしづくして、じと/\と沙汰さたするは、やまうへ古社ふるやしろすぎもり下闇したやみに、な/\黒髮くろかみかげあり。呪詛のろひをんなふ。かたのごと惡少年あくせうねん化鳥けてうねらいぬとなりて、野茨のばらみだれし岨道そばみちえうしてつ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
(今日は谷中の下闇したやみから、)
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)