銚子ちょうし)” の例文
この時小綺麗こぎれいな顔をした、田舎出らしい女中が、かんを附けた銚子ちょうしを持って来て、障子を開けて出すと主人が女房に目食めくわせをした。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
省三は不思議に思ってじょちゅうの声のした方を見た。昨日の朝銚子ちょうしで別れた女が婢の傍で笑って立っていた。女は華美はで明石あかしを着ていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
芸者でお呼び遊ばした、と思いますと……お役に立たず、きまりが悪うございまして、お銚子ちょうしを持ちますにも手が震えてなりません。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おくみは焙り焼きにした山鳩の皿を、甲斐の膳の上に置き、銚子ちょうしに触ってみて、まださめていないことをたしかめてから、甲斐に酌をした。
無闇むやみに酒を強いられぬうち腹をこしらえて置くにかずと佐助は別室へ引き退って先に夕飯の馳走ちそうを受けたが御飯ごはんいただきますというのを銚子ちょうし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
磯五の酌はおせい様が引きうけて、器用に銚子ちょうしを持っていた。料理は、素人しろうとの家のものとは思えないほど、立派なものであった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
『なにを? ……』主の渡は、佐藤義清のまえにすわって、銚子ちょうしをすすめながら、そら耳に答えたまま、なお義清とむつみつづけていた。
と返辞して、そのキヌちゃんという三十歳前後のいきしまの着物を着た女中さんが、お銚子ちょうしをお盆に十本ばかり載せて、お勝手からあらわれる。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
江戸川を上る行徳ぎょうとくの塩、大利根を上る銚子ちょうしの魚類のごときも、皆水海道みつかいどうを経て阿久津に送り、始めてこれを陸上に散布した。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
銚子ちょうしに残っていた酒を、湯呑みに注いで、あおりつけて、ふうと、熱い息を吐いたお初は、やがて、これも茶屋を出て行った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そのまま床の前の緞子どんすの座布団にドッカと腰を下して、腕を組んでいると今度は、美しく身化粧みじまいした高島田の娘が、銚子ちょうしを捧げて這入はいって来た。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「何をぼんやり考えているんです。」とお国は銚子ちょうし銅壺どうこから引き揚げて、きまり悪そうな手容てつきで新吉の前に差し出した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お楽はそう言って銚子ちょうしを取上げました。お静が出かけた後、邪魔する者もない心持で、晩酌の相手までしていたのです。
こんな言葉をかわした後、間もなくお民はしたくのできたぜんを台所から運んで来た。憔悴しょうすいした夫のためにつけた一本の銚子ちょうしをその膳の上に置いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手を叩いて女中を呼び、「おいねえさん、銚子ちょうしの代りを……熱く頼むよ。それから間鴨あいをもう二人前、雑物ぞうもつを交ぜてね」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
その銅針の下には、お銚子ちょうしの袴のような銅製の円筒がついていて、これが杉の丸太の上に、帽子のようにはまっていた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「お止しと言うのに」と、小万が銚子ちょうしろうとすると、「酒でも飲まないじゃア……」と、吉里がまた注ぎにかかるのを、小万は無理に取り上げた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
父は出入りの下役したやく淀井よどいの老人を相手に奥の広間、引廻ひきまわ六枚屏風ろくまいびょうぶの陰でパチリパチリ碁を打つ。折々は手を叩いて、銚子ちょうしのつけようが悪いと怒鳴る。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
おお、お豊か。待っていた。ここへ来な来な。さおっかさんに代わって酌でもしなさい。おっと乱暴な銚子ちょうしの置き方を
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
昔し房州ぼうしゅう館山たてやまから向うへ突き抜けて、上総かずさから銚子ちょうしまで浜伝いに歩行あるいた事がある。その時ある晩、ある所へ宿とまった。ある所と云うよりほかに言いようがない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不思議の因縁でおれの養女分にして嫁いらすればおれも一トつのい功徳をする事ぞとホク/\喜び、たちまち下女下男に、ソレぜんを出せわんを出せ、アノ銚子ちょうしを出せ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ええ、できるわ、きっと、あなたの事だから。ホホホホホ、お銚子ちょうしは?」と立ちながら、彼女は聞いた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
しかし平七は、それすらもまるでよその国の出来ごとのように、ふわりとした顔をして、頬杖ほおづえをついたまま、あいた片手で銚子ちょうしを引寄せると、物憂ものうげに盃を運んだ。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子ちょうしを持って来たのだ。けさ見た素顔やなりふりとは違って、尋常な芸者に出来あがっている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
口の欠けた銚子ちょうしが二本と章魚たこものと魚の煮たものだった。すぐあとから別な背の低いくちびるの厚い女が火を持ってきた。が、火鉢に移すと、何も言わずに出ていった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「お光、お銚子ちょうしが出来たよ」と二階の上口あがりくちを向いて呼んだ。「ハイ」とお光はおりて来て自分を見て
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは、お銚子ちょうしを下から運んできた中年の女中が、顔かたちだけでなく、おどおどしたような挙措振舞きょそふるまいも、俺の死んだおふくろをまざまざと思い出させたせいもあろうか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
色こそあおざめているけれど、さすが縹緻きりょうを自慢するだけあって、眼に立つほどに美しい。トンと腰かけにひじを突いた。「これ女中、お銚子ちょうし」気取ることだけは忘れない。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それでも彼は、自分で自分を忘れようとでもしているように、後から後からと銚子ちょうしを重ねた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
つかねて降る驟雨しゅううしゃくする女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじとはしも取らずお銚子ちょうしの代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色うすねずみいろくりのきんとんを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
お君の方は今、その花やかな打掛の姿で、片手には銚子ちょうしを持って廊下を渡って行きました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
新規開店に先立ち、法善寺境内の正弁丹吾亭や道頓堀のたこ梅をはじめ、行き当りばったりに関東煮屋の暖簾のれんをくぐって、味加減や銚子ちょうしの中身の工合、商売のやり口などを調べた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
といいながら、銚子ちょうしの裾の方を器用に支えて、渡瀬の方にさし延べた。渡瀬もそれを受けに手を延ばした。親指の股に仕事いぼのはいった巌丈な手が、不覚にも心持ちふるえるのを感じた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
海上暴風雨しけのためにいつもは房州へはいるはずの、仙台米の積船ふねが、いわしのとれるので名高い九十九里くじゅうくり銚子ちょうしの浜へはいった。江戸仙台藩の蔵屋敷からは中沢なにがしという侍が銚子へ出張した。
猿沢が飲んでいるのは、一級酒の銚子ちょうしでした。しかも肴を三四品並べたりして、なかなか豪勢な恰好です。これに反して蟹江の方の肴はたった一皿で、それも一番安いかれいの煮付けなのでした。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
暫くして子は戸袋の処からまた隣家の庭をソッとのぞいた。母が兼の横に坐って銚子ちょうしささげるようにしているのが見えた。子はもう母が自分の方を向くだろうと思ってその方を長らく見ていた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
また、白皮まぐろ、これは銚子ちょうし、三陸方面に漁獲のあるもの。また、おかじき、まかじき、大きさ三十貫止まりのもの、二十五、六貫止まりの夏きわだ。最下等品のの大きい横太よこぶとなめばち。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
千葉県の銚子ちょうしにちかいSという漁師町に、ふしぎなことがおこりました。
妖星人R (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ざるに生玉子、銚子ちょうしを一本つけさせて、三人はさも楽しそうに飲食した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
分家の長兄もいつか運転手の服装を改めて座につき、仕出し屋から運ばれた簡単な精進料理のお膳が二十人前ほど並んで、お銚子ちょうしが出されたりして、ややいなかのお葬式めいた気持になってきた。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
の句につきて「湯婆に燗せとは果して何のためにするにや」云々と有之これあり候、その湯婆につき思ひ当れるは、当地方にて銚子ちょうしの事をタンポと申候事にてお銚子持つて来いをタンポ持つて来いと申候
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
取るものも不取敢とりあえず大急ぎで両国りょうごく駅から銚子ちょうし行の列車に乗り込んだ。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「そう改まれるとちと気がさすが、せっかくのことだから、遠慮なく申しますぜ。……酒のほうは、すこしねばるが、花菱はなびしに願いましょう。銚子ちょうしでは酒の肌が荒れるから、錫のちろりで、ほんのり人肌ぐらいに願います」
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
銚子ちょうしをとり、自分で杯をみたした。
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
撫子、銚子ちょうし杯洗はいせんを盆にして出で、床なる白菊をと見て、空瓶あきびんの常夏に、膝をつき、ときの間にしぼみしをかなしさまにて、ソと息を掛く。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ばかにするものかね、親孝行のお嬢さんの、お詞どおりにすると、云ってるじゃないか」銚子ちょうしって長吉の盃の近くへやり
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
七十郎は銚子ちょうしを取ったが、酒がなくなっているので「おい」と高い声をあげた。すると返辞が聞えて、辻村又之助が出て来た。
そして、彼が腰を立てるのと、良正が、そこらの高坏たかつき銚子ちょうしを踏んづけて、仰向けに、ひっくり返ったのと、一しょであった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お庄は銚子ちょうしを持って母屋もやの方へ来たきり、しばらく顔出しをしずにいると、また呼び立てられて、離房はなれの方へ出て行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
菊屋にはその頃、他の店にくらべて酒が豊富にあったようである。しかし、一人にお銚子ちょうし二本ずつと定められていた。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)