さま)” の例文
細君、目をさまして見ると、一緒に寝ていた筈の夫が、も抜けのからだから、少なからず驚いた。家中探して見たが、どこにもいない。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婆さんもその物音に目をさましました。そして起きて戸を開けてみますと、吃驚びつくりして、思はずアッと言つて、尻餅しりもちくところでした。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
別荘には、留守番をする母娘おやこの女中がいた。大月氏の慌しい電話を受けて、最初に深い眠りからさまされたのは母の方のキヨだった。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
鶏小屋の傍らでは御面師がしきりと両腕を拡げて腹一杯の深呼吸を繰返していた。彼も「酒の酔い」をさまそうとして体操に余念がないのだ。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
疑念ふかい彼はまた、若い頃からどの女を見ても醜い種が果肉の奥に隠されてゐて、自分の興をさました。男を誘惑して子を生んでやらう。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その時、親友青沼白心と約束しておいた荷車が今いる宿へ着いたので、彼は自分を不可解な彼自身から呼びさましたように感じた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
その夜武士は、旅の疲れの深いねむりから、腕の痒さのためにさまされてしまつた。武士は昼間虱に吸はせた箇所をぼりぼりといた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
違うのは、パッと睡眼をさますと共に、白雲は枕許の太刀たちを引寄せたけれども、駒井は蒲団ふとんの下の短銃ピストルへ右の手が触っただけのことでした。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
縁にゐる間に、し誰か目をさますと、蚊屋の中から見えるだらうと思つたので、八は急いで棋盤の傍を通つて部屋に這入つた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それが正月であると、子供時代のは長く待たれた新春であるが故に、元旦は暗い四時というに私は興奮して目をさましてしまう。
ある夜中に、鷲尾は病人にさまされてガバと起きあがった。全身汗をかいていて、怖ろしくマザマザした夢が、まだ眼先にチラついていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
然れども太平の酔客は、霜天そうてん晨鐘しんしょうに目をさますを欲せず。いて寛政五年露船松前まつまえに来り、我が漂民を護送して通商を請う。幕府これをしりぞく。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼女はそっと、目をさまさないように片方ずつ、胸からおろしてやった。大きな、暖かい、重たい手であった。彼は、何も知らず眠りつづけた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
されど我をして目をさましゐて永遠とこしへに見しめまたうるはしき願ひにかはかしむる聖なる愛のいよ/\げられんため 六四—六六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今、夢からさまされた。眼を開けると、母親や、親類の人々が心配そうな顔付をして自分の顔を見ながら枕許に坐っていた。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なぜかというと昨夜眼をさました時、真暗な自分の横で母と男とが低い声で話していたのはもしかしたなら夢であったのかもしれぬと思ったから。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
彼は彼等を懲しめるかんがえで、おりおり目を怒らせて眺め、あるいは大声をあげて彼等の迷いをさまし、あるいは密会所に小石を投げ込むこともある。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
こうした印象は一度で、心中に同じ血を持っている後進者に同じ気魄を呼びさますものだ。そうした感染力は実に大きい。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
眼をさます刺激の底に何所か沈んだ調子のあるのをうれしく思いながら、鳥打帽をかむって、銘仙の不断着のまま門を出た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
慶安元年板『千句独吟之俳諧』には「枕上の時鶏に夢をさまされて」「南蛮人の月を見るさま」と時鶏の字を用い居る。
私は、さうした能力を呼びさますつもりで、床の上に起き上つた。寒い夜だつた。私はショールで肩を包み、それからまた、あらん限りの努力で考へを續けた。
原彦次郎の「抜槍の殿軍」といわれて、この折の彼のすぐれた働きは、当時、諸人の目をさますとたたえられた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久しく心の奧に埋もれたりし記念は、此聲にさまされんとする如し。この記念は我が全く忘れたるものなりき。この記念は近頃夢にだに入らざるものなりき。
……それは……この令嬢が、眼をさましておられる間にも、そんな事を云ったり、たりしておられるから判明わかるのです。……この髪の奇妙ない方を御覧なさい。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大聲おほごゑ搖醒ゆりさますものがあるので、おどろいてさますと、此時このときまつたれて、部室へや玻璃窓がらすまどたうして、ながむるうみおもには、うるはしき星影ほしかげがチラ々々とうつつてつた。
或る朝目をさまして見ると、そこに思いも寄らぬ真紅しんくの花が歌っている。舞を舞っている。鶴見はその物狂いの姿を示す奇蹟の朝を楽しみにして待っているのである。
過去の事実を屡々しばしば記憶のうちにさましているうちに、吾々は回想の中にその事実を次第に潤色し、いつかそれが本当の事実だと記憶して了うような場合も少くない。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
な黙ってしまった。咳一つしても雲へ響き、何か眠っている者の眼をさまし、荒れ出されてはたまらないような気がする。——森然とした中をただ黙って通って行く。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
Fなる魔法使い (楽器を烈しく掻き鳴らし)あの歌の鋭い神経が、迷った女をさまそうとする。(突然)俺の敵だ! 死を教えるようなあの歌の清い意味が俺の敵だ。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伊勢の巫女様、尊い姉御が来てくれたのは、居睡りの夢をさまされた感じだった。其に比べると、今度は深い睡りのあと見たいな気がする。あの音がしてる。昔の音が——。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
もう私が目をさましたのだと知ると、熟睡のあとの無感覚な頭の状態から、ハツキリした意識をとり戻し得るだけの余裕を、十分私に与へてやると云ふ風にしばらく黙つてゐた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
出来る事なら男を呼びさましてぴったり寄り添って男の体のあたたまりを、男の生活を直接に身に感じて見たい。それから、なんだか不思議に自分が罪を犯しているような気がして来た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
瓦斯ガスの火で𤍠くされた二ちやうこてかはがはる当てられる。こてをちよんちよんと音させたり、焼け過ぎたのをさます時にそのこての片脚を持つてきりきりと廻したりするのが面白さうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
さまし我々は財布の樣なる物は一向見掛けずと云けれ共尚ほも五月蠅うるさく其處斯處そこここと尋ね廻りける故みせの者共是を聞て此者は盜人かかたりならんと思ひけるにコレ爺殿おやぢどの貴殿おまへが二十兩と云ふ金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それで私、あなたの目をさまさない様にするにはどんなにむずかしいかと云う事はよく知っていましたけれど、とうとう抜け出したんですわ、ところがあなたは私の行くのを見ていらした。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
「どうも面目次第めんぼくしだいもないことですが」と学士はまず頭をいて「何時頃だったか存じませぬが、研究室のベッドに寝ていた私は、ガタリというかなり高い物音に不図ふと眼をさましてみますと、 ...
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少々仔細あって申し上げたい儀がございまして罷り出ましたが、大分お客来きゃくらいの御様子、折角の御酒宴のお興をさましては恐入りますが、御別席を拝借致して先生に申し上げたいことがありまして
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
造化は終古依然たり、然れども、読者よ請ふ汝の霊活なる心をさませよ、造化は其中心に於て、宇宙は其中心に於て、必らず何程かの動あるなり。造化彼れ何物ぞ、宇宙の一表現に過ぎざるなり。
頑執妄排の弊 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
で、子供達のさわぎが、お母さまの静かな眠りをさますことを恐れたのでした。
女王 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
それから、昏々と眠りつつあったとき、大声で、艇長、三時三十分です——と呼びさまされたのであった。聴けば、二時頃から横揺れローリングをはじめ、天候が変って、海上は、風波強いらしく思われた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
誰れからこのとがめを受けたのであるかと目をさまして考へて見ると、其れは手の上に置いた書物から受けた譴責であつたと云ふのである。作者は全く眠つて居たのではない。夢を見て居たのでもない。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「うちの女の子が眼をさまして、たいへんいているのでしょう。」
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
夢でも見たのか、三十分ばかりすぎると、湯村は目をさまして
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
暫くして年上のお種という女中が、ふと目をさましました。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
、どの位さまさせるか、ゆっくり拝見したいと思いますわ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自由な空気はあたらしい私の生命をよびさまさせた。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「坊さん、わるいところで、目をさましたね」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
蝶とまり獅子ししねむりをさましけり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それから、どの位時間がたったか、非常に長い様でもあり、又一瞬間の様にも思われるのだが諸戸の狂気の様な叫声に私はふと目をさました。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うす鈍い光りを放って寝ていた坊主頭が、煉瓦の柱の角からはずれると、瘤にひっかかって眼をさました。豆ランプが煤けたホヤの中で鳴り始めた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)