遺憾いかん)” の例文
勅使をさえかしこがりて匍匐はらばいおろがむ彼をして、一たび二重橋下に鳳輦ほうれんを拝するを得せしめざりしは返すがえすも遺憾いかんのことなり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
遺憾いかんながらこのたびも、遂に、弦之丞を討ち洩らしたが、次の機会には、必ずこの遺漏いろうの不名誉をすすぎまする、という申しわけだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただし遺憾いかんながら自分は視察者として適任ではない。要するに自分は個人的なつまらぬ動機で行くにすぎない——ということになる。
今回当局の命により本校を去り諸君とわかれることになったことは実に遺憾いかんとするところでありますが事情まことにやむを得ません。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
如何いかにもしてその所在を知り、及ばずながら、世話して見んと心掛くるものから、いまだその生死をだに知るの道なきこそ遺憾いかんなれ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
局長は余に文部省の意志を告げ、余はまた局長に余の所見を繰返して、相互の見解の相互に異なるを遺憾いかんとする旨を述べ合って別れた。
博士問題の成行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蕪村とちがって、芭蕉の研究は一般に進歩しており、その本質の哲学や詩精神やも、既にほぼ遺憾いかんなく所論しつくされてる観がある。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
だが、遺憾いかんながら、それも僕が探り出したのですよ。あの晩の捜査の結果では、全然犯人の出て行った形跡がない様に見えました。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
只今ただいまのご質問はいかにもごもっともであります。多少御実験などもお話になりましたが実は遺憾いかんながらそれはみな実験になって居りません。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
医師は、いかにも、自分の与えた注意が守られなかったのが、遺憾いかんえないように、耳は聴診器に当がいながら、幾度も繰り返した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は最初のうち、朝倉先生に対する讃美の言葉や、その退職を遺憾いかんとする意味の言葉を、かなり熱のこもった調子でのべたてた。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
我々われわれまちはなし面白おもしろい、知識ちしきのある人間にんげん皆無かいむなのは、じつ遺憾いかんなことじゃありませんか。これは我々われわれっておおいなる不幸ふこうです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
気骨の折れる豪家の家事を遺憾いかんなしに切りもりしたので、趙は可愛がったうえに非常に重んじて、その一言半句も聞き流しにはしなかった。
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかるに遺憾いかんながら日本に於てはこの男女の関係というものがはなはだ漠然たるもので、まずおおむね何事にも服従という義務を教ゆる他に何もない。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
その一々の叙述について述べる時なきを遺憾いかんとするが、十九—二十五節の馬(軍馬)の描写の如きは最もうるわしきものである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
何れの信仰でも雑多ざったな信者はある。世界の信者が其信仰を遺憾いかんなく実現したら、世界はとうに無事に苦んで居るはずだ。天理教徒にも色々ある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
実に日本国の一大快事なれども、唯こゝに遺憾いかんなるはその学者をして一意専心ならしむるの手段について意のごとくならざるもの多きの一事なり。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
来て見れば、高崎藩の旧陣屋を利用した引揚事務所と、その準備とは、自分があらかじめ指図をしておいたのにより、遺憾いかんなく進行している。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
義父司馬先生の御霊みたまに、もの申す。生前お眼にかかる機会おりのなかったことを、伊賀の柳生源三郎、ふかく遺憾いかんに存じまする。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
麻雀卓子テーブルの附近についていろいろと集めた資料を検査してみましたが、すこしも犯人の見当はつきませんでした。これははなは遺憾いかんに思っとります。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かく思うと負けたことを遺憾いかんとするははなはだなりと思う。ことに勝負の標準が一時的、人為的じんいてき、時勢的のものであれば、なおさらそうである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
仏法もとより無碍むげにして偏在へんざいなしといえども、衆生しゅじょう業力ごうりき異なるに従いて仏教者中にその偏在を見るは遺憾いかんの至りなり。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これ程の大損をさせるプリュウンというものを、好くも見ずに置くのは遺憾いかんだと云って、時計の鎖に下げたのである。
かれは遺憾いかんの意を表された。勘定をすました。食事をしてから、なまあたたかい宵をゆりいすに腰かけて新聞をよみながら、裏側のテラスですごした。
成田鉄道の湖北停車場附近に、湖北村大字中峠なかびょうがある。少年の時この隣村に住んでいて、深くその地名の由来を知ることができないのを遺憾いかんとした。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この時分に太政大臣が薨去こうきょした。国家の柱石であった人であるからみかどもお惜しみになった。源氏も遺憾いかんに思った。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかるに後世こうせいひと、これを餘震よしん混同こんどうし、したがつて餘震よしんまでも恐怖きようふするにいたつたのは災害防止上さいがいぼうしじよう遺憾いかん次第しだいであつた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
日本の学会に、その真価がほとんど認められていないのは、はなは遺憾いかんである。が、原本はなかなか大部たいぶのものであるから、ここには単に要所だけを紹介するに止める。
非常識にまで豪胆ごうたんであり、いかに無人の境をくような猛暴をたくましうしたかは、この、犯行の場所を選ぶ場合の彼の病的な無関心だけでも、遺憾いかんなくうかがわれよう。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
出発の時、この身は国に捧げ君に捧げて遺憾いかんがないと誓った。再びは帰ってくる気はないと、村の学校で雄々しい演説をした。当時は元気旺盛、身体壮健であった。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「あの、差出たことを申すようですが、浪次さんのおっしゃることは、随分一人ぎめで私にとっては遺憾いかんですが、私へあだをしたのだけは、吹矢だけだったかも知れません」
自由の空気! 自由の空気さえ吸えば、身はたとえ枯野の草に犬のごとく寝るとしても、空長しなえにあおく高くかぎりなく、自分においていささかの遺憾いかんもないのである。
初めて見たる小樽 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
哲学がそれを謳歌おうかし、宗教がそれを賛美し、人間のことはそれで遺憾いかんのないように説いている。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
私は私自身が徹底的に絶対無限に潔白である事を、遺憾いかんなく証明し得るであろう、そのインスピレーションを眼の前に、凝視したまま、躍り上らむばかりにめき続けた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弟はわたくしのに釣られて、まず自分自身の遺憾いかんを先にもらし、家族の一人をこういう風な目にあわしもする先生並にこの家自体の矛盾に就て恨みや歎きの口振りも混ぜて
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
他からいい種を貰って来ても、余り立派な生長を遂げない。私はこれのみを遺憾いかんに思っている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
怪談も真面目に紹介される日本の社会であることを知っておくと、西洋諸国の各地に徘徊する幽霊の絵姿など、それをもたらすのは何でも無かったが、その方は生憎あいにく遺憾いかんだ。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
で、ぼくは、あなたとレエスのことばかり、空想していました。ボオトは、勝負はとにかく、全力を出し切らねばならない。全力を出し、クルウが遺憾いかんなく、たたかえたとします。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
遺憾いかんながら、それは存じません。言語学の方は、のちほどお報せすることにいたします」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
君があくまで否定するとなると、遺憾いかんながらこの話は取消だね。君はそれでもいいのかね。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
遺憾いかんながらこのなかには、イギリスの書物もなく、アメリカの書物もなく、または中国の書物もない。著者は『死刑囚最後の日』の観念を書物のなかから取ってきたのではない。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
身を全うし妻子をやすんずることをのみただ念願とする君側の佞人ねいじんばらが、この陵の一失いっしつを取上げてこれを誇大歪曲わいきょくしもってしょうの聡明をおおおうとしているのは、遺憾いかんこの上もない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お宅からお持ちになったコラミンの注射も致して見ましたが、遺憾いかんながら蘇生なさいませんでした、くわしいことは只今院長が話されると存じますが、せめて赤ちゃんの御遺骸いがい
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それがどうも口にこそ出さないが、何か自分たち一同に哀願したいものを抱いていて、しかもその何ものかと云う事が、先生自身にも遺憾いかんながら判然と見きわめがつかないらしい。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先生のゆったりした、しかも愛情のみちた性格がこういうところに遺憾いかんなくうかがわれる。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
貴族院議員の愛娘まなむすめとて、最も不器量ふきりようきはめて遺憾いかんなしと見えたるが、最も綺羅きらを飾りて、その起肩いかりがた紋御召もんおめし三枚襲さんまいがさねかつぎて、帯は紫根しこん七糸しちん百合ゆり折枝をりえだ縒金よりきん盛上もりあげにしたる
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
遠く那須野なすの茫々ぼうぼうたる平原を一眸いちぼうに収める事の出来ぬのは遺憾いかんであったが、脚下に渦巻く雲の海の間から、さながら大洋中の群島のように、緑深き山々の頭を突出とっしゅつしている有様は
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ただ、飯のにぎり方には遺憾いかんな点がみっちゃんにあって、第一大きすぎる恨みがある。久兵衛のは贅沢寿司ぜいたくずしとして文句なし。握り具合はほどよい特色を有し、酒のさかなになる寿司である。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
遺憾いかんながら「嬉しいですわ。」とはかいてない。けれども、その趣はわかると思う。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのために今日では同地方の地図は全く空虚になって居る次第であります、これは我々の職務として遺憾いかんに堪えぬ次第で、国家のため死をしても目的を達せねばならぬわけであります
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)