軒燈けんとう)” の例文
新字:軒灯
私恐いものだから、それに暗いので、よく見なかったけれど、でも、私の家の軒燈けんとうの光で、チラッと口の所だけ見てしまったのよ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何か知ら惡事でも働いてゐるやうな氣がして、小池は赤い軒燈けんとう硝子がらすの西日にまぶしく輝いてゐる巡査駐在所の前を通るのに氣がとがめた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それでもまだ金のりない時には赤い色硝子いろガラス軒燈けんとうを出した、人出入の少い土蔵造どぞうづくりのうちへ大きい画集などを預けることにした。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こころみに下宿の門口かどぐちに立ち止まって、軒燈けんとうの光りで腕時計を照してみると、いつも帰って来る時間と一分も違っていなかった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
母娘おやこして笑った。おしょさんのうち軒燈けんとうには山崎やまざきとしてあるが、両国の並び茶屋の名も「山崎」だったと坊さんのおばあさんがいった。
船板塀ふないたべいをした二階家があって、耳門くぐりにした本門ほんもん簷口のきぐちに小さな軒燈けんとうともり、その脇の方に「山口はな」と云う女名前の表札がかかっていた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
代助が軒燈けんとうしたて立ちまるたびに、守宮やもりが軒燈の硝子がらすにぴたりと身体からだり付けてゐた。黒い影ははすうつつた儘何時いつでもうごかなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あまがは澄渡すみわたつた空に繁つた木立こだちそびやかしてゐる今戸八幡いまどはちまんの前まで来ると、蘿月らげつもなく並んだ軒燈けんとうの間に常磐津ときはづ文字豊もじとよ勘亭流かんていりうで書いた妹の家のを認めた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
戸外では、いつか雨が降り出していて、湿った軒燈けんとうに霧のような水しぶきがしていました。兄さんは土間へ降りて硝子戸をめ、カナキンのカアテンを引きました。
(新字新仮名) / 林芙美子(著)
辰つアんは、その中を右へ折れ、左へ曲つて、後の二人を案内してゐたが、とある角の青い軒燈けんとうのついた家の前へ來ると、その呼び込み口へ、モヂリの片袖を掛けて
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
狹い柳町の通は、造兵歸ざうへいがへりの職工で、にえくり返るやうである。軒燈けんとう徐々そろ/\雨の中から光出して、暖かい煙の這出はひだして來る飯屋めしや繩暖簾なはのれんの前には、腕車くるまが幾臺となく置いてある。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そんでせられたろうじの入り口い行てみますと、「御旅館井筒」とちいそうに書いた軒燈けんとうが出てますのんで、「お梅どん、あんた此処ここで待ってでわ」いうて私だけ這入はいって行て
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
軒燈けんとうが、マントをらして、ながちるしずくがひかっています。
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
向家むかいの御門の暗い軒燈けんとうの陰から、真白な、怖い顔をさし出して、こちらを見ている母親の顔が見つかった。
人の顔 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真直まっすぐ往来おうらいの両側には、意気な格子戸こうしど板塀いたべいつづき、すりがらすの軒燈けんとうさてはまた霜よけした松の枝越し、二階の欄干てすり黄八丈きはちじょう手拭地てぬぐいじ浴衣ゆかたをかさねた褞袍どてらを干した家もある。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひとの通らない軒燈けんとうばかりあきらかな露地ろぢを抜けて表へると、風が吹く。北へ向き直ると、まともにかほあたる。時を切つて、自分の下宿の方からいてくる。其時三四郎は考へた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
保吉は少しからだげ、向うの窓の下をのぞいて見た。まず彼の目にはいったのは何とか正宗まさむねの広告を兼ねた、まだ火のともらない軒燈けんとうだった。それから巻いてある日除ひよけだった。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほかの商家ではすっかり戸を締切って、軒燈けんとうの外には何の光も漏れていないのに、このみすぼらしいショーウインドウだけが、戸もないのか、路上に夢の様な光の縞をなげているのが
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
表は四枚の硝子戸ガラスどにカーテンを引いてあるだけなので、軒燈けんとうのあかりがぼんやり店の奥へ洩れて来て、もや/\と物が見える中で、庄造は掛け布団をすつかりいで仰向きに臥てゐたが
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
植源と出ている軒燈けんとうの下に突立って、やがてお島は家の方の気勢けはいに神経を澄したが、石を敷つめた門のうちの両側に、枝を差交した木陰から見える玄関には、灯影ほかげ一つ洩れていなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
物蔭から竹林武丸が現れて、音絵の落した琴の爪を拾い、軒燈けんとうの光りに照して「歌寿」という文字を見るとハッと驚いてあたりを見まわした。押し頂いて懐中して去った。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
人家の軒下や路地口ろじぐちには話しながら涼んでいる人の浴衣ゆかたが薄暗い軒燈けんとうの光に際立きわだって白く見えながら、あたりは一体にひっそりして何処どこかで犬のえる声と赤児あかごのなく声が聞える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
車が止って、ヘッドライトが消されると、それが合図であったのか、軒燈けんとうもない真暗な、非常に古風な棟門むねもんが、ギイと開いて、門にはそぐわぬ一人の洋服男が、影の様に姿を現わした。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
表は四枚の硝子ガラス戸にカーテンを引いてあるだけなので、軒燈けんとうのあかりがぼんやり店の奥へれて来て、もやもやと物が見える中で、庄造は掛け布団をすっかりいで仰向きにていたが
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……幽暗ほのくら路次ろじ黄昏たそがれいろは、いま其処そことほごとに、我等われら最初さいしよ握手あくしゆの、如何いか幸福かうふくなりしかをかた申候まをしそろ貴女きぢよわすたまはざるべし、其時そのとき我等われら秘密ひみつてらせるたゞ一つの軒燈けんとうひかりを……
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
現に古風な家の一部や荒れ果てた庭なども残つてゐる。けれども硝子ガラスへ緑いろに「食堂」と書いた軒燈けんとうは少くとも僕にははかなかつた。僕は勿論「橋本」の料理を云々うんぬんするほどの通人つうじんではない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
人家じんか軒下のきした路地口ろぢぐちには話しながらすゞんでゐる人の浴衣ゆかた薄暗うすぐら軒燈けんとうの光に際立きはだつて白く見えながら、あたりは一体にひつそりして何処どこかで犬のえる声と赤児あかごのなく声がきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
性懲しょうこりもなく又跡を追おうとしたが、その横町は一度大通りからそれると、まるで迷路のように入組んだ細道になっていて、その上軒燈けんとうもない真暗闇まっくらやみなので、出来るだけ歩き廻って見たけれど
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一歩二歩ひとあしふたあしとだんだん路地の中へ進み入ると、たちまち雨だれか何かの泥濘ぬかるみへぐっすり片足を踏み込み、驚いて立戻り、魚屋の軒燈けんとうをたよりに半靴はんぐつのどろを砂利じゃり溝板どぶいたへなすりつけている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人は夜ふけの風の涼しさと堀端のさびしさを好い事に戯れながら歩いて新見附しんみつけを曲り、一口阪ひとくちざかの電車通から、三番町さんばんちょう横町よこちょうに折れて、軒燈けんとう桐花家きりはなやとかいた芸者家の門口かどぐちに立寄った。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
表の窓際まどぎわまで立戻って雨戸の一枚を少しばかり引き開けて往来を眺めたけれど、向側むこうがわ軒燈けんとうには酒屋らしい記号しるしのものは一ツも見えず、場末の街は宵ながらにもう大方おおかたは戸を閉めていて
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おもて窓際まどぎはまで立戻たちもどつて雨戸あまどの一枚をすこしばかり引きけて往来わうらいながめたけれど、向側むかうがは軒燈けんとうには酒屋らしい記号しるしのものは一ツも見えず、場末ばすゑまちよひながらにもう大方おほかたは戸をめてゐて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その夜唖々子が運出はこびだした『通鑑綱目』五十幾巻は、わたしも共に手伝って、富士見町ふじみちょうの大通から左へと一番町へ曲る角から二、三軒目に、篠田という軒燈けんとうを出した質屋の店先へかつぎ込まれた。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)