にせ)” の例文
「大丈夫だ。女がかえったときには、また、にせの仕事をはじめている。はやかったかしら、と女がつぶやく。多少おどおどしている。」
雌に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
私はこのにせのユアンに見送られて車に乗ったのであったが、似ているとか似ていないとか、そんなことは言うだけ愚かなことであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
もう一つは、おせい様のほうがこうなってしまえば、もうにせの妹などはいらないのだから、お駒ちゃんをお払い箱にしていいことであった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
十年も経って、世間で忘れているから、極印ぐらいはなくとも、今なら少々は通用するかも知れないよ、もっとも極印のにせ
ここににせおしが一人あるとします。何か不審の件があって警察へ拘引こういんされる。尋問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖の真似まねをする。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恰好かっこうな奴を見つけて、その首を斬り、にせの證人をこしらえるか、雑兵ぞうひょうどもを買収すればよい訳だけれども、それは法師丸の武士の良心が許さなかった。
もしも主馬が身分を偽り、符札がにせであるとしたら、相手が柳沢侯の荷駄であるし、関守としては重大な責任問題となる。小橋甚兵衛は役人であった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それ羅山らざん口号こうがういはく萬葉集まんえふしふ古詩こしたり、古今集こきんしふ唐詩たうしたり、伊勢物語いせものがたり変風へんぷうじやうはつするににせたり、源氏物語げんじものがたり荘子さうし天台てんだいしよたりとあり。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
にせの『怪我人』は、赤沢脳病院から永久に姿を消す……それから、一方赤沢未亡人は、病院を整理して物件を金に代え……そうだ、きっとあの院長には
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
にせもの沢山になって、鑑定が大切だが、その鑑定を頼まれて確かなのが自分だって、按摩、(てのひらに据えて、貫目を計って、釣合を取って、でてかぐ。)
一方に西村のにせ母親は、憤慨の余り縊死いししていることが昨朝に至って発見されたので、早速係官が出張して取調とりしらべの結果、他殺の疑いは無いことになった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もしも浜路が冷静に、前後の事情を考えたなら、にせ手紙であることに思い及んだだろう。文字が宗三郎の文字でない。この一事だけでも感付くことが出来る。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そや/\。確かさうやつたなあ。」と鉄斎翁は惚々ほれ/″\にせに見とれてゐた。「わしもあの頃は達者にいたもんや、とても今はこんな真似は出来上でけあがらんて。」
私はこのムラサキ科の者を絶対にタビラコと認めぬゆえに、新にこれににせタビラコの新称を与えて置いたが、その後それにキュウリグサの名がある事を知った。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
女は、その人形に、いまはにせものの恋人というより、その恋人への自分の執念のうす汚なさ、不潔な汗とあかにまみれた自分のその妄執のかなしさだけを見ていた。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
紙幣さつにせが中々出来ないように、紙から特別に拵えて、意匠やら模様やら色やら骨が折ってあるので、ちょっとした事では贋紙幣なんか出来るものではないそうだ。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そこで僕は昨夜ゆうべ、叔父さんに手紙を書き、今朝けさ投函しに出たついでに、銀座へ行って、にせのダイヤとサックを買い、兄さんをだまして、叔父さんと格闘してもらい
紅色ダイヤ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
全く、十二世紀のスペインの合唱本がこのコペンハアゲンの裏まちに、しかも安く売りに出ているということはちょっと考えられない。が、私はにせでも構わないのだ。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
貧乏人にお金を貸して、高い高い利子を取ったり、百姓から重い年貢を取ったり、時々はにせの証文を書いて、他人の家や、田畑をだまして取ったりしたこともあります。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ヒステリィの医学博士はかせ夫人が、夫を憎む余り、博士が彼女の筆蹟を手習てならいして、にせの書置きを作った様な証拠を作り上げ、博士を殺人罪に陥れようと企らんだ話がある。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その翌日、わたくしはにせおしがばれてしまう懸念の方はとにかくとして、女乞食に腕立てしてしまったことがにちゃ/\心に粘って鬱陶しく、貰いに出る気にもなりません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
五渡亭国貞は「歌川を疑はしくも名乗り得て二世の豊国にせの豊国」の落首らくしゅ諷刺ふうしせられしといへどもとにかく歌川派の画系をつぎ柳島やなぎしま亀井戸かめいどとに邸宅を有せしほどなれば
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
子供たちよ、よし大人おとなたちにはそういう狂行がにせものに見えようとも、お前たちは、そんな大人たちにはとざされている、お前たちだけのその領分の中で遊べるだけ遊んでいるがいい。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そのガラス玉は数珠にするのでいろいろの色合の数珠がラサ府の露店にさらされてありますが、それらは田舎の人が出て来て沢山買って帰る。それから日本で拵えたにせ珊瑚珠も沢山入る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あれもにせものの飛行機だったろうか——李鄭の後から僕は広間へついてあらわれると、僕は忽ち、無数の支那服の女に交ってチイク・ダンスを踊るタルタンの素足の踊姿を認めたんです。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そんな夢をある時見たのか、あるいは何かのきっかけで生じたにせの記憶なのか。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それから下ノ関の渡場わたしばを渡て、船場屋せんばやさがし出して、兼て用意のにせ手紙をもっいった所が、成程なるほど鉄屋くろがねやとは懇意な家と見える、手紙を一見して早速さっそく泊めてれて、万事く世話をして呉れて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この生徒のこの答えは、ロシュフコー(6)や、ラ・ブリュイエール(7)や、マキアヴェリ(8)や、カンパネラ(9)のものとされている、あの、あらゆるにせの深遠さよりも深いものだよ
床の間にはんな素人しろうとが見てもにせと解り切つた文晁ぶんてう山水さんすゐかゝつて居て、長押なげしにはいづれ飯山あたりの零落おちぶれ士族から買つたと思はれる槍が二本、さも不遇を嘆じたやうに黒くくすぶつて懸つて居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
罌粟色けしいろ薔薇ばらの花、藥局やくきよくの花、あやしい媚藥びやくを呑んだ時の夢心地、にせ方士はうしかぶ頭巾づきんのやうな薄紅うすあかい花、罌粟色けしいろ薔薇ばらの花、馬鹿者どもの手がおまへの下衣したぎひださはつてふるへることもある
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
にせ神託しんたくを下す心算つもりでいました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
にせじゃあるまいね」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しょうか? にせか?」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
はかまに編みあげの靴をはいている男の老教師を、まんまとだました。自分の席についてからも、少年はごほごほとにせせきばらいにむせかえった。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「あの日本一太郎を真物ほんものの相良寛十郎とは知らずに、すっかりにせものを仕立てた気で出してよこしたのだから、笑わせるじゃあございませんか」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
にせのユアンから元の青年へと戻ったのであろう、私のノックに答えて中から扉を開いたのは、今の今私の間違えたばかりのロザリオ青年であった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
台なしにしてしまいましたねえ、なに罪人ざいにんの落書だなんてあてになったもんじゃありません、にせもだいぶありまさあね
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「少しもわからねえのさ、お前の言ひ草ぢやねえが、にせでも小判となると、滅多にこちとらの手には入らない」
銭形平次捕物控:274 贋金 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
と三津太郎は憎さげに、「お前が西丸で盗んだというその在原業平の軸、もしやにせじゃあるめえかな」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまつさえ写生の道具などをも運んでにせの現場を作り上げるなどと云う余裕は持てないことになる。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
贋紙幣をこしらえたのではなくて、使おうとしただけで、しかもそれはにせだとは知らなかったのです。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そして、今頃は影武者とも知らず、にせ川手氏の身辺に悪魔の触手を伸ばしているに違いない。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ハハ。にせ手形で関所は抜けられるかも知れんが吾々の眼の下は潜れんば……のう……」
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女は、髪ピン十二本、靴下、絹二足、木綿三足、飲料に適せざる香水一本、着更え二つ、宝石——にせとほんものとを問わず——三個。但し結婚指輪は唯一つを既婚婦人にのみ許す。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
茶もなにもやつた事のねえやつが、へんひねつたことをつたり、不茶人ふちやじん偽物にせものかざつて置くのを見て、これはにせでございますともへんから、あゝ結構けつこうなお道具だうぐだとめなければならん
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼はその部屋の中に彼が用いつけの天蓋附てんがいつきのベッドを据えた。もちろんにせものであろうが、彼はこれを南北戦争時分にアメリカへ流浪した西班牙スペイン王属出の吟遊詩人が用いたものだといっていた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何でも噂によると、高田は一つ一万円もするにせ急須きふすを大事にしまひ込むでゐたさうだ。——贋の急須が買ひ度さに、贋の女の気に入りたさに、男といふものは、せつせと飛んだり跳ねたりする。
私のそういう性急せっかちな印象が必ずしもにせではなかったことを、まるでそれ自身裏書きでもするかのように、私のまわりには、この庭を一面におおうて草木が生い茂るがままに生い茂っているのであった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その道中で私は手紙を書いてすなわ鉄屋くろがねや惣兵衛のにせ手紙をこしらえて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
〈この男はにせ医者じゃないのか〉
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)