ひる)” の例文
以前の馬つなぎから龍胆を解くと、盛綱はとび乗って、あれよと人々の騒ぐ間に、ひるヶ小島の配所へ矢のように駈け去ってしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここには明細にかきかねるが、とにかくヒルミ夫人は万吉郎の身体にひるのように吸いついて、容易に離れようともしなかったのである。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
すると河の泥に隠れてゐた、途方とはうもなく大きなひるが、その頃はまだ短かつた、お前の先祖の鼻の先へ、吸ひついてしまつたのに違ひない。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これでひるなやまされていたいのか、かゆいのか、それともくすぐつたいのかもいはれぬくるしみさへなかつたら、うれしさにひと飛騨山越ひだやまごえ間道かんだう
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
だが職業といふやつは一度それでめしを喰つたが最後、吸ひついたひるのやうになか/\おいそれともぎはなせるものではない。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
ハッハッと云う犬の様な呼吸、一種異様の体臭、そして、ヌメヌメと滑かな、熱い粘膜が、私の唇を探して、ひるの様に、顔中を這い廻った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうだ、君は可哀想な、あわれむべき人喰鬼だ、八千代さんの血を吸うひるだ、君がいなければあの人は芸術を取戻せる、なぜ君は自分の首へ繩を
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
で何うかして忘れて了はうとする、追ツぱらはうとする。雖然駄目だ、幾ら踠いたからと謂つて、其の考はひるのやうに頭の底に粘付すいついて了つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
蜈蚣むかでの、腕ほどもあるのがバサリと落ちて来たり、絶えずかさにあたる雨のような音をたてて山ひるが血を吸おうと襲ってくる。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
塩を喰わされたひるのようだった。へと/\で、考えることも、観察することも、軍刀を握りしめる力もすっかり失って、たゞ惰性的に歩いている。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
由良はそれには何の返事も出来ずに湯まで来ると、月の光りの底から、水中の石の面へ、ひるのように黒くぴったりと喰っついている一人の男が見えた。
馬車 (新字新仮名) / 横光利一(著)
またかまどひるへび寝床ねどこもぐ水国すいごく卑湿ひしつの地に住まねばならぬとなったら如何であろう。中庸は平凡である。然し平凡には平凡の意味があり強味つよみがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お秀は身体中を大きなひるに取巻かれたような薄気味の悪いらしい顔をしましたが、それを我慢していると、直ぐに何かこどもと一緒に融けてしまいたい
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蜘蛛くもは明日の晴天を確信して風雨の中に網を張りまわし、ひるは水中に在りながら不断に天候の変化を予報する。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新著聞集しんちょもんじゅう』十四篇には、京の富人溝へ飯を捨つるまでも乞食に施さざりし者、死後蛇となって池に住み、みの着たようにひるに取り付かれ苦しみし話を載す。
「役に立つもの」をことごとく吸収せずんばまざらんとするひるのような貪婪どんらんさがあることは事実であろう。
ひるたけがあり、塔ヶ岳があって、それからまたいったん絶えたるが如くして、大山阿夫利山おおやまあふりさん突兀とっこつとして、東海と平野の前哨ぜんしょうの地位に、孤風をさらして立つ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
頼朝がひるヶ小島に流されていたとき伊東祐親すけちかの娘八重子と通じて千鶴丸をもうけたが、祐親は平氏に親しんでいたから、幼児を松川の淵へ棄てさせてしまった。
箱根の右にはずっと近く大山一名雨降山が、鈍い金字形に立ちはだかっている。其右に続く連嶺は丹沢山塊の主部で、最高点ひるヶ岳は山塊の殆ど中央に聳えている。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私達は十足と歩くと、もうたまらなくなって、片頬を岩にくっつけて、ひるのように雪解け水に吸いついては、また思い出したように、ふらふらと二足三足下り初める。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
せばめられてひるヶ小島へ流罪るざいと成せられたれども終には石橋山に義兵をあげられし處其軍利なくして伏木ふしきの穴にかくれ給ひしを梶原が二心より危き御身を助り夫より御運を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
……わたしの中には、アレクサンドル大王の魂もある。シーザーのも、シェイクスピアのも、ナポレオンのも、最後に生き残ったひるのたましいも、のこらずあるのだ。
これはあまり明瞭めいりょうでないが「かますご食えば風かおる」の次に「ひる口処くちどをかきて気味よき」
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ひるなどは体の内部はほとんど私有財産の貯蔵のみに用いられるというべきほどで、一度充分に血を吸いためておけば、ゆうに一年間はこれによって生活していることができる。
動物の私有財産 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
線などはひる蛞蝓なめくじのやうに引いたつて、いつかうさしつかへなからうではないかと主張し
秋艸道人の書について (新字旧仮名) / 吉野秀雄(著)
仁科と長崎屋が眼をそば立てて眺めていると、顎十郎の言う通り、水の中に入れた蕃拉布はひるのようにクネクネと動きながら、見る見るうちに五分の一ほどに縮んでしまった。
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ジヤジヤまたは口焼くちやき、ひるまむしの口焼きという式などは、まるでその虫のおらぬ節分の晩、もしくは小正月の宵に行うので、炉の火にかやの葉などをくべて唱えごとをする。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたしは自分がたいがいの人におとらず社交を愛し、わたしと行きあうどんな血気さかんな人間を向うにまわしてもその場はひるのようにねばることを辞しない者だと考えている。
暑い陽ざかり、スコールのほか静けさを破る何ものもないジャングルに、うつくしい声の鳥が鳴き、水鳥に背中のひるをとらしている鰐が、ものうそうに見送っていることもあった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
僕の顔は、ただのっぺりと白くて、それにほっぺたが赤くて、少しも沈鬱ちんうつなところがない。頬ぺたをひるに吸わせると、頬の赤みが取れるそうだが、気味が悪くて、決行する勇気は無い。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
久「えゝ…股へひるの吸付いたと同様お前の側を離れ申さずそろ、と情合じょうあいだから書けよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いやだよいやだよお放しよ、なんてきたないんだろう、お前の手は。あぶらだらけで、ネチネチして、ひるだわ、蛭だわ、まるで、蛭だわ! 厭々いやいや! すいつこうッてのね。いよいよ蛭だわ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ああ、早くおしまいにならないのか。俺の肉体にくっついてるひるども、貴様らを取りけることが俺にできないことがあるものか……。肉体よ、蛭といっしょにげ落ちてしまえ!」
蟄伏ちっぷくしてる熊や血を吸いきったひるのように、圧倒し来る睡魔に襲われていた。
下僕はへいへいと実にひるに塩を掛けたように縮こまって閉口へいこうしてしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ひるが出るの虫が出るのと騒いだ事があったけれども太い本管をドシドシ流れている中では蛭も虫も発生する事は出来ん。支線の溜り水へ来て発生するのだ。溜り水の中へは細菌も沢山発生する。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なほ源頼朝のひるしまに在りしや、わづかに伊豆一国の主たらんことを願ひしも、大江広元を得るに及びて始めて天下をぬすみしが如き也、正統記大鏡等、けだし其跡に就いて而して之を拡張せる也、故にらず
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「親分、肩の凝りなら、灸よりもひるに血を吸わせた方が効きますぜ」
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今にもひる小島こじまの頼朝にても、筑波つくばおろしに旗揚はたあげんには、源氏譜代の恩顧の士は言はずもあれ、いやしくも志を當代に得ず、怨みを平家へいけふくめる者、響の如く應じて關八州は日ならず平家のものに非ざらん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
山かげを吾等しかば浅水あさみづひるのおよぐこそさびしかりけれ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
併しそれはひるが吸いついているのと知れて、安心した。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
星野少尉 ひる川……。
竹童ちくどうも、逃げに逃げた。折角村おりかどむらからひるたけすそって街道にそって、足のかぎり、こんかぎり、ドンドンドンドンかけだして、さて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さもなければお前の鼻が、これ程大きなひるのやうに、伸びたりちぢんだりはしないだらう。象よ。お前は印度インドの名門の生れだ。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それ同時どうじ此処こゝひかりさへぎつてひるもなほくら大木たいぼく切々きれ/″\に一ツ一ツひるになつてしまうのに相違さうゐないと、いや、まツたくのことで。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
動物犯人には、妖犬、馬、獅子のあご、牛の角、一角獣、猫、毒グモ、蜂、ひる、オウムなど、あらゆる種類が使われたが、これらのうちでは、獅子の顎と、オウムが面白い。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
左馬頭さまのかみ義朝の謀叛によって殺される運命にあったが、池禅尼の必死の嘆願で死を免れ、十四歳のとき、永暦えいりゃく元年三月二十日、伊豆国北条ほうじょうひる小島こじまに流されたものである。
雖然駄目だ、幾ら踠いたからと謂つて、其の考はひるのやうに頭の底に粘付すいついて了つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「あれ、富士山が——大群山おおむれやまが、丹沢山が、ひるみねが、塔ヶ岳が、相模の大山おおやま——あれで山は無くなりますのに——まあ、イヤじゃありませんか、大菩薩峠までが出て来ましたよ」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひるが数時間後の暴風を予知して水底に沈み、蜘蛛くもが巣を張って明日あすの好天気を知らせ、象が月の色を見て狼群ろうぐんの大襲来を察し、星を仰いだかわうそが上流から来る大洪水を恐れて丘に登る。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)