とも)” の例文
一人はともにいて網か綱のようなものを曳き、一人は舳から乗りだして湖の底をのぞきこみながら、右、左と船の方向を差図している。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
殆んど素面しらふで、ともからこの狂態をヂツと見詰めて居る貫兵衞の冷たい顏には不氣味なうちにも、妙に自信らしいものがあつたのです。
後に聞いて梯子駆け上ればともに水白く泡立ってあたりの景色廻り舞台のようにくる/\と廻ってハンケチ帽子をふる見送りの人々。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
エンジンをとめ、ともから餌箱を胴の間に廻しながら、加納は言った。餌箱の中には、泥にまみれたゴカイが、びくびく動いている。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ともじッさまがいわっしゃるとの、馬鹿いわっしゃい、ほんとうに寒気がするだッて、千太は天窓あたまから褞袍どてらかぶってころげた達磨だるまよ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
櫓は舳先やともに三、四挺あるが、櫓で運ぶという事は、よくよく順潮の時に少しやるだけで、もっぱら帆によって行く事になっている。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
或日も、彼はおりかをともに坐らせて一廻り廻つて來ると、岸には次の順番を待つてゐたおつぎの外に、おみつつあんが立つてゐた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
「あすこによくわにの奴が、背中を干しているのだが、……」と事務員の一人が指したが、そのすぐあと、ともの方にいた事務員がいった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「友田」の提灯にとりかこまれて、憂鬱そうに、金五郎が、そのへさきに立っていた。金五郎の乗って来た小伝馬は、とも曳航えいこうされている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
へさきに立つと、互に離れないように、ともと艫とを太い縄で結びあわせた僚船の姿が、まだ寝足りなそうに浮かんでいるのが見えた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一人はへさきかいをあやつる少女、一人はともにギタを抱く少年、少女は全身に純白の羽毛のきぬを纒い、少年は真紅の羽毛の衣に包まれている。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見ればともの方から、左腕には般若はんにゃの面を抱え、右の手をかざして足拍子おもしろく踊りながらこちらへ来るのは、清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこは活動写真館の前の河縁かわぶちでその町の名物の一つになっている牡蠣船かきぶねの明るいがあり、二つになったともの右側のへや障子しょうじが一枚いて
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ともの方を見ると、実に驚くべき速さでむくむくと湧き上がる、奇妙な銅色をした雲が、水平線をすっかりおおっているのに気がついたのです。
いってみると、船の舳先へさきともや、船室の周囲のあゆみで、人が右に左に走りまわってい、船板を踏み鳴らす音に続いて、高い水音が聞えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老女は顔を扇子に隠して、苦々しくこう云うと、侍はとも船子ふなこに、同じような口調で、はやく突き流してしまえといいつけた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舟はおの/\二客をへさきともとに載せて、漕手こぎては中央に坐せり。舟の行くことの如く、ララと我との乘りたるは眞先に進みぬ。
ともへさきの二カ所に赤々とかがりを焚いて、豪奢ごうしゃきわまりない金屏風を風よけに立てめぐらし、乗り手釣り手は船頭三人に目ざむるような小姓がひとり。
あがりぎわに一枚引きめくって来たともの板をぶらさげて、泰軒は半眼をうっとりと眠ってでもいるよう……自源流じげんりゅう水月すいげつすがた
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍ふなての大將の、ともに立ちへさきに立ちつゝあまたの船につかはるゝ人々を見てこれをはげまし
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かまはないから、おれの舟の舳を、お前の舟のともにゆはへ附けておくれ。舟も仲良くぴつたりくつついて、死なばもろとも、見捨てちやいやよ。
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
やがて漕ぎ出したときに、御符売りはともの方に乗り込んだ一人の男を急に見付け出したらしく、ほかの乗合をかきわけて彼の胸倉を引っ掴んだ。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船の中にはヤイレスポと、ポニポニクフと、その部下たちの死体が、舳先へさきに積みあげられ、ともに積みあげられてあった。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
ともの高い五大力の上には鉢巻きをした船頭が一人一丈余りの櫓を押していた。それからおかみさんらしい女が一人御亭主に負けずにさおを差していた。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
舟のともに坐って、船頭四人がいい機嫌で笑いながら調子をそろえて前後に動き、妙な歌を唄って力強く艪を押すのを見ることは実に新奇であった。
ともを波のほうへ向ける事も得しないで、力なく漂う船の前まで来ると、波の山は、いきなり、獲物に襲いかかる猛獣のように思いきり背延びをした。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
地中海にはひつて初めて逆風に遇い、浪の為に一時間五マイルの速力を損失する日が二日ふつか程つづいた。ともの方の友人は大抵僕の室へ来て船暈せんうんを逃れて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
野だが大人おとなしくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしかともの方で船頭と釣の話をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その入り込んだ蔭になっていたボートのともに、これこそ全く思いもかけなかった少女が独り、真正面まともにこちらを向いたまま腰をおろしているのである。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
日向丸はともの船底に船霊ふなだままつり、その小さい神棚の右よりに赤いおき上りの小法師がぽつりと一つ置かれてあった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
船頭の老夫じいさんともの方に立上たちあがって、戕牁かしぐいに片手をかけて今や舟を出そうとしていながら、片手を挙げて、乗らないか乗らないかといって人を呼んでいる。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
余等は導かれて紅葉館の旗をともに立てた小舟に乘つた。宿引は一禮して去り、船頭はぎいと櫓聲を立てゝ漕ぎ出す。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
翌々日の新聞は、彼が其日行った玉川たまがわの少し下流で、雷が小舟に落ち、へさきに居た男はうたれて即死、而してともに居た男は無事だった、と云う事を報じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこで眼ざす鯖の群れが青海原に見えて来ると、一人はともにまわって潮銹しおさびの付いた一挺櫓を押す。一人は手製の爆弾と巻線香を持って舳先へさきに立ち上るのだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ドノバンはとものイバンスのかたわらにすわった。富士男はモコウとへさきのほうにすわって帆を監視かんしした。船が動くとともに一同は左門洞にむかって三拝した。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ともでは舷側げんそく上部まで水に触れていた。何度か舟は水をかぶり、私のズボンと上衣の裾とは、百ヤードと行かないうちに、すっかりびしょびしょに濡れてしまった。
アーダはクリストフとともにともの方にすわり、うとうととした不平そうな様子をし、光が眼にしみるとか、一日じゅう頭痛がするだろうとか、愚痴を言っていた。
蒸気のともへ、三人かたまって河風にふかれた。空はもう墨を流したようだ。水神の方角で大きい稲妻がする。その下に白鬚橋が長く反を打って廻燈籠の絵のようであった。
九月の或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
僕のいる所からは、すぐ前を漕いで行く舟のともの方が見える。そこにはお酌が二人乗っている。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そんな折には彼女はいつも海水着の上に大きなタオルをまとったまま、る時はともに腰かけ、或る時はふなべりまくらに青空を仰いで誰にはばかることもなく、その得意のナポリの船唄ふなうた
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
疲れきったイエス様はともの方で舟夫せんどうの座布団を枕にゴロ寝をせられ、すぐに熟睡に落ち給うた。
艦長は船のともの方の部屋に居るので、る日、朝起きていつもの通り用を弁じましょうと思て艫の部屋にいった、所がその部屋にドルラルが何百枚か何千枚か知れぬ程散乱して居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
舟のへさきの方を見ると折よくモリがあつたので、これを右手に奮ひつてふなべりに足をかけ、鱶の頭へとおして手綱をともにかけ、そのまま発動機を鳴らして港へ帰つて来たのである。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
一艘に一人づつともに腰かけて、花やかな帶の端を水の上へ垂らし、兩手りやうてには二本のさをを持つて、水中へさしんではくる/\廻して引き上げると、藻くがからまつてあがつて來る。
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
田船の舳とともとには、又別に麻縄が長く結付けてあって、どちらも両方の岸にまで届く程の長さがある。つまり田船の中に乗った者が、自分で舳の縄を手繰れば、向岸へ着く。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ともの方を見れば七人の水夫、舵を取り帆を操りながら口々に何か語り合う、その声あたかも猿のごときが、ふと何物をかみつけけん、同時に話声わせいをやめてとある一方に眼を注ぐ
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
彼女はしかと舟のともを掴んだ。何か心に残るものがあった。でもそのまま力を込めて舟を押した。舟はスーッと渚を離れた。急に重い荷を下したような安堵が彼女の心に感ぜられた。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
へさきにも、ともにも、船頭が、川の方を向いて、両手を突いていた。船中の侍は、駕の側、前後に、膝をついていた。駕の中に、垂れをあげた津軽越中守が、腕組して、水を眺めていた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
第二図は頭巾ずきんかぶりしかみしもさむらい、町人、棟梁とうりょう、子供つれし女房、振袖ふりそでの娘、ものになふ下男など渡舟わたしぶね乗合のりあいたるを、船頭二人ふたり大きなる煙草入たばこいれをぶらさげへさきともに立ちさおさしゐる佃の渡しなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今度は松の木の代りに鴉のとまり場は其處に置き竝べてある漁舟のへさきとなりともとなつた。追ひつめた犬は勢ひこんで前脚を舷までは打ちかけるが、ほんの一二尺の距りで鴉に及ばない。
鴉と正覚坊 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)