肩衣かたぎぬ)” の例文
客はあたたかげな焦茶の小袖こそでふくよかなのを着て、同じ色の少し浅い肩衣かたぎぬの幅細なのと、同じはかま慇懃いんぎんなる物ごし、福々しい笑顔。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
信長の弟勘十郎信行の折目正しい肩衣かたぎぬ袴で慇懃いんぎんに礼拝したのとひき比べて人々は、なる程信長公は聞きしに勝る大馬鹿者だと嘲り合った。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大三郎は組中でも評判の美少年で、黒の肩衣かたぎぬ萠黄もえぎの袴という継𧘕𧘔を着けた彼の前髪姿は、芝居でみる忠臣蔵の力弥りきやのように美しかった。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
普通人の掌ほどの紋のついた、柿色の肩衣かたぎぬみたいなものを着て、高座いっぱいに見えるほど、山のように控えているのが、武右衛門である。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
万燈まんどうを持った子供の列の次に七夕竹たなばただけのようなものを押し立てた女児の群がつづいて、その後からまた肩衣かたぎぬを着た大人が続くという行列もあった。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小春はちょうど、人間の姿を備えて人間よりはずっと小さいあのフェアリーの一種で、それが肩衣かたぎぬを着た文五郎の腕に留まっているのであった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やがてシッ/\という警蹕けいひつの声が聞えますと、正面に石川土佐守肩衣かたぎぬを着けて御出座、そのうしろにお刀をさゝげて居りますのはお小姓でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ぎらせてゐたつばめ太夫といふ、若くて綺麗なのが蜀紅しよくかう錦の肩衣かたぎぬで、いきなり天井から落ちて來て、あつしに噛り付いたとしたらどんなものです
肩衣かたぎぬを賣る店を市中でよく見出したが、その際予は未だ嘗つて知らなかつたところの「市中漫歩者の情調」に襲はれた。唯それ丈でも大阪はすきである。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
時運の来ぬということは仕方のないもので、殊勝な彼女らの旗上げは半年目で火災に逢い、一座は三味線も見台けんだいも、肩衣かたぎぬもみんな焼失してしまった。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
江戸へ帰って両国へ出て、蛇を使ってお鳥目を貰い、派手な肩衣かたぎぬでよそおって、暮らしたところでどうなるんだろう。厭だわねえ、死んだ方がいいよ
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老若の男女なんによが御堂一ぱいに詰つて、熱心に説教を聴いて居る。その中に、鉄色の肩衣かたぎぬをかけた私の父もあつた。父は恐らく説教も耳に入らないだらう。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
浅黄布の粽頭巾ちまきずきんに、つづれてはいるが派手っぽい肩衣かたぎぬを着、冠者袴かじゃばかまという身なりは、すぐ芸人とわかる者だった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
公役見送りの帰りとあって、妻籠と馬籠の宿役人はいずれもはかま雪駄せったばきの軽い姿になった。半蔵の脱いだ肩衣かたぎぬ風呂敷包ふろしきづつみにして佐吉の背中にあった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
九時二十分頃、呂昇が出て来て金屏風きんびょうぶの前の見台けんだい低頭ていとうした。びきは弟子の昇華しょうか。二人共時候にふさわしい白地に太い黒横縞くろよこしま段だらの肩衣かたぎぬを着て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
近藤の弟子の小林めが肩衣かたぎぬなんど着おって、おれのところへ来て、いろいろあつかいを入れて、兼吉にわびをさせるから了簡しろという故、急度きっと念をしたら
寸をちぢめた水色の肩衣かたぎぬに袴で、菖蒲しょうぶを染めたはなだ色の着物という、芸人らしい派手な着付をしていた。
彼女の黒い肩衣かたぎぬはときどき駆ける拍子に風を受けてまくれて、その褐色のみずみずしい背が私に見えた。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
これに依って弘庵は家に還ることを得たが牢内の湿気に冒されて水腫すいしゅを患い、七月十三日二度目の呼出を受けた時には、駕籠かごに乗り肩衣かたぎぬをその上に掛けて行った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがてその日もゆうべになれば主人は肩衣かたぎぬを掛け豆の入りたる升を持ち、先づ恵方えほうに向きて豆を撒き、福は内鬼は外と呼ぶ。それより四方に向ひ豆を撒き福は内を呼ぶ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ふもとへ十四五ちょうへだたつた、崖の上にある、古い、薄暗い茶店ちゃみせいこつた時、裏に鬱金木綿うこんもめんを着けたしま胴服ちゃんちゃんこを、肩衣かたぎぬのやうに着た、白髪しらがじいの、しもげた耳に輪数珠わじゅずを掛けたのが
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そへて此方へおくられ拙者迄せつしやまで落度おちどをさせ重々ぢう/\不調法ぶてうはふ斯樣かやう不埓ふらちにて御役がつとまるべきや不屆ふとゞ至極しごくなり揚屋あがりやいり申付るとりしかば同心とびかゝり粂之進くめのしん肩衣かたぎぬはねたちまちなは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
中央に、二人の男女、向かって左に、肩衣かたぎぬをつけ、見台けんだいに両手をついて、頭を下げているのは金五郎、右に太枠ふとざおの三味線を前に置き、これもお辞儀をしている、銀杏返しの女はお京。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
幕が垂れたり上つたりしてゐる前に立つて中を覗くと、肩衣かたぎぬをつけた若い女が二人して淨瑠璃でも語つてゐる樣な風をしてゐる半身が見えた。その片々の女は目の覺めるほど美しい女であつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
春の山比叡ひえ先達せんだつ桐紋きりもん講社かうじや肩衣かたぎぬしたる伯父かな
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
肩衣かたぎぬをはねのけし瀬尾せのを
庭園の雨 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
左右の肩衣かたぎぬを一斉に振って、のっさのっさと長袴の裾をさばき、磨き抜いた板廊いたろうを雁のように一列になって退さがって来る。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まがひ物にしても蜀紅しよくかう肩衣かたぎぬ、——いやそんなことはどうでもよいのですが、客の夢中になつて拍手を送るのは
そこで利家が見ると、政宗は肩衣かたぎぬでいる、それはい、脇指をさして居る、それも可いが、其の脇指が朱鞘しゅざやの大脇指も大脇指、長さが壱尺八九寸もあった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
萌黄緞子もえぎどんすの胴肩衣かたぎぬをつけ、金の星兜の上を立烏帽子たてえぼし白妙しろたえの練絹を以て行人包ぎょうにんづつみになし、二尺四寸五分順慶長光の太刀を抜き放ち、放生ほうしょう月毛と名づくる名馬に跨り
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
此の日は筒井和泉守様は、無釼梅鉢けんなしうめばち定紋じょうもん付いたる御召おめし御納戸おなんどの小袖に、黒の肩衣かたぎぬを着け茶宇ちゃうの袴にて小刀しょうとうを帯し、シーという制止の声と共に御出座になりまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
葛布くずふ小者袴こものばかま藍木綿あいもめん肩衣かたぎぬを着ていた。秀吉の足もとへ来てぬかずくなり両手をつかえたまま云った。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿直のものから、ただいま伊勢いせ(老中阿部あべ)登城、ただいま備後びんご(老中牧野)登城と上申するのを聞いて、将軍はすぐにこれへ呼べと言い、「肩衣かたぎぬ、肩衣」と求めた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上品なところでは婚礼が済むと、その家の門の前で、裏白うらじろに水をつけて肩衣かたぎぬへ少しずつ注ぎかける——それが身分に応じて、水の代りに「はぜ」を以てすることもある。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どす黒く日に焼けた顔に肩衣かたぎぬを着けたのが、又その上をほんのり桜色に染めて、さもいい気持そうにしなを作るばかりでなく、「あんまりじゃぞえ!」を浴びせられると
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
麻裃あさがみしもで弓を持ち、矢壺に作法通り矢を二本入れ、馬を馬場へ乗入れてきたが、正面桟敷に向って一礼すると、肩衣かたぎぬの右をはね、馬首をめぐらして矢来の外を一巡乗り廻した。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あれ引摺出ひきずりだせと講中こうじゅう肩衣かたぎぬで三方におひねりを積んで、ずらりと並んでいやがったが、七八人一時いっときに立上がる。忌々いまいましい、可哀そうに老人としよりをと思ってしゃくに障ったから、おいらあな
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
後見役こうけんやくには師匠筋の太夫、三味線きがそろって、御簾みすが上るたびに後幕うしろまくが代る、見台けんだいには金紋が輝く、湯呑ゆのみが取りかわる。着附きつけにも肩衣かたぎぬにもぜいを尽して、一段ごとに喝采かっさいを催促した。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
勿論それで飯を食うというわけではありませんが、千五百石の殿様が清元の太夫さんになって、肩衣かたぎぬをつけてゆかにあがるというのですから、世間に類の少いお話と云っていゝでしょう。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見台けんだいに似た台を取り寄せさせ、新聞紙で、即製の肩衣かたぎぬをこしらえて、金五郎は正面の座についた。舞台はない。太枠もないので、徳弥とくやという芸者に、普通の三味線を持たせて、左にはべらせた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
濃化粧の顔、高島田、金糸銀糸で刺繍ぬいとりをした肩衣かたぎぬ、そうして熨斗目のしめの紫の振袖——そういう姿の女太夫の、曲独楽使いの浪速なにわあやめが、いまその舞台に佇みながら、口上を述べているのであった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
銀の力彌の肩衣かたぎぬ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
汚濁の肩衣かたぎぬ
豫期したことであつたにしても、舞臺化粧のまま、肩衣かたぎぬだけ取つて、派手な振袖の上から、キリキリ縛られたのは、お靜には昔友達、小染のお染ちやんだつたのです。
床の間には肩衣かたぎぬをした武将の像が一つ、錦襴きんらんの表装の中に、颯爽さっそうたる英姿を現わしている。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
壁に、よごれきった派手な小袖と肩衣かたぎぬが掛けてあった。手品の道具でもはいっているらしい、小さな古行李が一つ、部屋の隅にころがっていた。そのほかには、何もなかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子どんすはかま肩衣かたぎぬ、威儀堂々たる身を伏せて深々と色代しきたいすれば、其の命拒みがたくて丹下も是非無く、訳は分らぬながら身を平めかしらを下げた。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
浅黄色の(寸の詰った)肩衣かたぎぬと袴をつけた、屈強の若者が三人いて、一人は脱ぎすてたものを片づけ、他の二人は、半揷(それは漆塗りに金で定紋を置いた)の水で、手拭を絞っていたが
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三ところ家紋もんのついている肩衣かたぎぬをもってきて藤木さんの肩にかけて見た。
忠義と知行で、てむかいはなさらぬかしら。しめた、投げた、嬉しい。そこだ。御家老が肩衣かたぎぬはねましたよ。大勢が抜連れた。あれ危い。えらい。図書様抜合せた。……一人腕が落ちた。あら、胴切どうぎり
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)