いとぐち)” の例文
狂犬! 私はそのとき狂犬の毒の恐ろしさよりも、「犬のたたり」即ち、これぞ身の破滅のいとぐちだ! という観念の恐ろしさに全身をふるわせた。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
先日こなひだ米国のある地方で政治的の集まりがあつた。その席上で談話はなしいとぐちが、今の名高い政治家の宗教的所属といふ事に落ちて来た。
もしや、心安立こころやすだてにかおを合わせることがいとぐちとなって、退引のっぴきならぬこんがらかりに導いた日には、取っても返らないではないか。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我に心を動かしていると思ッたがあれがそもそも誤まりのいとぐちかりそめにも人を愛するというからには、必ずず互いに天性気質を知りあわねばならぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何をかいとぐちとして順序よく申上げ候べき。全市街はその日朝まだきより、七色を以て彩られ候と申すより他はこれなく候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
平田氏が一寸口をすべらしたのがいとぐちだった。若し相手が普通の人間だったら、なんなく取繕とりつくろうことが出来たであろうけれど、青年には駄目だった。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
またしめつた粘土ねんどそばかれると、かたくなることをつたといふことなどが發見はつけんいとぐちとなつたかと想像そう/″\せられます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
こはこれ、彼のれるとひし医師の奥二階にて、畳敷にしたる西洋造の十畳間なり。物語ははやいとぐちを解きしなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
義貞はふと、こんないとぐちをみつけて言った。ひとつの話がとぎれると、あとの話題も彼がもちだすほかないのであった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東京でなければいけませんの? と云う風な質問がいとぐちになって、御牧は自分の身の上のことや将来の計画などについて、いろいろな事実をらした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
味噌漉下げてお使ひ歩行の途中とは、それは人の悪口なるべけれど、どこやらにて、当時幅利きの旦那様に見初められたまひしが、釣合はぬ御縁のいとぐち
今様夫婦気質 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
科学者は、まさしく素晴らしい研究問題にぶつかったのを感じた。更に更に偉大なる研究のフィールドがこれをいとぐちとしてひらけて来るであろうと思った。
科学者と夜店商人 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
其の男は少し口をとがらしながら、しかし、その話の中味の事よりは、話のいとぐちが出来たのを喜ぶやうな調子で云つた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
丁度、自動車が松坂屋の前にさしかゝつた時、信一郎は、やつと——と言つても、たゞ一分間ばかり黙つてゐたのに過ぎないが——会話のいとぐちを見付けた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
純八は老僕に手伝わせ、急いで褥を設けると、老僧を中へ舁き入れたが、是ぞ本条純八をして、数奇の運命へ陥らしむる、最初の恐ろしいいとぐちなのであった。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
論理は痙攣けいれんと相交わり、論法のいとぐちは思想の痛ましい動乱のうちにも切れることなく浮かんでくる。マリユスの精神状態はちょうどそういうところにあった。
しかしいったんいとぐちを見出した時、自分はできるだけ根掘り葉掘り聞こうとした。けれども言葉の浪費をむ彼女は、そうこちらの思い通りにはさせなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
松三は、どうかしてこの不快な沈黙を破りたいと、しきりにそのいとぐちを考えたり四辺あたりを見廻したりしていた。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
今日は、全く、あなたから、分別のいとぐちを見つけ出して貰つたやうなものです。お礼を云はなくつちや……。
ママ先生とその夫 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
現に今度の事でも、森君が優しくびっこの犬を介抱してやったればこそ、いとぐちが見つかったんだから。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
この清々すがすがしい初夏の夕ぐれこそは、じつに古今の犯罪史に比類を見ない、一つの小説的悲劇が、これから高速度に進展しようとする、そのほんのいとぐちにすぎなかったとは
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
自分はまたかかる山家へ娘と二人で来て、世話になるというのは、よほど不思議なこと、何かの縁であろうと思ッた,それが考えのいとぐちで、いろいろのことを思い出した。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
……だがいま常子には、鶴子のために非常にいゝ縁談のあてがほんのいとぐちほど出来かゝつてゐた。そのために彼女は、鶴子の事にかけては家中で一番神経質になつてゐた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
小身者の仙波として、七瀬が首尾よく勤めたなら、出世のいとぐちをつかんだことになるし、他人に代ったしるしが無かったなら、面目として、女房を、そのままには捨て置けなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
……大工上りの袁許坊主おげぼうず……井遷寺せいせんじのカラクリ本堂……思いもかけぬ大金儲けのいとぐち……生命いのちがけの大冒険……といったような問題を、心の中でくり返しくり返し考えながら……。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中米南米には非凡の大建築残りて、誰がこれを作りしか、探索のいとぐちすらなきもの多し。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
真綿はまゆ曹達ソーダでくたくた煮ていとぐちさぐり、水にさらしてさなぎを取りてたものを、板にしてひろげるのだったが、彼女はうた一つ歌わず青春の甘い夢もなく、脇目わきめもふらず働いているうちに
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのままコペイキン大尉の噂は、詩人たちがレタ河と名づけている、あの忘却の河の底深く消え去ってしまったのです。ところが諸君、そもそも物語のいとぐちはここからはじまる訳なんですよ。
岩壁の白いなぎを指しながら、話のいとぐちを引き出したところが、あすこは嘉門次が、つい去年、山葵わさび取りに入りこんで、始めて登ったところで、未だ誰もその外に、入ったものはないと言うので
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
多年の夙志しゅくしが男爵の後援で遂げられそうないとぐちを得たのは明らかであった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
平七は飽くまでも、自分の引き出した話のいとぐちつかまへて放さなかつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ただその英文の語音ごいんを正しくするのにくるしんだが、れも次第にいとぐちひらけて来ればれはどの難渋でもなし、つまる処は最初私共が蘭学をてゝ英学に移ろうとするときに、真実に蘭学を棄てゝ仕舞しま
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
栄二 それっきり家はつぶれてしまったのさ。それから清国へ渡って塩田で働いたり綿畑で働いたりしたらしいんだがね。日清戦争が始まって通訳にやとわれたのが世の中へ出て来るいとぐちになったのさ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
今ではもつれを解かうにもいとぐちさへ見つからない始末ぢやありませんか。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
見屆ける迄は奉公人同樣どうやう召使めしつかひ置しに非ずやとの仰せに五兵衞はハツとばかりに平伏へいふくなし如何にも仰せの通りに御座候と答へ申けるに依て久八が主殺しゆごろしのかどは越前守殿の明斷めいだんに依てのがれるいとぐちにこそ成にける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これにいとぐちを発したあのお手入れ……御用騒ぎがあったが!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
話のいとぐちが分らなくなった。それを強いて云い進んだ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
後閑こが武兵衞は老巧な調子で話のいとぐちを開きました。
そこからたぐれる一つのいとぐちもないもののやうに
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
次第に復興のいとぐちにつくことができました。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
之をいて すでいとぐちを見る
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まあまあ、いとぐちから引き出して話をする。そもそも兄貴とおれとが、甲府のお城のお天守の天辺てっぺんでしたあのいたずらから事の筋が引いてるんだ。
丁度、自動車が松坂屋の前にさしかゝった時、信一郎は、やっと——と言っても、たゞ一分間ばかり黙っていたのに過ぎないが——会話のいとぐちを見付けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
実に俊夫君は、この三ヶ寺の類似の点に眼をつけて、この事件の解決のいとぐちを得たと言ってもよいのであります。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
和議の内交渉について、その日の昼、何度目かの会見を試みたが、やはり何のいとぐちも見られずに、むなしく別れたばかりの蜂須賀はちすか彦右衛門から、急にかさねて
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ではどうしたらいゝのだらう? 彼女は自然に自分の大事な考へのいとぐちを、見失つて仕舞ひさうなのに気付くと直ぐ、其処に踏み止まつて、もう一度考へ直して見る。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
見物人けんぶつにん容易たやすくこれをけて記念きねんにもし、また後日こうじつおもいとぐちにもなるようになつてゐます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その頃までは日本人しか使わない麦味噌の臭気においがするとは……ハテ……面妖な……と思ったのが大金儲おおがねもうけいとぐちであったとは流石さすがにカンのいい千六も、この時まだ気付かなかったであろう。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
恐らく誰かの悪戯に、手紙を出した事かは知らぬが。隠すより顕はるる、お前様の住所を人に知られたは、一つの災難、もうこれで、いとぐちは出来たにせよ、好んで秘密を破るでもなからう。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
ほとほと自らそのいとぐちもとむるあたはざるまでに宮は心を乱しぬ。彼は別れし後の貫一をばさばかり慕ひて止まざりしかど、あやまちを改め、みさをを守り、覚悟してその恋を全うせんとは計らざりけるよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)